第22話「眠れない夜と、重なる手」
お読みいただきありがとうございます。
バレンタインの騒動から数時間後。
深夜の隠れ家で、眠れない二人が顔を合わせます。
戦いの合間の、静かで温かい時間の物語です。
深夜2時。
廃ビルの地下にある隠れ家は、静寂に包まれていた。
私は簡易ベッドの上で、コンクリートの天井を見つめていた。
「……眠れない」
昼間のバレンタイン騒動や、No.7からの宣戦布告。
いろんなことがありすぎて、脳が覚醒してしまっている。
……いや、違う。
本当は、怖くなったのだ。
(私は、何者なんだろう)
寝返りを打ちながら、胸に手を当てる。
そこには、あの金のロケットがある。
今日、No.4――シノちゃんが仲間になった。彼女には圧倒的な「速さ」がある。
九条には、どんな戦況も覆す「技術」と「経験」がある。
有馬には、敵の裏をかく「頭脳」がある。
でも、私は?
「……運がいい、だけ」
私がここにいるのは、たまたまお祖父ちゃんからロケットを託されたから。
弾が当たらないのも、ギミックを見つけるのも、全部このロケット(管理者権限)のおかげだ。
もし、このロケットがなかったら?
私はただの、ゲーム好きな無力な女子高生に戻ってしまうんじゃないか。
「……私がいなくても、九条たちは戦えるんじゃないかな」
そんな弱音が、夜の冷気と一緒に忍び込んでくる。
あの30歳の世界で感じた「母親としての強さ」も、ただの夢だったのかもしれない。
今の私は、無力だ。
【深夜のコーヒー】
じっとしていられなくなって、私はベッドを抜け出した。
毛布を肩から羽織り、共有スペースの方へ歩く。
ひんやりとした空気が、素足にまとわりつく。
「……あ」
共有スペースには、薄明かりが灯っていた。
ソファに座り、ローテーブルに向かっている背中がある。
「……九条?」
「ん? ……二階堂か」
彼が振り返る。
PCのファンの音だけが響く静かな部屋で、彼の声はいつもより低く、柔らかく響いた。
「どうした、トイレか?」
「ううん。なんか、目が冴えちゃって」
「……俺もだ」
九条は手元のマグカップを置いた。
安っぽいインスタントコーヒーの香りが、ふわりと漂ってくる。
その香りが、なぜかひどく懐かしく、私の強張った心を少しだけ解きほぐした。
「飲むか?」
「うん。……ありがとう」
九条が新しいカップにお湯を注いでくれる。
手渡されたカップは熱くて、冷え切っていた指先にジンと染み渡った。
私はソファの端、九条から少し離れた場所に座った。
【空っぽの器】
しばらくの間、二人で黙ってコーヒーを啜っていた。
沈黙が苦ではない。でも、今の私には、この静けさが少し怖かった。
だから、つい口に出してしまった。
「ねえ、九条」
「ん」
「私……足手まといじゃ、ないかな」
九条の手が止まる。
一度口に出すと、ダムが決壊したように言葉が溢れた。
「だって、私はただの素人だし。戦える力もないし。……運がいいって言うけど、それだってこのロケットの力でしょ?」
私は胸元のロケットを握りしめた。
「私の中身なんて、空っぽだよ。……九条の隣にいる資格、あるのかな」
言ってしまった。
一番、聞くのが怖かったこと。
九条はすぐには答えなかった。
カップの中の黒い液体を見つめ、それからポツリと言った。
「……俺もだ」
「え?」
「俺は昔、爺さんに憧れてた。あの人の剣技に、強さに。……でも、俺には才能がなかった」
九条の顔に、自嘲のような笑みが浮かぶ。
「だから、システムに頼った。『ナイン』という最強のアバターの性能に依存して、強くなった気でいた。……俺の方こそ、中身なんて空っぽかもしれない」
「そ、そんなことないよ! 九条はすごいよ、努力してるし……」
「お前もな」
九条が私の方を向いた。
その瞳は、真剣そのものだった。
「お前の『運』が引き寄せたのは、ロケットだけじゃない。……俺も、有馬も、シノもだ」
「……え?」
「お前がいなければ、俺はまだ病院で寝たきりだった。シノも敵のままだった。……お前が真ん中にいるから、俺たちは戦えるんだ」
九条の手が、テーブルの上に置かれた私の手に重なった。
大きくて、剣タコがあって少しゴツゴツしていて、でも驚くほど温かい手。
私は驚いて顔を上げた。
「っ……」
九条は私を見ていなかった。
窓の外の、まだ暗い夜空を見つめながら、静かに言った。
「……だから、自信持てよ。パートナー」
パートナー。
その言葉が、熱を持って胸の奥に落ちていく。
私がここにいていい理由。
それを、彼がくれた。
視界が滲む。涙が出そうになって、私は慌てて俯いた。
「……ばか。急に優しくしないでよ」
「知るか」
ぶっきらぼうな返事。
でも、重ねられた手は、離れなかった。
その温もりが、私の不安を夜の闇へと溶かしていった。
【騒がしい朝】
いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
チュン、チュン……。
小鳥の声(あるいは電子的な環境音?)で目を覚ますと、私の体は温かい何かに預けられていた。
「……ん……」
目を開ける。
目の前には、九条の寝顔があった。
私の頭が彼の肩に乗り、彼も私の頭に寄りかかって寝ている。
そして手は、昨夜のまま繋がれていた。
「……へぇ」
頭上から、冷ややかな声が降ってきた。
「大胆ね、あんたたち」
「うわっ!?」
私は飛び起きた。
ソファの後ろから、シノがニヤニヤしながら見下ろしていた。
横には、呆れ顔の有馬もいる。
「朝から見せつけないでよ。目の毒だわ」
「ち、ちが! これは不可抗力で! 深い意味はなくて!」
私は顔を真っ赤にして弁解する。
九条も目を覚まし、状況を理解してフリーズしている。
「……おはようございます、バカップルのお二人」
有馬がため息をつきながら、カーテンを開けた。
「電気代の無駄ですから、イチャつくなら部屋でやってください。……それに」
有馬の眼鏡がキラリと光る。
「No.7から、招待状の続きが届きましたよ」
モニターには、昨夜のメッセージの続きが表示されていた。
『準備はいいかい? 僕の迷宮へようこそ』
「……行くぞ」
九条が立ち上がり、私の手を――今度は力強く引いて立たせてくれた。
「ああ。……行こう!」
私は頷いた。
もう、迷いはない。
最強のパートナーが、隣にいるんだから。
夜のしじまの、二人の時間でした。
九条の「パートナー」宣言。
そして、重なる手。
物理的な距離も、心の距離も、一歩近づいたのではないでしょうか。
充電完了。
次回、天才ハッカーNo.7との「頭脳戦」が始まります。
有馬の見せ場、そして「運」が通用しない論理の世界へ。
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