第2話「無気力王子と、ランキング1位の秘密」
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
今回は現実世界(学校)での探索パートです。
あの「無気力王子」の実態に迫ります。
翌日の昼休み。
教室の空気は、どんよりと澱んでいた――少なくとも、窓際の一角だけは。
「……よく寝るわね、本当に」
私は呆れ半分、苛立ち半分でその背中を見下ろしていた。
九条 蓮。
クラスメイトであり、我が校が誇る(?)「無気力王子」。
今日も彼は、登校してから一言も発することなく、カーテンを閉め切った暗がりの中で机に突っ伏している。
まるで、生命活動を最小限に抑えているかのように。
「あーあ。二階堂さん、また九条に絡んでるよ」
「本当にもったいないよなぁ、二階堂さんは」
クラスの男子たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「黙って座ってれば、学園一の美少女なのに」
「口を開けば金欠、動けばガサツだもんね……」
ほっといて頂戴。
私は無意識に、跳ねた髪先を手櫛で直した。
朝のヘアセットに30分かけるくらいなら、デイリーミッションを消化したい。
見た目にお金をかけるより、装備ガチャを回したい。
それが私、二階堂玲奈の正義だ。
(でも、昨日の今日で、よく平然としてられるわね……)
私の制服のポケットには、あの「金のロケット」が入っている。
写真の少年は、間違いなく目の前の彼だ。
祖父が「命の危険」を冒してまでメッセージを託した相手が、こんなやる気のない男だなんて。
「……ちょっと、起きなさいよ」
私はカツカツと歩み寄り、勢いよく九条の机を叩いた。
バンッ!
教室中の視線が集まる。「うわ、部長がまた何か始めたぞ」という空気が背中に刺さるが、知ったことではない。
九条が、のっそりと顔を上げた。
「……ん」
焦点の合わない虚ろな目。
目の下には、病的なほど濃い隈が刻まれている。
肌は白く、生気がない。まるで幽霊だ。
「何……二階堂。うるさいんだけど」
「うるさいとは何よ! あんた、いつまで寝てるつもり?」
「……光が眩しい。カーテン閉めて」
「閉まってるでしょ! それより、あんたに聞きたいことがあるの」
私は机に両手をつき、彼の顔を覗き込んだ。
周囲に聞こえないよう、声を潜める。
「あんた……『ダンジョンカード』やってるでしょ」
九条の眉が、ピクリと動いた。
一瞬だけ、その瞳孔が開いたのを私は見逃さなかった。
図星だ。
「……は? 何それ」
「とぼけないで。あんたの指、さっきから動いてるわよ。コマンド入力の癖でしょ?」
私はカマをかけた。
だが、九条の反応は予想以上に冷淡だった。
彼は興味なさそうに欠伸を噛み殺し、再び机に突っ伏したのだ。
「……馬鹿じゃないの。ゲームなんて、ただのデータの羅列だろ」
「なっ……」
「時間の無駄だ。そんな暇があるなら、俺は寝る」
冷たく突き放された言葉。
でも、私には聞こえてしまった。
その声の底に含まれた、押し殺したような感情の色が。
「時間の無駄」――その言葉を、誰よりも彼自身が憎んでいるような響き。
「……あっそ! 悪かったわね、暇人で!」
私は捨て台詞を吐いて、自席に戻った。
ポケットの中のロケットを、ぎゅっと握りしめる。
(何よ、あいつ……。お爺さんがあんなに心配してるのに)
【疑惑の放課後】
放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、視界の端に見覚えのある後ろ姿が映った。
九条だ。
いつもならナマケモノのような速度で歩く彼が、今日はなぜか早足で、切羽詰まったように校門を出て行く。
「……?」
部活に行くはずだった私の足が、勝手に動いた。
尾行なんて趣味じゃない。
ただ、昨日の今日だ。妙な胸騒ぎが消えない。
(ちょっと見るだけ。ゲーセンにでも行くなら、とっちめてやる)
しかし、彼が向かった先は繁華街ではなかった。
駅から離れた、白い巨塔。
――総合病院。
「病院……?」
九条は迷わず救急棟の方へ歩いていく。
私は物陰に隠れながら、彼が入っていった建物の窓を見上げた。
いくつかの窓を目で追ってようやく、一階の病室にその姿を見つけた。
カーテンの隙間から、かろうじて中が見える。
ベッドには、たくさんの管に繋がれた老人が眠っている。
九条はパイプ椅子に座り、その老人の骨と皮だけになった手を、祈るように両手で包み込んでいた。
「…………」
その横顔は、教室で見せる気だるげな表情とは別人のようだった。
何かを悔い、何かにすがりつくような、悲痛な顔。
ズキリ、と胸が痛む。
(……見ちゃいけない)
私は慌てて視線を逸らし、踵を返した。
これ以上踏み込むのは、ただの無遠慮な好奇心だ。
でも、確信してしまった。
あのベッドの老人は、昨日の「老戦士」だ。
そして九条は、「ゲームなんて無駄」と言いながら、何かのために戦っている。
【たった一人のギルド】
帰宅した私のスマホが震えた。
有馬からの着信だ。
『部長、例の件。わかりましたよ』
開口一番、有馬の声は興奮気味だった。
「例の件って……九条のこと?」
『はい。部長に言われて、ネットの掲示板やランキングのログを洗い出しました。「不眠不休のソロプレイヤー」の正体です』
私はごくりと喉を鳴らす。
「もったいぶらないで、教えなさいよ」
『現在の総合ランキング1位。プレイヤー名は……「ナイン(Nine)」』
ナイン。9。
九条の「九」。
「……そのまんまじゃない。捻りがないわね」
『ええ。でも、そのプレイデータは異常ですよ。総プレイ時間は測定不能。ほぼ24時間、ログインしっぱなしです。学校にいる間も、睡眠中も……おそらく、意識の一部を常にゲームに繋いでるんじゃないかと』
「そんなことできるの?」
『普通はできません。脳への負荷が大きすぎる。でも、やろうと思えば……体を壊す覚悟があれば』
学校でのあの居眠りは、ただの怠慢じゃなかった。
脳のリソースを、四六時中ゲームに割いている反動だ。
命を削ってまで、彼は何を求めているの?
『で、ここからが本題です。部長、昨日のあの「老戦士」の名前、覚えてますか?』
「え? 名前までは聞いてないけど……」
『僕、あの後ログを解析して、消滅したアバターのIDを復元したんです。そのキャラ名は「オールド・ソルジャー(Old Soldier)」』
有馬が一拍置く。
『そして、ランキング1位「ナイン」の所属ギルド欄。そこにはこう書かれていました』
私はスピーカーから聞こえる言葉と同時に、手元のタブレットで検索画面を開いた。
そこに表示された文字列を見て、息が止まる。
プレイヤー名:ナイン
所属ギルド:『Old Soldier(1名)』
『……たった一人のギルドメンバー。たぶん、ずっと待ってるんですよ。戻ってこない相棒を』
画面が滲んで見えた。
九条の「時間の無駄」という言葉が、脳内で再生される。
あれはゲームに向けた言葉じゃない。
何もできず、ただ祖父の帰りを待つしかない、現実の自分自身に向けた言葉だったんだ。
「……有馬」
『はい』
「私、決めた」
私はポケットから、あの金のロケットを取り出した。
冷たい金属が、今は熱を帯びているように感じる。
「このロケット、絶対に彼に届けなきゃ。……ログインするわよ」
『了解です。……今夜は長くなりそうですね』
私はこめかみにパッチを貼り付けた。
もう、ただの金稼ぎじゃない。
これは、彼を目覚めさせるためのクエストだ。
【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございます!
無気力王子の正体は、孤独なトップランカーでした。
祖父を待つための「たった一人のギルド」……。
次回、いよいよ部長がゲーム内で彼を追いかけます。
しかしそこは、一般プレイヤーが決して立ち入ってはいけない危険地帯でした。
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