第14話「13年分の重みと、目覚めの涙」
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30歳の玲奈として、娘のミナと過ごす日々。
それはあまりにも幸せで、完璧な世界でした。
しかし、玲奈は気づいてしまいます。
この世界に隠された、残酷な「綻び」に。
この世界に来てから、どれくらいの時間が経っただろう。
体感では、もう3ヶ月以上が過ぎていた。
私はすっかり、この森での生活に馴染んでいた。
朝起きて、ミナの髪を結い、朝食を作る。
昼は森で狩りをし、夜は暖炉の前で絵本を読み聞かせる。
剣の腕は、まだ駆け出しだった17歳の頃よりも洗練され、どんな獲物も逃さない。
「ママ、見て! 花冠!」
「ふふ、上手ねミナ。お姫様みたい」
愛しい娘。
私の生きがい。
この子が笑ってくれるなら、他に何もいらない。
そう心から思っていた。
……あの日、リビングの棚にある「家族写真」を見るまでは。
【のっぺらぼうの夫】
「……あれ?」
掃除の最中、ふと写真立てを手に取った。
そこには、30歳の私と、幼いミナ、そして夫の3人が写っている。
幸せそうな家族写真だ。
なのに。
「……思い出せない」
夫の顔が見えない。
写真のその部分だけが、まるで水滴が落ちたように滲んで、認識できないのだ。
ミナの顔はこんなに鮮明なのに。
どうして、私が愛したはずの人の顔が分からないの?
「パパ? パパは遠征中だよ」
私の背後で、ミナの声がした。
「……そうね。遠征中」
私は機械的に繰り返した。
でも、私の心臓が早鐘を打っている。
おかしい。
遠征って何? どこの国へ? いつの間に?
疑問を持とうとすると、脳に霧がかかったように思考が阻害される。
(……これは、守られているんだ)
私の本能が告げる。
夫の顔を思い出したら、この世界が終わってしまうから。
だから、システムが隠しているんだ。
じゃあ、その「夫」って誰?
滲んだ写真の奥にある、黒い髪。不愛想だけど、優しかったはずの気配。
――九条。
その名前が浮かんだ瞬間、世界に「ヒビ」が入った。
【ガラスの幸福】
パキィッ……!
写真立てのガラスが、何の前触れもなく砕け散った。
「ママ?」
ミナが不安そうに私を見上げる。
私は震える手で、ミナの肩を掴んだ。
この子は実在しない。
私の願望が見せている幻だ。
でも、この温もりは、匂いは、愛おしさは、嘘なんかじゃない。
ここに留まれば、私は一生幸せでいられる。
傷つくことも、戦うこともない。
でも。
「……帰らなきゃ」
口に出した瞬間、目から涙が溢れた。
「どうして? ママ、ここが嫌い?」
ミナが泣きそうな顔で私の服を掴む。
胸が張り裂けそうだ。
「ううん。大好きよ。ミナのことも、この生活も」
私は膝をつき、ミナの目線に合わせた。
30歳の私の精神が、17歳の私の魂に語りかける。
与えられた幸せに逃げちゃだめだ。
この未来は、誰かに用意されたケージ(檻)の中じゃなく、自分の足で歩いて、傷ついて、それでも選び取った先になきゃ意味がないんだ。
「パパが、待ってるの」
私がそう告げると、ミナの表情がふっと和らいだ。
「……そっか。パパを助けに行くんだね」
彼女の声が、幼い子供のものから、どこか大人びたものに変わる。
彼女もまた、私の一部だったのかもしれない。
「うん。……ごめんね」
「謝らないで、ママ」
ミナが小さな手で、私の涙を拭ってくれた。
「行ってらっしゃい。……待ってるから」
「ッ……!」
私はミナを強く抱きしめた。
その小さな体の感触を、骨の髄まで刻み込むように。
「絶対……絶対に、会いに行くから! だから、それまで……!」
私の叫びと共に、青い空がガラス細工のように砕け散った。
森が、家が、そしてミナの笑顔が、光の粒子になって消えていく。
【13年分の重み】
「はっ……!!」
私はガバッ、と体を起こした。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
肺に空気が流れ込み、激しく咳き込む。
「……気がついたか」
頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。
「……く、じょう……?」
ぼやける視界をこする。
そこは、無機質な実験室のような場所だった。
私はカプセル状のベッドに寝かされていて、体には無数のコードが繋がれている。
そして、ベッドの横には。
病院着のまま、点滴を引きちぎって駆けつけたような姿の九条蓮が立っていた。
「遅えよ、バカ」
九条は悪態をつきながらも、その顔は蒼白で、ひどく安堵しているように見えた。
「九条……」
私は自分の手を見た。
シワのない、17歳の手。
でも、胸の奥には、確かに残っていた。
3ヶ月間、娘を育て、守り、愛した記憶。
30歳まで生きた、精神の重み。
それが幻だとしても、あの感情だけは本物だ。
私は九条を見上げた。
今まで「気になる男子」くらいに思っていた彼の顔が、今はどうしようもなく愛おしく、懐かしく感じる。
「……会いたかった」
私はコードを振りほどき、九条の胸に飛び込んだ。
「おっ、おい……!?」
九条が慌てるが、私は構わずに彼にしがみついた。
その体温は、夢の中の夫と同じだった。
「心配かけて、ごめん。……もう、迷わないから」
私の言葉に、九条は一瞬固まり、それから不器用に私の背中に手を回した。
「……ああ。帰ろうぜ、玲奈」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
施設内に警報音が鳴り響く。
「感動の再会はそこまでだ!」
入り口のドアが爆破され、消化器の煙と共に有馬が飛び込んできた。
「セキュリティ、あと30秒で復旧します! ずらかりますよ!」
「有馬!? どうしてここが……」
「GPSです! 倒れる前の部長のロケットから信号が出ていました。……まさか九条先輩が点滴引きちぎって来るとは思いませんでしたが!」
有馬が呆れたように叫ぶ。
「チッ……行くぞ、二階堂!」
「うん!」
私は涙を拭い、力強く頷いた。
守られるだけのヒロインは、もう夢の中に置いてきた。
今の私は、母親のように強いんだから。
異世界(30歳)編、完結です。
夢の中で過ごした3ヶ月は、玲奈の精神を大きく成長させました。
ミナちゃんとの別れは辛いですが、それは「いつか自分の手で掴む未来」への約束でもあります。
そして、ついに九条との再会!
病院から抜け出してきた彼と、精神的に大人になった玲奈。
二人の関係性もここから変わっていきそうです。
「泣けた……」「ミナちゃんにまた会えるといいな」と思っていただけたら、
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