第1話「伝説の裏側と、500円のガチャ」
はじめまして、作者です。
VRゲームの都市伝説と、部活少女の冒険譚です。
楽しんでいただければ幸いです!
「ねえ有馬。『このゲームには秘密がある』って噂、知ってる?」
放課後の部室。
西日が差し込む埃っぽい空間で、私はもったいぶって声を上げた。
都市伝説のようなその噂が広まったのは、ある無名のプレイヤーがゲーム内で『古代の財宝』カードを手に入れた時のことだった。
それまで存在すら知らされていなかった幻のレアカード。
それを手にしたプレイヤーが、現実の世界で100億のロトに当選したというのだ。
また、前回のオリンピック金メダリストが、かつてこのゲームの「やり込み勢」だったことも、まことしやかに囁かれている。
ゲーム内で上げたステータスが、現実に反映される――そんな馬鹿げた話。
VR MMO『ダンジョンカード冒険システム』。
開発開始から数十年が経過しているが、いまだエンディングを迎えたプレイヤーが存在しない、未完の超大作。
「……で、部長。それがどうしたんですか」
パソコンに向かって作業をしていた後輩の有馬が、呆れたように眼鏡の位置を直した。
「またその話ですか。そんなの、運営が流した客寄せのデマですよ」
「夢がないわねぇ、有馬くんは! だから彼女ができないのよ」
「部長に言われたくないです。その寝癖と曲がったリボン、直してから言ってください」
「うっさいわね! 外見よりステータスでしょ!」
「その『中身』も金欠じゃないですか」
「ぐっ……」
「で、今日は何するんですか? また魔の森でスライム狩りですか?」
私はニヤリと笑い、ポケットから500円硬貨を取り出した。
今日の昼食を抜いて捻出した、血と汗と空腹の結晶だ。
「ふっふっふ……見てなさい。今日の私は一味違うわよ」
「なけなしのリアルマネーを投入して、期間限定『英雄召喚ガチャ』を引く!」
「そしてSSRの騎士カードを出して、一気に攻略組の仲間入りをするの!」
「はいはい、死亡フラグご苦労様です」
有馬の冷ややかな視線を無視して、私は机の上のデバイスを手に取った。
『ニューロ・パッチ』。
見た目はただの小さな正方形のシールだ。
これをこめかみに貼り付けることで、微弱な電気信号が脳に直接アクセスし、五感を仮想世界へとダイブさせる。
スマホ並みに普及したこのデバイスのおかげで、私たちは授業中でも寝たふりをして……いや、休み時間に手軽に冒険ができるのだ。
「じゃ、行ってくるわ! 私が戻る頃には、億万長者になってるから!」
「へいへい。いってらっしゃい」
私はパッチをこめかみに貼り、意識を沈めた。
ログイン。
視界が暗転し、極彩色の光のトンネルを抜ける――はずだった。
【異変】
『警告。警告。不正な侵入経路です』
『座標データ破損。転送先を変更します』
無機質なシステム音声と共に、世界が歪む。
「え……? ちょ、ちょっと待って! 有馬、なんか変!」
部室の声はもう届かない。
浮遊感の代わりに、強烈な吐き気が私を襲った。
「うぐっ……!」
地面に叩きつけられる衝撃。
背中に走る激痛に、私は思わず声を漏らした。
「いっ、たぁ……! なにこれ、痛覚設定オフにしてるはずなのに……」
目を開けると、そこは薄暗い石造りの回廊だった。
鼻をつくカビと鉄錆の臭い。
肌にまとわりつくような湿気。
今までプレイしてきたゲーム画面とは、解像度が桁違いだった。
まるで、現実そのもののような重苦しい空気。
「部長!? 聞こえますか、部長!」
頭の中に、ノイズ交じりの有馬の声が響いた。
音声通話だけは生きているらしい。
「あ、有馬!? ここどこよ! 私のSSR確定ガチャは!?」
「そんなこと言ってる場合ですか! モニターの座標がおかしいんです」
「そこ、正規のマップじゃありません。すぐにログアウトして……」
「待って」
私の目は、通路の奥に釘付けになっていた。
そこには、一人の男が座り込んでいた。
全身の鎧は砕け、泥と血にまみれている。
キャラクターの頭上に表示されるはずのHPバーや名前が見えない。
「……プレイヤー?」
恐る恐る近づく。
男は、荒い呼吸を繰り返していた。
老人のようだった。
白髪交じりの髪、深く刻まれた皺。
だが、その瞳には歴戦の戦士だけが宿す鋭い光が残っていた。
【依頼】
「お前……『帰還』を持っているか……」
「え?」
老戦士は震える手で、懐から一つのネックレスを差し出した。
泥にまみれたその手の中で、金のロケットだけが異様なほど綺麗に輝いている。
「……依頼だ。このロケットの中のキャラクターを探して、これを渡してほしい」
「このネックレスも売れば、それなりの財産になるはずだ」
財産、という言葉に私の耳がピクリと反応する。
「えっと、つまりクエスト? 報酬は?」
「……現実世界での、私の全財産だ」
「ぶっ!?」
思わず吹き出す。
NPCのセリフにしては妙に生々しい。
私はゴクリと喉を鳴らし、ロケットを受け取った。
老戦士は苦しげに息を吐き、私を見上げた。
「伝えてくれ。……『薬』はもう探さなくていい、と」
「薬?」
「どんな病も治す伝説のアイテムだ。……馬鹿げた噂さ。だが、あいつは信じて探し続けている。私のために」
「私のために、って……。じゃあ、このロケットの相手は……」
「あぁ。現実世界の孫だ」
老戦士は自嘲気味に笑った。
「私はもういい。現実での寿命も、残り少ないのでね。これで最後の冒険だよ。引退さ」
その時だった。
『グルルルルゥ……』
通路の奥から、地響きのような唸り声が轟いた。
背筋が凍る。
推奨レベル測定不能。
本能が「死」を告げるプレッシャー。
「行け! 早く!」
老戦士が最後の力を振り絞り、剣を構えて立ち上がった。
その背中が、淡い光の粒子になって崩れ始める。
「頼んだぞ……若き冒険者よ」
「部長! ヤバいです、高エネルギー反応接近中! 即死級のモンスターです!」
有馬の絶叫が響く。
「わ、わかってるわよ! でもログアウトボタンが効かないの!」
「アイテムです! 何か移動系のカードは持ってないんですか!?」
私はパニックになりながら、仮想ウィンドウを開いた。
ガチャを引く前だったから、強いカードなんて一枚もない。
あるのは、さっきログインボーナスで貰ったゴミカードだけ。
『ランダム転移スクロール(低級)』。
行先不明、壁の中に埋まる可能性もある、誰も使わない不人気アイテム。
「ええい、ままよ! お願い、飛んで!」
私はカードを実体化させ、破り捨てた。
視界が白く染まる。
直後、巨大な爪が、私がいた場所を薙ぎ払うのが見えた。
【侵食】
「――ぶはっ!」
気がつくと、私は部室の床に転がっていた。
こめかみからパッチを剥ぎ取る。
心臓が早鐘を打っていた。
「ぶ、部長! 無事ですか!?」
有馬が椅子を蹴倒す勢いで駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「今のデータ、何なんですか。ログには何も残ってませんよ……バグですか?」
夢だったのか?
いや、私の手には、あの冷たい金属の感触が残っていた。
仮想空間から持ち帰ったはずの「金のロケット」。
なぜかそれが、現実の私の手の中に強く握りしめられている。
「……現実にも影響を与える、か」
私は震える手で、ロケットの蓋をカチリと開けた。
精巧な細工。
確かな重量感。
500円のガチャを引くはずだった手が、とんでもないものを掴んでしまった。
「……部長。それ、どこから出てきたんですか」
有馬の声が強張っていた。
当然だ。
私はさっきまで手ぶらだった。
パッチを貼って目を閉じていただけだ。
ポケットにも入れていないし、部室にこんなアンティークなアクセサリーは置いていない。
なのに今、私の手には物質が存在している。
「……わかんない。気づいたら握ってた」
「そんなことあり得ないでしょう。まさか、ゲーム内のデータが現実に……?」
有馬が絶句し、青ざめた顔で私の手元を凝視する。
私たちは顔を見合わせた。
ただの噂話だと思っていた都市伝説が、急に不気味な質量を持って現実味を帯びてくる。
ロケットの中には、一枚の写真が入っていた。
ゲームのキャラじゃない。
現実の、制服を着た少年の写真だ。
「……へ?」
その顔を見た瞬間、私の思考が凍りついた。
見間違いようがない。
いつも眠たげな目つき。
ボサボサの髪。
「嘘でしょ……こいつ……」
「……この制服、うちの学校ですよね。誰なんです?」
「有馬、あんたも知ってるわよ。これ……うちのクラスの『九条』じゃない!」
学校一やる気がないと有名な、あの万年居眠り男、九条 蓮。
なんであいつが、伝説のプレイヤーの孫?
そして、どんな病も治す「薬」が必要なほどの病気って――。
私の日常は、たった500円のガチャをきっかけに、とんでもない非日常へと書き換えられてしまったようだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ただの500円ガチャが、とんでもない事態を引き起こしてしまいました。
手の中に残ったロケット。そして写真の少年……。
次回、現実世界(学校)で、写真の少年「九条」に接触します。
彼があの「無気力王子」だなんて……!?
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