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春の残響

作者: 雪代深波
掲載日:2025/12/27

三月の終わり、少し冷たい風に混じる柔らかさを感じた瞬間、心はざわめき始める――。

この物語は、誰もが経験するかもしれない、片想いの淡く切ない時間と、少しの勇気の物語。春の空気に揺れる青春を、そっと覗いてほしい。

1 春の風と、彼女の笑顔


三月の終わりの放課後、校舎の影から吹き抜ける風はまだ少し冷たかった。

だけど、その中に混じっていたわずかな柔らかさだけで、僕は

「あ、春が来るんだ」

と、なぜか胸の奥がざわついた。


原因は風じゃない。


グラウンド脇の桜並木の下で、髪を結び直している少女――

春原はるはらひより。


光を拾うような淡い茶色の瞳。

笑うと、雪どけ水のきらめきみたいに目元が柔らかくなる。


彼女を初めて見たのは、入学式の前日。

まだ互いに名前も知らなかったけれど、

校門近くのベンチで迷っていた僕に、

「こっちですよ、受付は」

と、ふんわり笑って道を教えてくれた。


それから一年。

同じクラスになったけれど、声をかけたのは数えるほど。


僕、**篠崎湊しのざきみなと**は、勇気がない。

自分が彼女にふさわしいとも思えない。

ただ、誰よりもひよりの笑顔が好きだった。


――あの桜が満開になる頃、僕の心はもう片想いで満ちていた。


でも、それを伝えるなんて。

そんなこと、考えるだけで胸が痛くなった。


だって、彼女はいつも誰かの中心にいて、

僕はいつも輪の外側を歩いているタイプだから。


それでも、それでも。

春が近づくほど、どうしようもなく彼女に惹かれていた。


2 偶然じゃない偶然


四月の初め。

新しいクラスの席替えが行われ、

僕はひよりの斜め後ろになった。


奇跡かもしれないと思った。

でも、僕の友達の絢瀬悠人あやせゆうとは肩を叩いて笑う。


「おい湊、これってチャンスじゃね? 今いけよ、今!」


「いや、無理無理無理」


「なんでだよ。あの子、めっちゃ話しやすいタイプだろ?」


「……そういう問題じゃなくてだな」


「はいはい、片想いして自滅するタイプね、湊は」


図星すぎて黙るしかなかった。


そんな時、ひよりが椅子をひょいと回して僕の方を見る。

笑顔で。


「篠崎くん、今日ノート借りてもいい? 昨日熱出て早退しちゃったから」


「えっ……あ、うん。全然、どうぞ!」


「ありがとう、助かった〜!」


距離が近い。

息が止まりそうだった。


ひよりは僕のノートを抱えて、ひらひらと手を振って戻っていく。


悠人がニヤニヤしながら言う。


「……で? いつ告白すんの?」


「無理だから!」


「はーい出ました。ヘタレ認定。」


ヘタレ上等だ。

だって、関係が壊れるのが何よりも怖い。


ただ、こんな小さな会話だけで一日幸せになれる自分が情けなくて、

同時に、どうしようもなく好きだった。


3 ひよりの涙


そんなある日の帰り道。

昇降口で靴を履き替えていると、

外からひよりの声がかすかに聞こえた。


「……だから、もう、やめてって言ってるじゃん……」


声のトーンがいつもと違う。

慌てて外へ出ると、校門の影で――ひよりが泣いていた。


相手は男子二人。

彼女の中学時代の同級生らしい。


「ひより、別にいいだろ? 前みたいに皆で遊ぼうよ。なんで避けんの?」


「だから、今は……高校違うし、こっちこないでよ……」


ひよりは困った顔で後ずさる。

でも男子たちは構わず距離を詰める。


胸が焼けるように熱くなった。

気づいたら足が動いていた。


「……やめろよ」


僕の声は震えていた。

でも止まらなかった。


「嫌がってるの、わかんないのか?」


男子の一人が鼻で笑う。


「誰? あんた。ひよりの彼氏?」


「ち、ちが――」


「違うよね? じゃあ黙っててくれない?」


怖い。正直怖い。

勝てる自信なんてない。


それでも。


「でも……泣かせてんじゃねぇよ」


ひよりの肩が揺れた。

涙の跡が光る。


一瞬の沈黙。

空気が重くなった。


だがその時、教師が廊下から出てきて声を張った。


「お前たち! 何してる!」


男子たちは舌打ちして逃げていった。


僕は息が切れていた。

足も震えていた。

でも、ひよりの方を見ると――


「……ありがとう」


彼女は泣きながら笑っていた。


その顔を見ただけで、心臓がどうにかなりそうだった。


4 秘密の放課後


翌日から、ひよりはよく僕に話しかけるようになった。


「篠崎くんって、意外と強いんだね」


「いや、全然強くないけど……」


「でも、助けてくれたじゃん。あれ、本当に嬉しかったんだよ?」


笑顔。

その笑顔に、僕は簡単に負ける。


放課後、図書室でたまたま一緒になり、

二人で試験勉強をするようにもなった。


「ねぇ篠崎くんって、なんでそんなに静かなの?」


「え……? いや、自分のペース崩すの苦手で」


「私、そういうとこ好きだよ」


心臓が落ちた。

いや、落ちたというより――もう全部持っていかれた。


でも、彼女は続けた。


「……中学のときね、ちょっと色々あってさ。人間関係」


「うん」


「だから、高校では『明るくて笑顔の子』になろうって思ったんだ」


ひよりは笑う。

けれど、その笑顔はどこか痛かった。


「無理してるの?」


「うーん……でも、そのほうが周りが安心するかなって」


そう言うひよりは、やっぱり少し寂しそうだった。


「……ひよりは、そのままでいいと思うけど」


ぽろっと言ってしまった。

本心だった。


ひよりの瞳が揺れる。


「……ありがとう。なんか、救われる」


その日、二人の距離が確かに縮まった気がした。

でもそれと同時に僕の想いは、ますます苦しくなっていった。


5 雨の日の告白みたいな会話


梅雨入りした頃。

土砂降りの放課後、ひよりが傘を忘れたと言うので、

僕の傘に入れて帰ることになった。


距離が近い。

傘ひとつの狭さの中で、ひよりの体温が伝わってくる。


「篠崎くんってさ」


「うん」


「あの日、どうして助けてくれたの?」


「……泣いてたから」


「それだけ?」


「それだけじゃ……ないけど」


思わず俯く。

これ以上言ったら片想いが溢れる。


でも、ひよりはくすっと笑う。


「そっか……なんかね、私、最近楽しいんだよ」


「うん?」


「篠崎くんといるとね、安心するの。すごく」


その言葉は告白みたいだった。

でも、その直後。


「……ねぇ、もし私が誰かを好きになったらさ」


「うん」


「応援してくれる?」


心臓が急に冷えた。


好きな人、いるんだ。


「……誰、なの?」


聞きたくなかった。

でも聞かずにはいられなかった。


ひよりは、雨を眺めながら言う。


「まだ誰にも言ってないの。でもね――」


そこで、彼女は唇を結んだ。


「あ、やっぱり今日はやめとく」


笑って見せるけれど、その笑顔は揺れていた。


6 春が終わる前に


七月。

夏休み前最後の終業式の日。


ひよりが屋上に呼び出してきた。


「ここ、風気持ちいよね」


いつも通り笑うひより。

でも目がどこか決意していた。


「ねぇ篠崎くん」


「うん」


「私さ……ずっと言えなかったことがあるんだ」


胸が跳ねた。

嫌な予感と、期待と、全部混ざった。


ひよりは柵にもたれて言った。


「私ね、ずっと……誰にも頼れなくて、泣きたくても泣けなかったんだ。怖かったから」


「……ひより」


「でもね、あの日助けてくれた時……初めて思ったの。『あぁ、誰かに頼ってもいいんだ』って」


風が吹く。

彼女の髪が揺れる。


そして――


「……好きなの、篠崎くんのこと」


世界が止まった。


頭が真っ白になって、言葉が出るまで時間がかかった。


「……僕も、ひよりがずっと好きだった」


「ほんと?」


「うん。本当」


ひよりの目に涙が溜まる。

でも今度は、その涙は悲しくなかった。


「春からずっと……ずっと言いたかったんだよ?」


その声だけで、僕は泣きたくなる。


7 春の君へ


ひよりが僕の制服の袖をそっと掴む。


「ねぇ、これからも……隣にいてくれる?」


「もちろん」


夏の空は眩しいくらい青くて、

ひよりの笑顔は春みたいに優しかった。


僕はようやく言える。


春の君に片想いするだけの自分は、もう終わりだ。


今日からは――

春の君と恋をする。


春は過ぎても、記憶や感情は残る。

この物語が誰かの胸にそっと響き、片想いの切なさや思いを伝える勇気を思い出させるきっかけになれば嬉しい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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