ブーシェ伯爵令息の忠誠
誰かに忠誠を誓う気なんてなかったのになー。
俺ことアルマン・ブーシェの生まれ育った伯爵家は、貴族社会に大きな影響力のある家門でさ。
貴族というものは爵位にランクはあるものの、下位である男爵が巨大な富で裏社会を牛耳っていたり、公爵という上位貴族が借金まみれでハリボテであったりと、爵位だけでは力を測れないところがあるんだよ。
そんな貴族社会でブーシェ伯爵家はさ。こうもりみたいに、力のある貴族の間をふらふらと飛んで、擦り寄ってきたわけ。
時に王政派。時に貴族派。時に民衆派。節操ないねー。
悪評など賛辞。生き残ったものが勝ちである。それが家訓なのさ。
ま、俺にぴったりな家訓だけどねー。
なーんか、好きじゃないんだよなー。
ぴったりなのに、好きじゃない。矛盾している。でも仕方ない。ま、いっか。
そんな適当な俺だから、両親には早々に見放されたのよ。
王太子の従者にされちゃったんだよね。
第二王子派の貴族家門の俺。ちゃらんぽらんの俺。
それが王太子の従者。超がつくほど真面目でお堅い王太子の従者。
でもこれが意外と悪くなかったんだよねー。
クーザン侯爵令息とも馬が合ったし。
最初は神経質そうなやつだなーって思ったんだけどさ。わりかし馬鹿なんだよね、あいつ。シモン様も賢いけど馬鹿なとこあるから。馬鹿な俺には居心地いいよね。
なによりさ。なんかシモン様見てたら、自分も頑張ろかなーなんて思っちゃうというかさ。柄にもないのにさ。困っちゃうよねー。
だってさ。こっちが引くくらい努力家なんだよ。シモン様はさ。
でもさ。そういう人って自覚なしに無理するだろ。だから俺らが馬鹿やって笑わせて、肩の力抜いてやるわけ。あの人、いつも眉間にしわ寄せてるけど、温厚だし。俺らが少々不敬やら無茶やったって怒らないんだよ。
息抜きに城下町に拉致った時は流石に怒るかと思ったけど。結構楽しんでたね。シモン様は堅物のわりにノリがいいんだ。ついでに俺も楽しい。ウィンウィンってやつ。
まあでも、無愛想だけど真面目で優しい人だから。息抜きのはずなのに困りごとを目にしたら、すぐ対処したり政策に盛り込んだりして解決しちゃうんだよ。仕事しちゃうわけ。
おかげで国民の人気はすげーのよ。第二王子派の貴族に見せてやりたいね。あ、俺の家か。あはははー。
そんなシモン様だから。マノン嬢との関係は違和感だらけだったね。
クソがつくくらい真面目なシモン様が浮気なんてするわけないし、そもそもあの人ヴァスール公爵令嬢にぞっこんだし。マノン嬢といる時とは顔つきが全然違うわけよ。
「ほーら、やっぱりねー」
トリュフォー男爵家の不正の証拠書類が、無造作に執務室に置いてあった。
それとなく階段での事故の映像を記録させ。マノンをよく思わない俺たちが邪魔だ、従者から解雇すると言われた矢先にだ。
「なあ、バティスト」
「なんだアルマン」
あ、バティストっていうのはクーザン侯爵令息の名前ね。俺の名前はアルマン。
「俺たち舐められてるよ? どうする?」
「どうするもこうするも、クソ馬鹿王太子に分からせてやるしかないだろう」
「お前も悪だねー」
「お前ほどじゃない」
ブーシェ伯爵家は、こうもりのように力のある貴族の間をふらふらと飛び、擦り寄ってきた。
時に王政派。時に貴族派。時に民衆派。
悪評など賛辞。生き残ったものが勝ちである。それが家訓。
なんでそんなことが可能だったかって? 情報だよ、情報。情報をもとに、勝ち筋を見極める力。それに特化してるんだ。
恩義なんてなんのその。手のひらくるっくる。裏切っても絶対に勝つ。
そういうとこが嫌いだったんだけどねー。使えるものは親でも使わなくちゃ。
「実家にリークしてくるわー」
王太子の意図を漏らせば、誰につけばいいかすぐ見極めて手のひらくるっ。勝率を上げるため、勝手に根回ししてくれるでしょ。
「なら俺は弟殿下とヴァスール公爵に話しをつけよう」
「おっけー。任した」
『俺に選ばれて不運だったな。これからよろしく頼む』
従者になった時、シモン様が俺たちに言ったこと。そっくりそのままお返ししますよ。
俺たちを選んで不運でしたね。
あんたの思い通りには行きませんからね、大馬鹿野郎!