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【連載版】愚かな王太子に味方はいない   作者: 遥彼方
【番外編】愚直な国王の味方は頼もしい
10/10

傑物弟の激重感情

「お前たち、まさか‥‥‥っ、うわはははは!! ちょ、はは、やめっ!」

「行ってらっしゃいませ、陛下」

「ではシモン様、先に支度をすませてきますね」

「兄上、後で」


 従者に捕まってくすぐり倒されている兄上を残し、僕とオレリアは先に準備に向かった。

 ついでに警備の騎士や通りかかった侍女や侍従たちに、これから兄上が担がれて運ばれるが、心配無用と伝えていく。


 兄上と従者たちのアレは久しぶりだし、国王と王妃、王政派貴族の粛清の影響で、王宮に勤める人員の入れ替わりも多い。知らない者が慌てないよう、通達しておかないとね。


「ベネディクト様。私は着替えてきますね」

「うん。僕は影と騎士に警備の確認をしておくよ」


 ドレスを脱ぐだけで時間のかかるオレリアと違って、僕はこのままで構わない。警備の段取りも既につけているから、日程が繰り上がったことだけ伝えれば終わりだ。

 兄上の方はオレリアの準備を考慮して、クーザン侯爵令息とブーシェ伯爵令息が足止めしてる。


 少し空き時間ができたことだし。


「ビュイソン伯爵」

「これはベネディクト殿下」

「時間はあるかな。少し、内々に話したいことがあって、ね」


 にこやかに微笑んでから、意味深に視線を兄上を推している貴族に走らせる。


 こうすれば勝手に勘違いするはずだ。兄上の派閥に内緒で話がしたい、と。


「! もちろんですとも!」


 それだけで思った通りに、嬉々とした様子で控えの間の一つに入っていった。後に続いた僕は、防音魔法を張って鍵をかけた。


「やっと王になる決心してくださったのですか」


 ビュイソン伯爵は貴族派の筆頭だ。

 貴族派たちは僕が物心つかない頃から、僕こそが王だと僕にほざいていた。その気はないと言っているのに、しつこくしつこく。


「ああ。決心した。ただし」


 笑顔を絶やさないまま伯爵に近づき、懐から紙に包んだ物を取り出す。


「王ではなく、影に徹する決心をね」

「‥‥‥な? そ、それは」


 包みの中身は、髪の毛だった。伯爵と同じ栗色のくせ毛だが長い。女の髪だ。


「今朝、娘が大騒ぎしてたんじゃないか? 自慢の髪が切られてたって」


 ビュイソン伯爵の厭らしい笑顔が凍りついた。

 

「ベネディクト殿下。一体これはどういう」

「あー分からないんだ」


 紐で束ねた髪をひらひらと振る。


「脳無しな上に、勘違いした愚物にも分かるように説明しよう。まずこれは昨夜僕が切り落とした、お前の娘の髪だ。最近幸運にも、ヴァスール公爵の影と行動を共にすることがあってね。隠密スキルを教わったんだけど、ほら、皆も知っての通り僕は傑物だから。完全にマスターした」


 すう、と目の前で隠密スキルを披露してやると、驚きに目を開いた。


「ね? 完璧だろう?」


 肩に手を置いてやると、ビクッと震えた。


 隠密スキルは気配を消すスキルだが、極めれば目の前にいても姿が見えなくなる。

 全く見えないのに、すぐ側で声がして、肩に確かな手の感触がある。なかなかの恐怖だろう。


 僕は、わざとゆっくり隠密スキルを解いた。

 笑顔と穏やかな声音を維持したまま、肩に置いた手に力をこめる。


「ずっと前から腹を据えかねてたんだけど、会議での態度は止めだったね。兄上の施策を事あるごとに反対してさ」


 僕は兄上の政務の手伝いをしていたものの、会議などの重要な場では王妃によって締め出されていた。だから実際に目にしたのは、はじめてだったけれど。


 会議は酷いものだった。どいつもこいつも文句と非難と反対ばかり。

 頭の回転の遅い愚鈍のくせして、兄上に対してどや顔でねちねちねちねち。

 思い出すだけで、くびり殺してやりたくなる。


 不正が明らかになった王政派の重鎮がいなくなり、幾分風通しはよくなったものの、王政派も貴族派も根は同じ。王に寄生して甘い汁を吸うか、最初から貴族に甘い汁を寄越せと主張するか。その違いだけだ。どちらにも、甘い汁を吸わせる気のない兄上の敵でしかない。


 民に数多くの味方はいれど、会議に参加できる貴族の味方はヴァスール公爵とクーザン侯爵、ブーシェ伯爵のみ。


 それでも兄上は揺らがなかった。

 嫌な顔一つせず、声を荒げることもなく。数日で確かな資料をそろえ、理路整然と理由と根拠を述べて、ぐうの音も出させなかった。


 兄上は変わらない。


 大きくて、何でも知っていて、何でもできる兄上。

 大好きな大好きな兄上。僕の兄上。僕の世界。


 僕が黙って殺意を抑えていたのは、僕の助けなど兄上の邪魔にしかならないから。


「今ならまだ、殺しはしない。だけど、これからも兄上に舐めた態度を取るなら、次は髪ではなく、指、目‥‥‥最後は、分かるな?」


 肩から手を離し、指と目を指して、首に持って行く。


「護衛を雇っても無駄だ。僕の隠密スキルはその辺の影のレベルじゃないし、万一見つかったとしても王国騎士団長でもなければ、僕の剣は止められない」


 その王国騎士団長でも、二合目で斬り伏せてみせる。


「ああ、もし暗殺がバレても一向に構わないよ。兄上に処罰されるなら本望だから。僕を生かすのも殺すのも兄上だけだからね」


 優しい兄上は僕を殺せないだろうから、幽閉ってところだろうけど。

 困ったことに、それはそれで悪くないと思う自分がいるけれど。


「まあそれは最終手段だ。じゃあね、伯爵。次の会議では、少しは賢くなることを祈ってるよ」


 さて、そろそろいい時間だ。今日のところはこいつ一人でよしとしよう。

 全員が急に従順になったら、兄上が不審に思う。数日、数週間とランダムに間を空けて、説得していくとしよう。


 僕は伯爵にひらひらと手を振って、控の間を出た。



 時間はぴったり。丁度オレリアと手を繋いだ兄上が、城下町に向かうところだった。

 隠密で気配を消した僕は、影たちに合流する。他の影たちは少し離れて、僕は至近距離で兄上の側についた。


「人通りが多い‥‥‥」


 以前よりも人と活気に溢れた城下町の様子に、兄上は固まっていた。


「シモン様がやってきたことの成果ですよ」


 全部兄上の成果だとオレリアに諭されているが、半信半疑の表情が抜けない。


 本当に困った人だ。


 僕はほんの少し隠密を解いて、ブーシェ伯爵令息に囁いた。


「兄上の安全は僕が確保します。認識阻害の魔道具を外してやってください」

「うわっ、びっくりしたー。ベネディクト殿下の隠密、心臓に悪いですねー」

「そういうスキルだからね」

「いやいや、こんなに完璧な隠密は早々いませんよー」


 鳥肌が立ったらしい腕をさすりさすり、ブーシェ伯爵令息が兄上に近づいた。


「最強の影くんが頑張って安全確保してくれるそうなんで、これ外しちゃいましょーねー」


 認識阻害が外れると、人々が兄上に気づいていく。波のようなざわめきがしん、と静まり、次の瞬間に爆発した。


「国王陛下!!!」

「ばんざーい!!」


 兄上への祝福に、感謝に、歓喜に。

 町が揺れた。


 家という家、店という店から出てきた人々が兄上を一目見ようと集まる。

 大人も子どもも、老人も、口々に兄上を称えた。


「ありがとうございます!!」

「陛下に光あれ!」


 ああ、兄上。やっぱり兄上には光が似合う。


 けれど、光には羽虫が集まる。

 沸く民衆とは目付きと雰囲気の違う男二人組が、兄上にじりじりと近づいていた。


「リフレクション。トラック。ぺルクレ」

「ぐえっ」


 兄上を狙った狙撃魔法を反射して追尾、着弾させると、民衆に混じっていた男が倒れた。すかさず他の影が撤収する。その間に僕は半歩前に。


「!」


 懐からナイフを出しかけた男の手を捻る。くるりとナイフを奪い、反対の手で口を塞いでから柄を首に叩き込んで意識を刈り取った。死ぬかもしれないけど、知ったことか。


「お見事」

「他は?」

「網にかかったのはこれだけですね」


 影の探知網に引っかからなかったのなら、もう安全だろう。万一に備えて兄上の防御の魔道具には、僕の魔力を追加で注いでおいたから、たとえ国が消し飛んでも兄上だけは無事だ。


 それでも念を入れて周囲を探ったけど、探知スキルに引っ掛かる者も怪しい動きを見せる者もいなかった。


「あいつらはトリュフォー男爵の残党?」

「これから吐かせますが、おそらく」

「全く。まだ掃除が足りないか」


 先に残党(ゴミ)掃除はしてたんだけど。漏らしていたのか、新たに湧いたのか。


「ありがとうございます!!」

「陛下に光あれ!」


 表の人間たちは、影を見ることなく兄上を讃えている。

 民衆に囲まれてオレリアと共に立つ兄上は、いつもより表情が明るくて、光って見えた。

 僕は感謝と歓喜と祝福の言葉の影に紛れ、その場から離れようとして。


「ベネディクト!」

「兄上?」


 突然腕を掴まれて、僕はびくっと体を震わせた。王国騎士団長も見破れなかった僕の隠密を、あっけなく破った兄上が、軽く僕を睨む。


「影の真似事なんかして。怪我はしていないだろうな?」


 首を横に振ると、兄上はほっと息を吐いた。


「ならいい」


 兄上が隠密を破ったから、僕が突然現れたように見えたんだろう。オレリアたちと人々が目を丸くして騒いでいる。


 兄上はいつもと変わらない落ち着いた顔で、国民に手を振った。


「なんで分かったんですか」

「俺はお前の兄だからな」

「……」


 ああ、本当に兄上は変わらない。

 敵わない。


 寂しくて、孤独に耐えかねた夜。居場所のない、逃げ出したい昼。迎えたくもない、何もかも破壊したい朝。

 兄上はいつも僕の手を握る。


「お前だけだ。他の影はどこに何人いるのか、さっぱり分からん」

「ははっ」


 兄上の横で僕も形だけ手を振りながら、本心から笑った。

お読み下さりありがとうございます。

ブラコン話でした(笑)


次はまた間が開きます。

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