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8・差し出された手を取ってみました

 今の今まで念話していたというのに、「可愛い」なんてことだけ、わざわざ声に出して言った。……なんだろう、別に本気とかじゃないんだろうけど、なんというか、ずるい人だな。


「か……からかわないでください」

「別に、からかっているわけじゃないんだけどな。君は面白いと思うし」

(面白いって……)


 ヴィルフォード様は、何が楽しいのか、くすくすと笑う。


『……そういえば。口調、そちらが素なのですか?』


 人前では一人称が「私」二人称は「あなた」だったはずだけど。いつの間にか「俺」と「君」になっている。それ以外でも、結婚式のときより全体的に固さが抜けているように感じた。


『ああ、こちらの方が楽でね。君さえ気にしなければ、この喋り方でもいいかな?』

『ええ、お好きにどうぞ』

『ありがとう。君も楽にしてほしいな。何せ俺達は運命共同体だからね、どんな不敬も問わないよ』

『はい。ところでヴィルフォード様、話を戻すのですが』

『ヴィルフォード、と呼んでくれ』


 にっこり、と笑いながら言われた。……不敬を問わない、というより、対等に接することを望まれている気がする。


『……ヴィルフォード。あなたのスキルを、ゼラニウム国王は知らないのですか? 私のスキルのことだって、今日の結婚式でバラしてしまった以上、どこかから漏れるかもしれません。自白させようとしても、警戒されるのではないでしょうか』

『君のスキルについては、今回の結婚式の主要な参加者達には、金を握らせたうえで口止めしておいた』


 ああ。だからさっき、馬車に戻ってくるまでかなり時間がかかっていたのか。


『ドグスとローズの口は封じていないし、廃嫡の噂自体は流れるだろう。だがドグス達に関しては、あれほど不名誉な噂を自ら広めるとも考えられない。それに、ようは二週間後の舞踏会まで、隣国にさえ話が届かなければいいんだ。国内の夜会で噂になるくらいなら、計画には響かない』


 幸い今回の結婚式は、豪勢であったとはいえ隣国からの来賓が訪れるようなレベルではない。むしろ、公爵であるヴィルフォードがあの場にいたのが奇跡だったくらいだ。


 前世のような、スマホやSNSなどがない世界だ。噂が広まる速度は、元の世界と比べると格段に遅い。それに「映像」という概念さえろくにないこの世界では、デマと思われる可能性だって高い。彼の言う通り、二週間後に隣国での舞踏会であれば誤魔化せるかもしれない。


『それに俺のスキルが発現したのは、俺がこの国に来てしばらくしてからでね。君以外の者に口外したこともない。ゼラニウムの人間達は、俺のスキルのことなんて何も知らないさ』


 スキルは、誰でも生まれながら持っているわけではない。ある日突然、何の前触れもなくスキルが発現するというのは、この世界では珍しいことではないのだ。


 また、魔力は家系や血筋に由来するものだが、スキルは遺伝とは全く関係がない。貴族であってもスキルを持たない者はいるし、平民でもスキルを持つ者はいる。……もっとも、私やヴィルフォードのようなスキルは本当にレアで、一般的なスキルは「料理」「釣り」など、通常の技能が人より上手くこなせるという、特技のようなものが主だ。


 ちなみに、この世界での「ステータスオープン」は、ネット小説でお約束の「光の表みたいなやつが誰にでも見えるようになる」ものではない。ステータスは自分の脳裏にだけ浮かんで、他者からは見えない。よって、スキルは自己申告制なのだ。


『君のスキルがバレたらバレたで、その場合のプランも考えてはいる。なるべく隠してくれていた方がいいが、知られたなら逆に利用するだけさ。国王としても、君の希少なスキルは欲しいはずだから、君に接触したがるだろうしね』

『……かしこまりました。それから、もう一つ聞きたいことがあるのですが』

『ああ、なんでも聞いてくれ』

『ヴィルフォードは、ルシアヴェール様の死の真相を公表して、結果的にどうなることを望んでいるのですか。国王の失脚ですか?』

『そうだな。王が王妃暗殺をしたことを公表し、現王妃もそれに加担していたと他国に知れ渡れば、他国からの批判は避けられないし、ゼラニウム王の信用は地に落ちる。王と王太子が失脚すれば……もちろんその後の動き方にもよるが、民衆は【悪を裁いた元王子】として、俺を次期国王に推してくれるかもしれないね?』


 ヴィルフォードは、にこりと微笑を浮かべる。

 彼は、もともとは王位継承順位第一位の座にいた男だ。ゼラニウム王家の血を受け継ぎ、魔力量も膨大である。ゼラニウムからこの国……ティランジアへ送られ公爵としての生活を送っていたとはいえ、王妃の死の真相が明るみに出れば、人々は彼に同情するだろう。それこそ、悲劇のヒーローだ。民衆受けはいいだろう。


(……もしかして、ただ王に復讐するだけじゃなく、それが狙い?)


 もちろん、王の座を簒奪するなど容易ではないとわかっている。現ゼラニウム国王を失墜させたところで、他に王座を奪おうとする者はいるだろう。


 ……ただ私は、ヴィルフォードの狙いが何であっても構わない。

 伯爵家の結婚式をぶち壊したことに後悔はないが、あれを実行してしまったからこそ、私にはもう行き場がない。


 あの場で終わっていたかもしれない人生なのだ。ならばこの運命、彼に任せよう。

 ……そんな、シリアスな気持ちでいたのに。ヴィルフォードは愉しそうにくつくつと笑う。


『もし俺が王になったら、君は王妃だね、フィオーレ?』

『……契約としての婚約ですよね?』

『ああ、その通りだ。だが、悪い話じゃないだろう?』

(いや、さすがに王妃ってのは荷が重い気が……)


 そもそもヴィルフォードが王になれるのか自体、非常に危うい。全てが上手くいけばいいものの、一歩間違えば国家への反逆罪として命を奪われる可能性だって大いにあるのだ。そんなことは彼だってわかっているはず。


 ……国王とか王妃だなんて口先だけで、彼の狙いは、本当はもっと別なところにあるのではないか。そんな気がする。こうして少し話していただけでも、簡単には本心を明かさない、食えない人だなという印象だし。――笑顔の仮面を外した本当の「ヴィルフォード」は……危険な男なんじゃないか、と直感的に思う。


 だけど……そうわかっていても、私は彼と運命を共にする。


『そうそう。契約とはいえ、これからの俺達は婚約者なんだ。取り決めをしよう』

『……取り決め?』

『俺達は婚約者として、仲睦まじく見えなければならない。この関係が嘘だと露呈してはいけない』

『まあ、そうですね』

『だから、フィオーレ。この先、婚約者らしくふるまうべき場面では、君に触れてもいいか? 先程のように、公衆の面前で口付けろと言われることはそうそうないだろうが。場合によっては、腰を抱いたり手を繋いだりくらいは、婚約者らしく見せる演技として必要になるだろう』

『ああ、そういう……』


 確かに彼の言う通り、婚約者に見せるなら、多少の触れ合いはあった方が自然だろう。変に怪しまれたくはないし、拒む気はなかった。


『夜の営みはさすがにお断りしますが、そもそもそれは必要ないでしょう。であれば他は、不意打ちで抱きしめられようが、唇へのキスであろうが、許可します』


 私には前世の記憶がある。前世で私は成人しており、男性とそういうことをした記憶もある(もっとも、前世の相手も酷い男だったが)。この世界の未婚女性ほどの恥じらいや潔癖さは持ち合わせていない。


 何より……ヴィルフォードには、嫌悪感がない。

 さっきキスしたときも思ったが、彼は清潔感があるし、私を粗雑にせず、丁寧に触れてくれる。


(そうだ。私……彼と、キスしたのよね)


 ついさっきのことのはずなのに、なんだか実感がない。

 あれはあの場をおさめるためだけの、単なる演技だったし。

 ただ、なんとなくさっきの感触を思い出し、思わず彼の唇を見つめてしまう。……一瞬のことだったはずなのに、彼は艶めいた笑みを浮かべた。


『ああ。俺が婚約者として君に口付けるように、もちろん君だって俺にキスをしたくなったら、いつでもしてくれて構わないよ』

『……それはどうも。演技で必要な状況であればしますが、それ以外の場面ですることはないので、ご安心ください』


 シリアスな生い立ちの人だけど、意外とご冗談がお好きらしい。私としては、ガチガチの冷血人間よりやりやすいから、別にいいけど。


『ああ、だが演技であっても、本当に嫌なときは嫌だと言ってくれ。人前であっても、心の声で伝えてくれればいい』

『わかりました。……それにしても、ずいぶんお優しいんですね』


 わざわざそんなことを言っておいてくれるなんて、親切だなと思ったのだけど。ヴィルフォードは一瞬だけ笑みを消し、直後に、あまり面白くもなさそうに笑った。


『君は、本当に優しくない奴らを見慣れているんだね。こんなの普通のことさ』

(……普通、か)


 私の周りには、ドグスをはじめとして、腐敗した精神の人間ばかりだった。友人だったはずの人々だって婚約破棄をきっかけに私を裏切ったし……これから会う家族だってそうだ。


 両親は昔から私に「ドグスの婚約者」としての価値しか見出しておらず、婚約が破棄されてからは、私を「役立たず」として召使いのように扱ったり、酷い折檻をしたりするようになった。妹はそんな私を見てクスクスと笑っていた。


『もっとも……俺も、人のことは言えないのだろうけどね』

(あ……)


 彼の人生だって、断じて楽ではなかったはずだ。母を暗殺され、幼い身で隣国に送られて……。苦労しただろうし、卑劣な人間だってたくさん見てきただろう。


 何か言うべきかと思ったが、そこで馬車が停まった。私の屋敷に到着したのだ。さすがは軽量化・加速の魔法が付与された馬車。ものすごく速い。


「さて。ひとまずは君の両親にご挨拶といこうか。我が婚約者殿?」


 ヴィルフォード様は、完璧に婚約者らしい姿勢で、私に手を差し出す。

 その掌を見て、ふと思った。これから、私の運命はどう動いていくんだろう?


(……どう動いたって構わない。もともと、生きている意味すらわからない人生だったんだもの)


 私は、彼の手を取る。

 未来の王妃? それとも反逆を目論んだ大罪人? どうでもいい。私は彼の復讐に手を貸す。


 だって、誰も味方のいなかったあの結婚式の場で。

 どんな目的であれ、彼だけが、私を助けてくれたのだから。


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― 新着の感想 ―
子爵出身しかも他国の人間が王妃とか内部分裂不可避だし碌な結末にならん気が
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