7・何故か公爵様に口説かれました
ドグス達の結婚式から去ったあと、私は公爵家の馬車に乗せられていた。
といっても、まだ馬車は走っているわけではない。ヴィルフォード様は「まだ少しやることがある」と言って、私だけを、停車中の馬車に乗せて戻っていった。まるで私を隠すように。……ようにというか、隠しているのだろう。今他の人から見つかったら、いろいろと騒ぎになるだろうし。
それからヴィルフォード様が戻ってくるまでしばらく時間がかかり、ようやく馬車は出発した。向かう先は、私の屋敷。ディステル子爵邸だ。
さっきはドグス達への制裁のため、とっさに「婚約者」だと言ってしまったが。両親まで嗅ぎ回られたらその嘘が彼らにバレてしまう。よって、私の両親に手を回しておこう、というヴィルフォード様からの提案だ。
なおこの世界には、「転移魔法」がないわけではないのだが、最上級の高度魔法であるため使用できる人間は限られているし、使用料としてかなりの大金をとられる。そのため、通常の移動は馬車が基本だ。ただ、ヴィルフォード様の馬車には「軽量化」「加速」の魔法がかけられているようで、普通の馬車よりも倍以上早い。
『さて。先程はろくに自己紹介もできなかったからな、あらためて名乗らせてもらうよ。俺はヴィルフォード・スカビオサ』
走行中の馬車に二人きりという状況だが、彼は口ではなく、スキルによる思念でそう名乗った。他者のスキルによる盗聴などを警戒してのことだろうか? ……私のスキル自体がそれそのものだから、私への警戒かもしれないが。
『そうそう、まずは安心してもらうために、このスキルについて説明しておこう。俺のスキルは【伝達】。俺が思念で会話したいと思った相手と念話できるスキルであり、相手の心を読む力ではない。だから、あなたが応答してくれれば会話が成立するが、あなたの心が全部こちらに漏れるわけではない。このスキルは、口での会話と同じように、【相手に伝えたい】という思念のみを交わすことができるんだ。お互いの心を覗けるわけじゃない』
『……なるほど。声に出ないというだけで、あとは普通の会話とあまり変わらないのですね』
『理解が早くて助かる。さて、次に俺の事情についてだが。あなたは、どこまで知っている?』
『……貴族の夜会で一般的に噂が出回っている程度のことまでです。元は隣国の王子であり、この国で公爵となったということ……』
『であれば、私の母――ゼラニウムの今は亡き王妃、ルシアヴェールの死のことも知っているね?』
『……はい』
頷くこともせず、あくまで念話で返事をする。ヴィルフォード様も、馬車の外の景色を眺めながら心の声で話す。
『当時、俺はまだ幼かった。母の訃報に、呆然とすることしかできなかった。……だが成長するにつれ、母の死は、不自然な点が多すぎると疑念を抱くようになってね。母が死んだ直後から行動していれば証拠も収集しやすかったのだろうけど、真実を知りたいと思ったときにはもう、時間が経ちすぎてしまっていた。今となっては、本人に自白させるくらいしか方法がない』
『……ご事情はわかりました。しかし自白させると言うからには、誰が犯人であるか、目星はついているのですか?』
『隣国、ゼラニウムの国王だ』
あくまで心の声だけでの会話とはいえ、隣国の国王陛下が、当時の王妃暗殺の首謀者であるという発言だ。緊張感が走る。
『あなたのお父上……ですよね』
『血縁上はな』
『国王が自ら、王妃暗殺を企んだというのですか?』
『国王は俺の母……正妃ルシアヴェールよりも、側妃レヴィシアの方を優遇していた。彼女を正妃にし、レヴィシアの息子に王の座を継がせたかったんだろうな』
ヴィルフォード様は、亡き王妃様のことを母と呼びつつ、国王のことを父と呼ぶことはない。
こうして念話している今この瞬間も、彼は顔色一つ変えないけれど、美しいその顔の裏には、ゼラニウム国王への激しい憎悪があるのだと思う。
『母は、元はミオソティスという国の王女でな。蔑ろにすれば外交問題にも関わる。そこで、母を故意に魔獣に襲わせ、ミオソティスには、その魔獣の首を献上した。国王は、愛する王妃を喪った悲劇の王のように振る舞った。そして、傷心の王を傍で支えてやる献身的な新王妃という図式が出来上がった。この二人の関係を、清く貴い恋愛譚であるように、市井に噂を流した。……そう考えると辻褄が合う』
『故意に魔獣に襲わせたとなると……何らかの魔道具を使用したということですか?』
魔獣には言語も通じないし、意思疎通は基本的に不可能だ。前世、ネット小説では魔獣を仲間にする「テイマー」もポピュラーだったが、この世界にそういう職業はない。
『魔獣を一時的に惑わし、従える【魔従香】というアイテムがある。本来はゼラニウムの宝物庫に、禁断の品として封印されていたものだ。だが、国王であれば持ち出せる。
母の訃報が入る前……母が、まだ行方不明とされていた段階で。俺は国王の部屋で、空の薬瓶のようなものを発見したんだ。だが国王から、それに触るな、と怒鳴られて取り上げられた。そのときの国王は、ひどく動揺していた。おそらく、知られてはまずい証拠……魔従香だったのだろう。当時の俺は幼くて、それを取り返すような知恵はなかった。処分されてしまったことが口惜しいな』
ヴィルフォード様は一瞬、眉間に深い皺を寄せた。だが、すぐにこほんと咳払いをする。
『……二週間後に、ゼラニウムの建国百周年記念の、盛大な舞踏会が行われる。ティランジアの公爵として、俺も出席する資格がある。そこで国王と接触したい。さすがに舞踏会の場では、他の貴賓達もいるので自白させるのは難しいだろうが……次に会う機会でも取り付けて、なんとしてでも、王妃暗殺についての言葉を引き出したいんだ。君にはそれを記録していてほしい』
そこでふと、視線が重なった。彼は、薄く自嘲のような笑みを浮かべる。
『隣国の王が相手だと聞いて、怖気づいたかい? それとも、そんな復讐など馬鹿げていると笑うか?』
『……あなたの復讐心が笑われるのであれば、私の、先程の結婚式での行いなど、愚の骨頂でしょう』
ヴィルフォード様は少しも口を開くことなく、じっと私を見ていた。
『あなたの気持ちはあなたのものです。ですから、あなたの気持ちがわかるなどと、簡単に言うことはできません。だけど少なくとも、私にあなたを笑う資格などありません』
過去をいつまでも引きずっていても仕方がない、忘れて前を向け、と。そう考える人間は多いのだろう。復讐に意味はないなんて、自分でだってわかっているはずだ。
健全な人間には理解されることのない闇。だからこそ心は孤立し、絶望の深みに沈んでゆく。私はそれを知っている。だから彼を否定なんてできない。
そんな思いでヴィルフォード様を見つめ返すと、彼は微かに目を見開いたあと、ふっと口元に弧を描いた。
『ああ……それもそうだな。――結婚式を壊したときの君は、美しかった』
『――はい?』
突然何を言い出すのだろう。理解できないが、彼は三日月のように目を細めたまま語った。
『誰も味方がいない中、たった一人で自分の敵に立ち向かい、目的を達してみせた。素晴らしいことだ』
『たった一人で、は結局無理でしたよ。あなたが味方になってくれたから成し遂げられたのでしょう』
事実を告げただけなのに何故か、興味深い生物でも見るかのようにじっと見られた。そして、彼はまたふっと口元を綻ばせ――
「……君は可愛いね、フィオーレ」
「――っ」
本日の更新はここまでです!
読んでくださってありがとうございます!!
明日以降も投稿頑張りますので、ブクマ・評価などしてただけますと、めちゃくちゃ嬉しいです!(既にしてくださった方は、本当にありがとうございます!)