6・私を裏切った人達の幸せは、壊れました
目を閉じていても、周囲の人々が、驚きで目を瞠っているのがわかる。
……おかしなものだ。自分を捨てた男の結婚式で、黒のドレスを纏い、初めて会う人とキスをしているなんて。
だけどこれは婚約の誓いではない。……共犯者としての、誓い。
永遠のような一瞬が終わり、唇が離れる。
ドグスもローズも、呆然として大きく口を開いていた。しかし数秒後、はっと我に返ったようにまた身体を震わせる。
「ち……違う! こんなの、何かの間違いだ! フィオーレなんかが、こんな……!」
そこでまた一人、男性が険しい顔をして立ち上がった。
あれは、ドグスの父。現在のハイドランシア伯爵だ。
「いいかげんにしろ、ドグス。見苦しいぞ」
「ち、父上……!」
「婚約は本人達の問題だから、破棄のことを聞いても口出ししなかった。だが、まさかお前がここまで下衆なことをしていたとはな。知らなかったですまされることではないが……知らなかった。そして知ってしまった以上、当主として責任を言い渡す必要がある」
続けて、伯爵はドグスに短く告げた。
「ドグス。お前は廃嫡する」
えっ、と。ドグス・ローズを含む周囲の人々が目を見開いた。
「伯爵位は、次男のマモトスに継がせる。お前は勘当だ。本日をもって、ハイドランシアの屋敷から出ていけ」
「な、何を言っているのですか、父上!」
「なおこの式の費用は、自分達で払うように。もちろん、屋敷を出ていった後の家賃など、今後の生活費も全てだ。私は資金を援助する気も、保証人になる気も一切ない」
「そ、そんな! 式の費用は、父上が払ってくれるはずだったではないですか! だからこそ、ローズに最上級のドレスを仕立てたり、指輪を買ってやれたのにっ!」
「ああ。至らない点もある息子だが、結婚して、これからは次期伯爵としてしっかりしてくれるだろうと思ったから、費用を出してやるはずだった。……お前がここまで駄目な人間だと思わなかった。お前のような愚か者に必要なのは、援助ではなく罰だ」
貴族だからこそ開ける、盛大な式だ。勘当され、ただの庶民となり果てた人間の稼ぎでは、一体何年働けば返せるかわかったものではない。多大な借金となるだろう。
そもそもこれからドグスは、住む場所を探さなくてはならないし、仕事も見つけなければならなくなるが。伯爵家を勘当された者など、誰が雇うだろうか。
「ドグス。お前はフィオーレ嬢への不誠実な対応によって公爵様の不興を買ったのだ。当主として、見過ごせることではない」
……伯爵も、ヴィルフォード様がこの場にいなければ、勘当とまでは言い出さなかったかもしれない。いわばこの勘当宣言は、公爵様へのパフォーマンスだ。ハイドランシア家と領地を守るために必要なことだから行ったことだろう。
もっとも、これほど大勢証人がいるのだから、後で「勘当は撤回する」などできるはずもない。勘当自体は嘘でもなんでもない、決定事項だ。
ローズは、顔を真っ青にしていた。
「そ、そんな……じゃあ、私はどうなるの!? 伯爵夫人になれるんじゃないの!?」
悲鳴にも似たその言葉に答えたのは、彼女の父だ。
「ドグスが廃嫡されるのに、お前が伯爵夫人になれるわけがないだろう。……ローズ。それでもお前は……ドグスと結婚したのだから、これからの彼を支えていきなさい」
「は、はあ!? 何言ってるの、お父様!」
「他人の婚約者だったのに奪わずにはいられないほど、彼を愛しているんだろう? 貧しくても協力し合って生きてゆく、それこそが真実の愛じゃないのか」
「伯爵じゃないドグスに意味なんてないわよ! ただの平民になったドグスと、借金を抱えて生きていくなんて耐えられない!」
そこで、ローズの隣のドグスがかっと目を見開いた。
「ローズ、お前……! 俺のことが好きなんだって、身分なんて関係ないって言ったじゃないか! あれは嘘だったのか!? 結局金目当てだったんだな!」
「馬鹿じゃないの!? 当たり前でしょ! 爵位を継がないあんたなんか、何の価値もないわよ!」
新郎新婦の姿のまま、ドグスとローズは醜い言い争いをする。もはや、美しいドレスも花束も、会場の装飾も、何の意味もなさない。単に贅を尽くしただけの虚飾だった。
『フィオーレ、どうする? 二人のやりとりを最後まで見ていくかい?』
『……いいえ。もういいです』
『そう。なら、黒のお姫様は攫わせてもらうとしよう』
ヴィルフォード様が、黒いドレス姿の私を抱き上げ、ドグスとローズが言い争っているどさくさに紛れて、式場を出ていく。
『それで、お姫様。次は、俺との約束を果たしてくれるだろう?』
『……ええ。私にできることであれば』
ヴィルフォードは私を腕に抱いたまま、どこまでも美しくて、冷たい微笑を浮かべる。
『俺の復讐は、俺の母を殺した人間に自白させ、その事実を白日の下に晒すこと。……そのために、あなたの力を利用させてもらう』
この日、私の運命は変わった。
結婚式をぶち壊した結果……公爵様の共犯者として、運命を共にすることになったのだ――