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4・結婚式をぶち壊してみました

 ドグスとローズの結婚式当日。式は、ハイドランシア領の大きな式場で行われることになった。


 式はつつがなく進行し、二人は人生で一番の幸せに包まれる――

 ……はずだった。

 式場に、私が乱入するまでは。


 バン、と大きな音を立てて、式場の扉を開けた。

 ドグスとローズ、二人の親族、その他貴族達など列席者達の視線が、一斉にこちらを向く。


「その結婚、お待ちください」


 私の姿を目に入れたドグスは、怒りでかっと目を見開いた。

 今の私は、新婦のウェディングドレスと真逆の、黒のドレスを纏っている。

 ドグスが、ローズの前には私と婚約していたことは、貴族なら誰もが知っている。そんな私の登場に、会場中がどよめいた。


「フィオーレ、お前は招待していないぞ! 過去に俺を傷つけただけでなく、今度はローズのことまで傷つけるつもりなのか!?」


 被害者ぶってこちらを悪人に仕立て上げる、そんな手にはもう乗らない。私は淡々と言葉を返した。


「いいえ。私はただ、皆様にご覧いただきたいものがあって来たのです」


 そう言って――私は、今までずっと隠していた自分のスキルを発動させる。

 空中に、プロジェクターのように、映像が流れ出した。


「なんだ……? これは……」

「これは私のスキル……レアスキル、『記録』です。自分が見た・聞いたものを、そのまま他人に見せる能力なのです」


 人々は、初めて見る「映像」というものに、驚きざわめいていた。


 この世界には、「カメラ」とか「ビデオ」とか「録音機」というものは、一切ない。

 魔石によって、コンロとか水洗トイレとかの便利な魔道具はあるものの。それらは「火の魔石」とか「水の魔石」とか、自然の力を持つ魔石を使用しているものだ。火でも水でも風でも土でもないカメラやビデオの能力を再現することは、魔法のあるこの世界でも、現時点では不可能である。


 人々にとって、「記録」といえば、見聞きしたことを紙に「書き記す」ことがせいぜいで、「音や映像をそのまま保存する」なんて、この世界の人々にはそんな発想すらなかっただろう。他にこのスキルを持つ人も、少なくとも私は知らない。本当に、唯一無二のスキルなのだ。


 ――なんで今までこの力を使わなかったのか、って?


 だって唯一無二の力なんて、ヤバい能力だとわかっていた。貴族社会なんて、相手の家を没落させてやりたいとか、敵を今の立場から蹴落としてやりたいとか、そういう謀略が渦巻いている。私を攫うなり、あらゆる方法で従順にさせて、この力を利用したいと思う人は多いだろう。あるいは、私の力を危険視して、暗殺しようとする者が出たっておかしくない。それくらい、レアなスキルだから。


 だから隠すことにしたのだ。両親にすら、この力のことは言っていない。私はただ、平穏に暮らしたかったから。


 婚約破棄されて、社交界でいろいろ噂されている間には、何度「晒してやろうか」と考えた。でも当時は確たる証拠もなかったし、理性によって留めていた。


 ……それに。この能力を使ったところで、どうせこう言われるのだ。「恨みによって過去の行いを晒した恐ろしい女」って。


 そもそも「不貞くらい許してやれ」というスタンスの人は一定数いる。所詮、他人には婚約者同士の問題なんて関係ないし、私が騒いだところで結局、面白おかしいゴシップにされてしまうのだろうと思っていた。それなら騒ぎを大きくするより、早く噂が風化するのを待った方が得策だと考えていた。


 そう――私だって。最初は、忘れようと思っていたのだ。


 だって婚約破棄を言い出された時点で、もうドグスの気持ちは私にはないわけで。下手に騒げばそれこそ家同士の問題、貴族間の派閥の問題に転がって泥沼化しかねない。貴族同士の問題となれば、身分の低いこちら側が圧倒的に不利だ。戦ったところで得られるものは少なく、損をする可能性の方が高い。


 ならいっそ噂がおさまるまで待って、あとはもう、全てを忘れて前を向いた方が自分のためだと思ったのだ。


 ……そう、思っていた。

 でも、無理だった。

 頭ではわかっていても、感情がついてきてくれなかった。

 時間が経つほど、「やっぱりあれはおかしい」「あのときああ言えばよかった」と考えてしまって。

 時間が経つほど、「まだ引きずってしまっている自分」にも苛立つようになって、どんどん苦しくなっていって。


 嫌なことは忘れろ、って。正論なんだろうな。だけど簡単にそれができるなら誰も苦労しない。忘れたいのに忘れられないから、苦しいのだ。忘れられない自分が嫌で、自分にこんな心の傷を与えた奴らが憎くて、いっそう傷が膿んでゆく……その繰り返し。少しでもこの痛みを和らげる方法があるというのなら、それにかけたい、そう願ってしまうほど。


 だから、このスキルを使った。――私の目で見て、私の耳で聞いた、ドグスとの記憶が。ローズからの手紙が見つかったときの反応や、婚約破棄の際のやりとり、慰謝料のこと、それから、街で偶然聞いてしまったローズとの会話が。


 全て、今この場にいる人々の前に、晒された。


 ドグスは最初、私のスキルがどんなものか全くわかっていなかったことと、「映像」というものを見るのが初めてということもあり、呆然としていた。だけど全ての映像が終わった後、やっと我に返ったようだ。


「こ……こんな昔のことを、今更掘り返すなんて! 大体婚約破棄は、お前だって納得してのことだっただろう!? 全部終わったことなのに、今になって文句を言うなんて陰湿だ!」


 ――よし。

 混乱すると口が滑ってしまうのは、彼も同じなのね。

 今の彼の発言は、「私の見せた映像が全て事実である」と証明してくれた。

 列席者の人々は、それぞれ顔を見合わせて驚きを口にする。そして、多くの人々がドグスとローズに軽蔑の眼差しを向けた。


「今のは、本当にあった出来事だったのか……」

「信じられない。あの二人、外面はいいのに……中身はド屑だな」

「自分達がフィオーレ嬢を傷つけておきながら、まるで彼女が加害者のように仕立て上げるなんて……」

「よくそれで、今まで平気な顔で笑っていられたよな。恐ろしい……」


 ザワザワと、二人を非難する声は、波紋のようにひろがってゆく。そこでドグスは、再びはっと我に返ったように声を上げた。


「い、いや! こんなの嘘だ! 皆、騙されないでくれ!」


 慌てふためく彼に、私はすかさず言ってやる。


「あら、ドグス様ったら。今、確かに言ったでしょう? 『こんな昔のことを、今更掘り返すなんて』と。これは過去に、実際にあった出来事なのだと、お認めになったでしょう?」


 ドグスは苦々しい顔をし、一方ローズは目に涙を溜めて否定する。


「わ、私はあんなこと言ってませんっ! 婚約破棄はドグス様が勝手にしたことです……! こんなの、魔法で捏造したんでしょう!? 酷いです……!」


 彼女はそう言って、被害者ぶって同情を集め、逃げようとしたが―― 

 それを怒鳴りつけたのは、なんとドグスだった。


「ローズ、お前! 自分だけ逃げようだなんて卑怯だぞ! お前だって、裏でさんざんフィオーレのことを馬鹿にしていただろう!」

「な……酷い! ドグス様、私を守ってくださらないの!?」

「お前だけ助かるなんて許せん! 俺が助からないなら、お前も道連れだ!」


(……こんな二人が、永遠の愛を誓おうとしていたなんて。滑稽だわ)


 婚約者を裏切り、人から奪い取るような恋。やっている最中は、背徳感で燃え上がるものなのかもしれないけれど。実際結ばれてみればこんなものだ。そもそも、人の婚約者を寝取るような女と、自分を棚に上げて婚約者を責めるような男である。そんな二人、上手くいくはずがない。


 もしかしたら、放っておいても将来、二人は自滅したのかもしれない。

 だけど、もう限界だった。二人が自然に破滅してくれるのを待つ数年間すら、私には苦痛だったのだ。全部、全部、ぶち壊してやりたかった。


 ドグスは屈辱に震えながら、きつく私を睨みつける。


「これはハイドランシア家の名誉を傷つける行為だ! 両家にとって大切な結婚式を台無しにした賠償と、慰謝料を請求する。また、子爵家の女ごときが、ハイドランシア伯爵家を冒涜した不敬で鞭打ちも受けてもらうからな!」


 ――馬鹿なことをしたとはわかっている。

 向こうの方が悪だろうが、結局、身分は私の方が低い。この国は完全なる身分制度の国であり、全てを暴露しようが、ドグスの方が優位であることに変わりはないのだ。


 さっきまでは、場の雰囲気でドグスとローズを非難していた人達だって、別に身を挺してまで私の味方になってくれるわけではない。所詮は他人だ。多少の同情はしたって、結局は我が身の方が大事だ。


 もっとも、私だってこれが他人ごとだったら、わざわざ首を突っ込んだりしないだろうし、それに関しては仕方がない。自分を犠牲にしてまで他者を守るなんて、フィクションの中だけでの話。現実でそんなことをしたって損しかない。


 数日もすれば、結局私の方が「陰湿で恐ろしい女」にされ、この結婚式のことは、面白おかしい復讐劇として夜会での話のネタにされるのだろう。


 わかっていた。こんなことをしたって、何の意味もないと。

 だけど、どうしても、過去を忘れることができなかった。

 何故、私を傷つけた人間が、私より幸せでいるというのか。

 何の咎めも受けることなく、薔薇色の笑顔で皆から祝福されるというのか。

 愚かだとわかっていても、受け入れるなんてできなかった。


(でも……結局私も、これで終わり)


 もう、何もかもどうでもいい。そう諦めかけた、そのとき――


「賠償? 慰謝料? おかしなことを言うのだな」


 そう言って席を立ち上がったのは、一人の男性。

 漆黒の髪に、青い宝石のような瞳。通った鼻筋も、形のいい唇も、何もかもが、まるでこの世のものではないかのように美しい。


(この御方は――)

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