27・現王妃も破滅させてみました
ヴィルフォードの剣により、化け物は息絶えた。
人々が笑顔で喝采を送ってくれる中、広場の壇上で一人、呆然としている者がいる。――現王妃レヴィシアだ。
彼女は、この現実が信じられないように顔面を蒼白にしていた。次に断罪されるのは自分だと、自覚はあるからだろう。
そして、大衆の目が今度はレヴィシアに向き……彼女はぶんぶんと首を横に振る。
「ち……違うわよ!? 私は何も悪くないわ! 私は、あんな化け物のように、罪なんか犯していない!」
「いいえ」
そこですかさず、私は告げる。
「確かにレヴィシアは国王のスキルを知らず、ルシアヴェール様の暗殺自体には関わっていません。ですが、彼女もまた多くの罪を犯してきたことは事実です」
私のスキルで、舞踏会の夜、二人で交わしたやりとりを全て映す。
彼女が、私にヴィルフォードの暗殺を提案したこと。過去に、ヴィルフォードにルシアヴェール様の亡骸を見せたり、彼がティランジアにいる間も徹底的に虐げたりしたと自白したこと。私を扇で殴りつけ、頭を踏みつけたこと……。何より、騎士に命じて自分の嫌いな人間を何人も暗殺していたこと。それはもう、全部だ。
「ち、違う! やめろぉ! こ、こんなの、嘘だ! お前らは、陛下に自白させるときも、嘘の記録を使っていたでしょう! これも、精巧に作った偽物だっ! 私はこんなことしていないっ!」
「いいえ。確かにあの化け物に自白させるためには、過去の再現をした映像を使いました。だけど今の映像は、あなたの顔も声もほんの七日ほど前のことで、はっきり映っていたでしょう? あれは他人の演技などではありません」
「そんなの嘘だ! お前のスキルなどアテにならないわ! 勝手に私の罪を捏造しているんだっ!」
レヴィシアは血管が切れるのではないかというほど必死に叫び、自分の罪から逃げようとしたが――
「…………いいえ」
そこで声を上げたのは、王国騎士団の中の一人だった。
「私は今まで、王妃陛下に……レヴィシアに暗殺を強要されてきました」
「お、愚か者! お前、何故正直に白状してしまうのよ!?」
騎士の告白に、レヴィシアは明らかに動揺する。混乱しているからなのだろうが、もはや完全に自分の罪を認めていた。
そんなレヴィシアに、騎士は悲壮な顔で告げる。
「あなたに脅され、親を人質にとられて命令に従ってきましたが……。ずっと、罪の意識に苛まれていたのです。もう耐えられません。私も裁きを受けます。ですから、レヴィシア……貴様も断罪を受けるべきだ」
「ぐ……っ、な……!」
レヴィシアの顔は、真っ青になっていた。人々は、彼女に厳しい批難の目を向ける。
「レヴィシア様のことだから、どうせ裏では何かしているだろうと思っていたが、ここまでとは……」
「レヴィシア様も、人の心がない化け物だな……」
今まで権力によって押さえつけられてきた人々の不満が、先程の映像をきっかけに膨れ上がっていた。まるで破裂寸前の風船のようなギリギリの空気。レヴィシアは危機感に耐えられなくなったようで、逃げ出そうとする。
「や……やめろぉ! 私は王妃だ! 私は、絶対に罰など受けないわっ!」
走りづらそうな豪勢なドレスを持ち上げ、全力で逃げ惑うレヴィシア。
すると、傍に控えていた王国魔術師が、刃のように鋭い風魔法で彼女の足を斬りつけた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」
レヴィシアはその場に崩れ落ち、鬼のような顔で魔術師を睨みつけた。
「な、何をする、お前ぇっ! 王妃である私を攻撃するなど! ありえない、処刑してくれるっ!」
しかし当の魔術師は少しも怯むことなく、逆に氷のような目でレヴィシアを見下ろす。
「ええ、王妃陛下。あなたはそういう人ですよね。……かつて私の同期であった魔術師も、あなたの不興を買って殺されたのです。誠実で、正義感の強い男であったというのに……」
彼女の発言に呼応するように、人々はとうとう、レヴィシアへの憎悪を破裂させた。
「私はレヴィシア様の従者ですが、ずっと陰で虐げられていました」
「民への向き合い方などについて進言をすれば、鞭打ちなどの酷い罰を与えられて……」
「レヴィシアはいつも贅沢三昧で、民のことなど考えてもいない」
「そうだ……もう、王はいない! 恐れるな、レヴィシアの身柄を拘束するんだ!」
レヴィシアの下で働いていた王宮の人々は、まだ這いつくばって逃げようとしていた彼女を、決して逃すまいと押さえつける。
「ぎゃああああああああああ! やめろ、やめろぉっ! 私は王妃だぞ! 下賤な者どもが、高貴な私に触れるなああああああああああああああああっ!」
「抵抗は無駄だ。貴様は牢に幽閉し、今まで暗殺した人間と、それに関わった者など、詳細を洗いざらい吐かせた後、処刑となるだろう」
レヴィシアは美しかった顔に般若のような表情を浮かべ、泣き叫ぶようにヴィルフォードを責める。
「あああああああああっ! 全部お前が悪いんだ! お前さえいなければっ!」
そんなレヴィシアに、私は静かに、しかしはっきりと告げた。
「いいえ。ヴィルフォードは悪くありません。悪いのはあなたです。あなたが積み重ねてきた罪が、自身に跳ね返ってきただけです」
「うるさいっ、黙れぇぇぇっ! 王妃に相応しいのは、最初から私だったのにっ!」
「そのように品性や善性の欠片もない御方は、王妃に相応しくありません。あなたは最初から、王妃の器ではなかったのです」
「黙れ黙れ! 誰かっ! 私を守れっ! 私を守り、ヴィルフォードとフィオーレを処刑するのだぁぁぁ!」
髪を振り乱し喚き散らすレヴィシアを、守ろうとする者は一人もいなかった。
そして、私達の命を狙う者も誰もいない。むしろ皆、レヴィシアの方へと殺意を向けている。
「ふざけるなぁぁぁ、私の命令がきけないのか! 私は王妃だっ!」
ヴィルフォードはくすりと微笑を浮かべる。
彼女に向けたその笑みは、まるで運命の幕を引く悪魔のようで……凄絶に美しかった。
「――おかしなことを言うのですね。あなたは本当に、ご冗談がお好きだ」
そして、綺麗な弧を描いた唇が、終わりを告げる。
「あなたは王妃ではなくただの罪人ですよ、レヴィシア」
かつて憎悪した正妃と瓜二つの顔を持つ彼からそう言われ――レヴィシアは絶望で目を見開き、叫びを上げた。
「こんな……こんなはずじゃなかったっ! 嫌あああああああああああああああああああああっ!」
読んでくださってありがとうございます!
次回更新は明日です、残りはアランに関する真相と、エピローグみたいな感じで終幕となります。
終わりが近いので、よろしければお星様で評価していただけますと嬉しいです!