26・生きることを誓いました(ヴィルフォード視点)
かつて王だった化け物に向けて剣を掲げ、最期の会話を交わす。
「化け物よ」
殺意を込めてそう呼ぶと、化け物はビクッとその身を揺らした。
「本当は、貴様を殺して俺も死ぬつもりだった。……だが貴様はあの庭園で、俺に『死ね』と言った。貴様の願いを叶えてやるなど、言語道断だ」
「なん……だと……」
「それに……今の俺には、フィオーレがいる。彼女は、俺と共に生きることを望んでくれた」
……そう。彼女、フィオーレ・ディステル。
最初は、利用してやるだけのつもりだった。ゼラニウムの国王を失脚させ自分が王になる、そうすれば君は王妃だ、なんていうのも、気分よくさせて利用するための嘘だった。「王妃になれる」と安易にはしゃぐような女であれば、いっそやりやすかった。……だけどフィオーレは、そんな女ではなかった。共に過ごすうちに、彼女に惹かれていった。
それでも、俺は復讐を貫き通す気でいた。そのために愛など不要だと、想いを振り切ろうとした。
だが、フィオーレの前世の記憶を見て……彼女がずっと不遇な人生を歩んできたことに、胸が痛んだ。彼女に、幸せになってほしいと思った。
そう考えながら、続けてフィオーレの前世の記憶を見ていると。知らない男が、彼女と親しくしていた。それを見て、胸がざわついた。
前世とはいえ、彼女と親しくしていた男がいたことに、嫉妬していたのだ。
そこで、気付いてしまった。
フィオーレに幸せになってほしい、という気持ちは嘘ではないが。
叶うなら、自分が、彼女を幸せにしたいのだ。
他の誰にも渡したくない。彼女に手を出そうとする人間がいるなら、ただではおかない。そんな想いを、もはや認めるしかなかった。
……これ以上彼女を巻き込みたくない、と思うようになった。
それでも毎夜、眠りにつくたび過去の夢を見る。
レヴィシアに見せられた、母の亡骸。母が亡くなってすぐ、捨てるように俺を隣国へ追いやった国王。
……舞踏会の前日もだ。いつものように、悪夢を見ていた。
目を覚ますと、フィオーレの顔が目に入った。うなされていた自分を、心から心配してくれていた。そんな彼女をこれ以上騙すことが、耐えられなかった。
だから、あえて露悪的に振る舞った。彼女を押し倒し、愚かさを突き付けた。
それでも彼女は、どこまでもまっすぐな瞳を向けてきた。
――「あなたを、愛してしまったのです」
心臓が、ドクンと音を立てた。
――「だからどうかあなたの目的のために、私を使ってください。もし、本当に王が犯人なのだと。明確に本人が自白し、王の罪が確定したなら。そのときは……あなたの望むようにすればいい」
彼女は、俺の容姿や肩書きといった上辺だけではない、醜悪な復讐心ごと受け入れてくれた。
――「私はあなたに力を貸す。だけど――どうか、どうかあなたに生きていてほしいのです、ヴィルフォード」
彼女は、俺に、生きることを望んでくれた。
(――何故だ)
俺は、君を騙そうとしていた。君に愛されるような人間ではない。
それでも――君を、愛したい。
君は、俺が死ぬときは、共に死ぬと言った。
俺は君を、死なせたくない。
だから、俺が選ぶ道は――
「俺は貴様を葬っても、罪悪感など抱かない。貴様が消えた世界で、フィオーレと幸せに生きる。……これが、俺の復讐だ」
青空から注ぐ陽光が、俺の剣を輝かせる。
……おかしなものだ。こんな化け物を前にしているのに、ひどく晴れやかな気分だった。
全部、彼女のおかげだ。
彼女が俺に、愛をくれた。だから俺は、自分の命を投げ出さない道を選ぶことができた。
晴れやかな俺と対照的に、化け物はこの世の終わりのような顔をしている。
「い……嫌だ……」
「ああ。母や、今まで貴様に殺された者達の気持ちがわかっただろう? ……わかったところで、もう遅いがな」
「ほ、本気なのか……ヴィルフォード……っ」
見苦しく怯えるその姿は、ドラゴンのような巨体なのに、ひどく小さく見える。
そんな化け物に向け、極上の微笑みを浮かべて見せた。
「復讐は、完遂してこそ復讐だ」
そうして俺は、掲げていた剣を――振り下ろした。
もはや人ではない、心まで闇に染まった悪しき化け物の生は、幕を下ろした。
民衆は、ワッと歓声を上げる。
「悪しき化け物を倒してくれた! ヴィルフォード様は、英雄だ!」
「我々を、化け物の支配から解放してくださったのだ!」
「ヴィルフォード様、ありがとうございます!」
「ゼラニウムの英雄の誕生だ!」
ワアアアアアアアアアアア、と、人々の熱気と歓声はどこまでも高まる。
そんな中、フィオーレがこちらに駆けてきた。
「ヴィルフォード……!」
彼女は俺の復讐を祝福するように、がばっと抱き着いてきてくれた。俺はそんな彼女を受け止め、抱き上げる。すると、人々から喝采が贈られた。
(……ああ。やっと、終わったんだ)
過去に囚われる、悪夢のような日々は、終わりを告げた。
そして愛しい人と歩む、新たな人生が始まるのだ――