3・二人の会話を聞いてみました
「ドグス様が、ローズ様とご結婚なさるそうよ」
――そんな噂が耳に入ってきたのは、私と彼の婚約破棄から一年後のことだった。
噂によると、「フィオーレに傷つけられたドグス様を、ローズ様が優しく励まして、そこから愛が生まれた」らしい。
――本当に? 私との婚約破棄のときには、もう二人は愛し合っていたんじゃないの? やっぱり不貞だったんじゃないの?
そう思うものの、確たる証拠はない。思い出すのは、彼の「俺を疑うのか!?」という言葉だけ。
(駄目だ、忘れなきゃ。……もう、忘れたい。いくら考えたって不毛なんだから)
だけど、ある日のこと。気晴らしのため王都の貴族街を歩いていると……デート中なのか、二人で楽しそうにしているドグスとローズ様の姿を、見つけてしまった。
とっさに建物と建物の間の狭い部分に身を隠すと、二人の会話が聞こえてくる。
「ああ、ようやくドグス様と結婚できるのですね! 思えば長い道のりでした」
「君を待たせてしまってすまない、ローズ。婚約破棄のあとすぐ結婚したんじゃあ、外聞が悪いからさ。こっちが不貞していたなんてバレれば、俺も君も慰謝料を払う羽目になってしまっただろうし……。何より、君が泥棒猫みたいな見られ方をするのは、嫌だったんだ」
(……え?)
「ええ、ドグス様は本当にお優しいですね。それにしても、フィオーレ様に私達の関係が知られる前に、穏便に婚約破棄できて、本当によかったです!」
「君からの愛の手紙を見られそうになったときは、肝が冷えたけどね。『俺を疑うのか』と叱りつけたら、黙ってくれて本当によかった」
「ふふ。ドグス様、私を守ってくれてありがとうございます。婚約者のいる男性に手を出したなんて知られたら、私も立場が危なかったですから」
「大切な君のためなら、俺はなんでもするさ、ローズ」
真実の愛を示すように、ドグスはローズの手を取り、甲に口付ける。
ローズの手首には――あの、薔薇色の宝石の腕輪が輝いていた。
「やっぱり、その腕輪は君によく似合う。ローズの瞳の色の宝石だからな」
「ふふ。私の色の腕輪をドグス様が着けてくださっているっていうのも、嬉しいです」
ドグスも相変わらず腕輪を着けていて、お揃いにしているのだということはすぐわかった。
――二人がお揃いにしているのを隠蔽するために、あのとき私にも同じ腕輪を贈ったのだということも、すぐにわかった。
ドグスは、うっとりと陶酔するようにローズと腕輪を見つめ、囁く。
「俺はこの、君色の腕輪に、君への真実の愛を誓うよ。愛しいローズ」
(……ああ。そういえばあのとき、『誰への』真実の愛を誓うのかということは、言っていなかったわね)
――私にも、悪い部分はあった。
今までそう思って、無理矢理自分を納得させようとしていた。
でも違った。
ただ、彼が不貞していただけ。
自分のことを棚に上げて私を責めて、「俺は悪くない、お前が悪い」と責任転嫁していただけ。自分の罪から目を逸らすために、私を犠牲にしただけ。
……ローズからの手紙を見ようとしたときのことが、脳裏に蘇る。
――「は……はい。私が悪かったです。反省しています」
――「わかってくれてよかった! もういい、気にしていないよ。許してやるさ」
何故あのとき、私が謝らなければならなかったのか。
何故、彼が「許しを与える側」だったというのか。
大袈裟に「傷ついた」「お前が悪い」という態度をとって罪悪感を植えつけることで、相手を支配する。それが、彼のやり方だったのだ。
「ああ、結婚式が本当に楽しみです! 幸せな式になるのでしょうね」
「もちろんだ、ローズ。俺達らしい、薔薇色の結婚式になるさ」
二人は仲睦まじく腕を組み、幸せそうに歩いてゆく。
そんな彼らの背中を、私はただ静かに見送り――
身体の内側を、黒い炎が焦がしてゆくようだった。