25・悪を黙らせてみました
そもそもゼラニウムの法律では、殺人は犯罪だが、相手が罪の現行犯であったり、正当防衛であったりする場合は罪として問われない。この世界で警察の役割を担う王国騎士団だって、傍で確かにこの場面を見ながら、誰もヴィルフォードを止めようとしない。
騎士団だけじゃなく、この場にいる何百という人々も誰も止めていないし、その様子を私がしっかりと記録している。……もし後から、ヴィルフォードだけが悪いなんて彼に責任を押し付けようとする者が出てきたとしても、徹底的に抗ってやる。
しかし、それでも化け物は悪あがきをする。こんな最期は嫌だ、と叫ぶように。……自分はこれまで、何人もの命を身勝手に奪っておきながら。
「ヴィルフォード、お前は本当にそれでいいのか!? ルシアヴェールだって、こんなことは望まんぞ!」
「殺した本人が、被害者を都合よく語るな。それに、母が望まなかったところで、俺が貴様への復讐を望んでいるんだ。親子であっても、別の人間だからな」
「ふ……復讐というが、そもそもルシアヴェールだって、純粋な被害者ではなかった! あいつは私が殺しをしていることを、知ってて黙っていたのだぞ! あいつだって私の共犯のようなものだ!」
「そうだな、それももう知っている」
私達は、王の別邸から転移した後の七日の間、アランさんと一緒にいた。だから、彼からも真相を知ることができたのだ。
全ての真実を知ってなお……ヴィルフォードは、化け物を断罪すると決めた。
「母……ルシアヴェールが生きていたなら、その件に関しては、正式に罰を受けてもらうことになったのだろうな。だが、彼女はもう生きていない。――貴様が無残に殺したからな」
化け物に何を言われても、ヴィルフォードの心は揺るがない。
化け物は、ヴィルフォードの中に少しくらい、迷いがあると思っていたのだろう。全く動じない彼を見て、見苦しく焦っていた。
そこで今度は――化け物は、私へと視線を向けた。
「ヴィルフォード、本当にその剣を振り下ろせるのか!? 愛する者が見ているぞ! 愛のために復讐をやめるのが、真実の愛ではないのか!? 貴様はこの先、私を殺した手でフィオーレに触れられるのか!?」
……それを聞いて、私は思った。
ああ、「またか」と。
「お前からも言ってやれ、フィオーレ! お前はヴィルフォードが私を殺してもいいのか!?」
「はい、いいです」
きっぱり告げると、化け物は、あんぐりと口を開けた。
加害者がまるで被害者であるようにふるまい、相手を悪人扱いして、罪悪感を植え付けることで支配しようとする。ドグスや、私の家族や友人達が行ってきた手段だ。本当に「またか」と思ってしまうやり口で――私はもう、そんなものに乗せられない。
自分の罪を認めず、他人を責めることで自分を正当化する人は、この世にいくらでもいる。私も以前は、そんな人達の口車に乗せられ、「自分が悪いのでは」なんて思い、何も言えなくなってしまっていたけれど。
もう、惑わされない。
私は、ヴィルフォードと共に生きたいから。
そのためには、強くならなければいけない。
だから胸を張り、どんな言葉をぶつけられても、堂々と返す。
「嘘を言うな! 復讐なんてよくないだろう!? 愛する者にそんなこと、してほしくないだろう! お願いやめてと、泣いて止めるといい! 今ならヴィルフォードを止められるのだぞ! こいつの手を汚さずにすむ、お前だけが止められるのだ!」
「まあ。加害者であるご自分に都合のいいことばかりを、まるで正しいことのようにおっしゃるのですね。……復讐はよくないなんて、言う権利があるとしたらそれは被害者側が自発的に言う場合だけであって、間違っても加害者側が口にする言葉ではありませんわ」
「本気で、ヴィルフォードを止めないのか……!? 愚か者め! そんなものは真実の愛ではない!」
「あらまあ。ルシアヴェール様を殺したあなたが真実の愛を語るなんて、おかしいですね? それに、愛する者を止めるのが真実の愛だというのなら、私はそんなものいりません。これが偽りの愛だとしても、私はヴィルフォードの決断を尊重したいのです」
そもそもこの化け物は私達を殺そうとするとき、真実の愛なんてものを否定していたはずだ。なのに、自分の断罪を回避するためならそれに縋るのか。……あまりにも、惨めだ。
「わ、わ……私にだって、いろいろと事情があったのだ! 第二王子になんかに生まれてしまったばかりに周りから大切にしてもらえなくて、辛くて……!」
「ならあなたがその憎悪を向ける相手は、あなたの親やあなたを軽んじてきた人々だったでしょう。子どもに殺意を向けた時点で間違いなのです。あなたにどんな事情があろうが、罪のない人間を害していい理由にはなりません」
「黙れ! 貴様らが何と言おうが、私はゼラニウムの王だ! 貴ぶべき王をこんな目に遭わせたら、地獄に落ちるぞ!」
「そのときは、私もヴィルフォードと共に地獄に落ちます。私は、彼を独りにしないと誓ったので」
「やめろ、やめろ……! こんなことしても、何にもならない! 復讐は何も生まないぞ!」
――復讐は何も生まない?
確かに、その通りだろうな。
復讐を遂げたところで、亡くなった人や、失われた時間、元の日常は何も戻ってはこない。
だけど――
「何か生まなきゃ、いけないんですか?」
復讐が何も生まないから、理不尽に傷つけられても、傷つけられたままでいろというのか?
それこそ、加害者側にとって都合がいいだけの言葉ではないのか。
何も生まれなくて構わない。無意味で無価値で、愚かな行為だと笑えばいい。
復讐を遂げても、ヴィルフォードの心の傷は簡単には消えないだろう。それでも、彼はこの道を駆けると決めたのだ。どれだけ僅かでも彼が過去の鎖を断ち切り、心に区切りをつけられるなら、私は彼を止めない。
「そもそも、復讐復讐と言っていますが、大勢の人を殺してきたあなたが、罰を受けるのは当然のことですよね? これはただ、大罪人であるあなたへの断罪ですよ」
「だ、だからといって! こんなの、残酷で……」
化け物はまだ抵抗したがっていたが、そこで彼の頭部に、石が飛んできた。
ヴィルフォードの魔弾魔法ではない。石を投げたのは、ゼラニウムの人々だ。
「いいかげんにしろ。見苦しいぞ、化け物が!」
「恐ろしき化け物め、自分の罪を受け入れろ!」
平民も貴族も、果てには彼の臣下や、先程人質にしようとした従者も。これまで支配されてきた憎悪をぶつけるように、化け物に石を投げつけた。
「そ……そんな……」
化け物は驚愕し、絶望している。――愚かだ。これまで暴虐的にふるまってきた自分が、民から守られるとでも思っていたのだろうか?
これでもう、終幕だろう。私は一歩、ヴィルフォードへと近付く。
「ヴィルフォード」
まっすぐに、彼の瞳を見つけた。
青い宝石のような瞳。その目に憎悪や復讐心が潜んでいたって、私はそれを醜いだなどと思わない。だってそれは、罪のないあなたが、他者から傷つけられたことで生まれてしまったものだ。私はそれが、少しでも晴れることを願っている。だからはっきりと告げた。
「私は、あなたを愛しています」
私は、あなたの共犯者だから。
あなたが私を助けてくれたあの結婚式場で、誓いのキスをしたのだから。
あなたの復讐を、誰より傍で見守る。
「もし、誰かが間違っていると言っても、私は、ヴィルフォードの選択を間違いとは言いません。どうか、あなたの望むように」
「……ありがとう、フィオーレ。君は最高の婚約者であり、共犯者だよ」
ヴィルフォードの掲げる剣が、彼の魔力によって強い光を放ち――