24・国王の未来なんて、全部ぶち壊してみました
●国王SIDE
フィオーレを庇ったヴィルフォードは、血を流しふらつきながらも、私に立ち向かおうとする。
自分の命よりも、愛する者を優先する……やはりこいつは、ルシアヴェールの息子だ。
「俺は……貴様にフィオーレを、殺させはしない」
「馬鹿め……虚勢を張ったところで、もう貴様には何もできないだろう」
「それでも、最期まで……フィオーレを守ってみせる」
「――愚かな男だ。それが真実の愛だとでも言う気か? 絶大な力の前には、愛など無意味だ」
愛。そんなものを見せつけられることが嫌いだ。徹底的に否定してやりたい。ヴィルフォードは顔も本当にルシアヴェールに似ていて、その瞳を見たくなかった。全てを消し去るように、息を吸い込む。
「さあ、これで終わりだ。死ね、ヴィルフォード!」
勢いよく炎のブレスを吐き出し、三人を焼き尽くす。炎は庭園の草木にも燃え移り、大量の煙が舞った。
(燃やす……全部、燃やし尽くしてやる。ルシアヴェールに似た姿など、何も残らないように……!)
最初は悲鳴が聞こえたが、私のブレスは金剛石さえ溶かす威力を誇っている。奴らはすぐ静かになった。
炎は大きく燃えひろがり、このままでは大火事になってしまうため、今度は水のブレスで鎮火した。炎と煙が全て晴れた後には、生きた人間が存在した形跡など残っていなかった。
(ああ……邪魔者を全て消すことができた。私は、やり遂げたのだ)
胸にはどこか虚しさがあるが、目的は達成した。
こうして、やっと平穏が訪れたのだ――
◇ ◇ ◇
建国記念祭から、一週間後。
ヴィルフォードとフィオーレについては、「ティランジア王家によって仲を引き裂かれそうになっていた二人は、駆け落ちした」と、金で雇った情報屋に噂を流させた。アランは、そもそもあんな行商人のことなど、いなくなっても誰も気にしない。私が犯人だと気付いている者など誰もいない――そう、私は全てに打ち勝った! 正義は勝つものなのだ!
さて。建国記念祭については、当日は舞踏会を行い、その七日後に王が民の前で演説を行うというのが慣習となっている。これは、ゼラニウム建国の伝説にまつわる習わしだ。初代の王は建国の日に民と共に一日中踊り明かし、その七日後に民と語り合ったのだという。今でもその名残が続いているのだ。面倒だとは思うが、これも王の役目なので仕方がない。
王都の大広場に大勢の民が集まっている。先日舞踏会に参加していた貴族達も揃っていた。私は王妃レヴィシアと共に民衆の前に出て、演説を始めた。
「ゼラニウム建国から百年。この年を迎えられたことを、王として誇りに思う。皆にはこれからも、王である私についてきてほしい」
適当にそれらしい言葉を並べ立て、そろそろ演説を終えようかと思っていたところで――
「お待ちください。デルビス・ゼラニウムは殺人者です。国王には相応しくない、血に塗れた大罪人です」
――そんな声が、響いた。
ザワ、と人々の視線が一斉にそちらを向く。
私もまた、目を剥いていた。
そんな……何故、何故だ。
有り得ない、このようなこと……!
「貴様ら……!? 何故、生きている!?」
◇ ◇ ◇
●フィオーレSIDE
私とヴィルフォードと、アランさん。私達が生きていたことに、国王は驚愕していた。その顔は蒼白に染まり、目はこれ以上ないほど見開かれている。
「ええ、不思議でしょう? 国王陛下、あなたが私達を殺したはずなのですから」
国王は、失言に気付いたようにハッと自分の口を塞いだ。
大勢の人々はどよめき、混乱の声がひろがってゆく。
「陛下が、人殺しを……?」
そこですかさず、私達はまた、声を上げた。
「私はヴィルフォード・スカビオサ。かつてこの国の正妃だったルシアヴェールの子であり、第一王子として生まれた者です。……そして彼女は、私の婚約者、フィオーレ」
「私のレアスキルは『記録』。自分の目で見たもの、聞いたものを記録し、そのまま見せることができるのです。それで、皆様に、ご覧に入れたいものがあるのです」
私は、スキルを使って、空中に巨大な映像を浮かび上がらせる。
もちろん、国王が自分の罪を自白し、私達を殺そうとしたときのものだ。
国王のスキルが魔獣化であること。奴がルシアヴェール様以外にも、彼の兄や、歯向かった貴族達を殺したと自白したことも、はっきりと記録に残っている。
ちなみに私達が生きている理由は、もちろん転移魔法である。私のスキルによって、ヴィルフォードが習得しておいたものだ。最初は、周囲に小さく防御魔法を張って、演技として悲鳴だけ上げていた。それから、タイミングを見計らって三人で転移したのだ。
人々は私の映し出したその映像を見て驚き、それは次第に、国王への憤りや嘆きに変わってゆく。
「なんて残酷な……!」
「ルシアヴェール様を殺したのが、陛下だったなんて……」
「それどころか、エインズ様や他の貴族達まで……!」
国王は、わけがわからないようでしばらく呆然とした後、やがて顔を真っ赤にして震え出した。
「で、出鱈目だ! これが真実だという証拠がどこにある!?」
「あなたが先程、『何故生きている?』と言ったのが、私達は死んだと思っていた証拠でしょう。私達の亡骸が見つかったわけでもないのに、死を確信していたなんて、おかしいですよね?」
「そ、それは……行方不明と聞いていたから、てっきりもう死んだと思っていただけだ!」
「言い訳は見苦しいですよ。母……ルシアヴェールが遺し、アランに託していた手紙も、ここにあります。ルシアヴェールの魔力紋も、はっきりと残っていますよ」
国王はひどく動揺し、言葉に詰まっていた。畳みかけるように、ヴィルフォードはこの場にいる人々に語りかける。
「己の身勝手な都合で、人の命を奪う。王であれば、そんなことが許されるというのでしょうか? この王を許しておけば、今後、何の罪もない人々が理不尽に命を奪われる可能性があるのです。それはあなた方や、あなた方の大切な人達も、です」
貴族達は顔を見合わせ、国王への軽蔑を募らせているようだった。
今まで国王の政治によって締め付けられてきた平民達も、既に我慢の限界だったのだろう。国王への憎悪が充満してゆく。
平民は、確かに身分は低い。だが、数は圧倒的に多い。貴族の権力は強いが、国の土台を支えているものは平民である。民の怒りが限界に達し、連携して抗えば、国王だって無事ではいられまい。
そんな中で、追い詰められた国王は――子どものように癇癪を起こした。
「黙れ……黙れ黙れ、黙れ!」
ぶんぶんと頭を振り、現実を受け入れるのを拒むように、怒声を上げ続ける。
「私が王だ……王なのだ! 王以外の人間など、全員ただのゴミだ! 逆らう者を殺して何が悪い!」
王が、スキルを使って魔獣化する。
もはや完全に、自暴自棄になっている様子だった。
「この屑どもめ! ここにいる全員、皆殺しにしてくれる!」
魔獣化した国王は、人々に向けて躊躇なく炎のブレスを吐き――
ヴィルフォードが、広範囲防御魔法を展開して民を守った。
しかしその炎は木々に燃え移り、ひろがってゆく。私はすぐに水魔法を使い、消火した。
ブレスの攻撃は無駄だと察した国王は、今度は自分の後ろに控えていた従者を鷲掴みにした。
「動くな! 何かすれば、こいつを殺すぞ」
しかしヴィルフォードは冷静に、かつ迅速に魔法を発動させた。
「結局、お前はどこまでも卑劣なのだな。……殺しでしか、人を従わせることのできない愚王が」
魔弾魔法だ。ただし、一発のみ。これなら炎や風魔法のように他の人を巻き込んでしまうことがない。この七日間で準備した、非常に強力な石化魔法の魔弾であるため、それを胸部に受けた王は、衝撃を受け呻きを上げた。
「グ……アア……!」
たまらず、王は握りしめていた従者を放す。それを、ヴィルフォードが柔らかな風魔法で受け止めた。
王は魔獣の姿のまま、ズシンと横たわる。石化魔弾の影響があり、完全に石にはなっていないとはいえ、身体が動かないのだ。
人々は王を、文字通り化け物を見る目で見ていた。
そんな人々に、ヴィルフォードはよく通る声で語りかける。
「ゼラニウムの人々よ、全てを見ていただろう。これは多くの命を奪ってきた、恐るべき化け物だ。ここで逃せば、また身勝手に人を殺すだろう。……それでもあなた達は、こんな化け物をまだ、王として慕うか!?」
人々が、顔を見合わせる。
逡巡は一瞬で、すぐに人々の口から、王を否定する言葉が次々と生まれていく。
「……王じゃない」
「それは、化け物だ」
「人殺しの化け物だ!」
かつて王だった化け物に、批難の声が強まってゆく。やがてその声は、この広場一体を包むほど強い意志となり、化け物の滅びを望む。
その声を聞いたヴィルフォードは、腰に提げていた剣を抜き、そこに魔力を込める。ドラゴン級の魔獣でも首を落とせるよう、しっかりと剣に魔力を滾らせた。ゆらりと、鋭い刀身が青の光を纏う。……化け物を斬り裂くための光だ。
彼が掲げた剣を見て、かつて王だった化け物は、ビクリと反応し……。ヴィルフォードを惑わすように口を開いた。
「ヴィルフォード。貴様、親を殺せるのか」
「母を殺し、俺を隣国に捨てた貴様が、俺の親を名乗るな」
「私を殺すなら、貴様も殺人者だ! 私と同じところまで堕ちるのだぞ!」
ヴィルフォードに罪悪感を植え付けるように、化け物は言った。
だが彼はそんな化け物を嘲笑うようにふっと、どこまでも酷薄で美しい表情を浮かべる。
「おかしなことを言うのだな。身勝手に人間を殺した者は、人間じゃない。この場にいる皆が言っているように、貴様は化け物だ。……だから、この剣を振り下ろしても何の問題もないさ」