23・国王は真実を明かしました
後ろを振り返ると、そこに立っていたのは……見覚えのある、三十代半ばほどの、長身の男性。
「アランさん……!?」
「あれぇ!? フィオーレ様に、ヴィルフォード様じゃないですか!?」
「どうして、あなたがここに……」
「商人として、この場所に商品を届けてほしいって依頼を受けて来たんですが……」
国王からは、尋常ならざる殺気が噴き出している。
アランさんは、薄く笑いながら頭をかいた。
「……どうやらその依頼は、罠だった感じですよねぇ。ま、怪しいとは思ってましたが」
(私達はともかく、アランさんは何故……?)
私には理解できなかったが、アランさんは、自分がここに呼ばれた理由がわかっているようだった。
「国王サマ。とうとう、突き止めたってワケですか? ……あなたの秘密を託されていたのは、俺だって」
「そうだ。馬車を襲って、殺してやるはずだった。なのに……貴様らが邪魔をしたのだ、ヴィルフォード、フィオーレ」
(……! やっぱり、あれは……)
「まったく、おかしな魔法を使いおって。初見の魔法だったので反応が遅れてしまってな……回復薬で癒したとはいえ、死ぬかと思ったぞ」
ヴィルフォードは、今の国王の言葉で確信を得たように、すっと目を細める。
「俺は以前まで、貴様が魔道具で魔獣を操り、母を殺したのだと思っていた。……だが、違った」
――この世界には、「スキル」というものがある。
それは一般的には、「料理」だとか「建築」だとか、技能が他の人より優れているという、特技のようなものでしかない。
……だけど。私の「記録」、ヴィルフォードの「伝達」というスキルがあるように。この世界には、非常に珍しく特殊な「レアスキル」というものが存在する。
だとしたら、国王にもレアスキルがあったって、何もおかしくない。
そう。つまり――
「母を殺した魔獣は、貴様だ。デルビス・ゼラニウム」
彼は、魔道具によって魔獣を操っていたのではない。
レアスキルによって「魔獣化」し、ルシアヴェール様や、他にも多くの命を奪ってきたのだ。
「……ふ。今まで、あの女以外に知られたことはなかったのだがな」
国王の身体が変質してゆく。
人のものだった皮膚が硬質な鱗で覆われ、背中を突き破るように大きな翼が生えて。瞳はぎょろりと、爬虫類を思わせるものに変わる。口からは、鋭い牙が覗いていた。
アランさんの馬車を襲った、あの魔獣だ。
「そう。これが私のスキル、魔獣化だ。これまで、邪魔者は全て葬ってきた。第一王子だった兄も、反乱を起こそうとした貴族達も。そしてもちろんあの女……ルシアヴェールも、この手で殺した」
辿り着いた真実は、最初の想像より、ずっと最低だ。ルシアヴェール様は、夫の手によって殺されたなんて――
「そして私の秘密を知る貴様らも、この手でまとめて殺してやる」
「俺達を殺す……か。そのようなことをしていいのか? 国王とはいえ、共に別邸へ出向いた同行者が全員死亡となれば、明らかに怪しいぞ。そもそも、貴様の兄と妻が二人とも魔獣に殺されている時点で不自然だ。そろそろ他の者達からも、疑いの目を向けられるだろうな」
「ルシアヴェールの場合は、仮にも正妃だったからな。死んだことを確定させるため、亡骸が必要だった。だが貴様らは、亡骸さえ残さない」
「亡骸を残さない、とは……」
「私の炎のブレスで、焼き尽くしてやる。後には何も残らず、貴様らは行方不明……失踪という扱いになるだろう。駆け落ちでもなんでも、理由など適当にでっちあげられるさ」
「……本当に、性根が腐っているな」
「人のことをどうこう言えるのか? 過去の真実を知ってなお、他所に公開し正当に私を裁くわけでもなく、直接会いに来たということは……貴様らだって、私を殺しに来たのだろう? おかげで、好都合だったがな」
次の瞬間、国王――もはや国王と呼ぶこともおぞましい目の前の魔獣は、炎のブレスを吐いた。
「フィオーレ!」
ヴィルフォードが防御魔法で、私とアランさんを守ってくれる。
激しく吹き付けられる炎を前にしながら、私は国王へと叫びを上げた。
「国王……! 舞踏会での、ヴィルフォードへの言葉は……『すまないと思っている』というのは、なんだったというのですか!」
「決まっている。周りに護衛騎士達がいる場で、本音など語るわけがないだろう。ああ言っておけば貴様らを殺した後でも、嘆くふりさえしておけば周囲は勝手に私を悲劇のヒーローにしてくれる」
ああ、ここまで予想通りだったとは。当たっていたとはいえ、虚しくはある。
微かに見せた良き父親としての顔なんて、全部嘘だったのだ。国王はずっと、ヴィルフォードを陥れることしか考えていなかった。
ヴィルフォードは防御魔法を張ったまま、魔弾魔法を展開した。
無数の弾丸が発射されるように、魔法陣から魔弾が飛ぶ。それらは目にも止まらぬ速さで魔獣化した国王へと向かい、命を削り取ろうとする。魔獣化した国王はすぐさま防御魔法を展開するが、通常魔法とあまりにも異なる攻撃かつ、ヴィルフォードの強い魔力によって、防御魔法に硝子のようにヒビが入った。
「グッ……アァ……!」
やがて防御魔法が壊れた箇所から、魔獣化した国王は損傷を受ける。しかし、血を流しながらでも、爬虫類じみたその目は異様にぎらついていた。
「無駄だ。その魔法はもう一度見ている。その攻撃は永遠に続くわけではない。……弾が尽きれば終わりであろう」
奴の言う通り、魔弾魔法は強力な魔法だが、限界はある。奴の防御魔法を削り取れた頃、いよいよ魔弾も尽きてきた。
「無駄だと言っているのがわからないのか? 貴様らは……終わりだ」
ぎらりと、鋭いものが光る。魔獣化した国王の爪だ。
「ヴィルフォード。まずは貴様の目の前で、婚約者を殺してくれる!」
次の瞬間、魔獣化した国王が、まるで大剣を振り下ろすように爪を振り下ろした。
「フィオーレ!」
「……!」
目の前が赤く染まる。だけど、痛みはない。
ヴィルフォードが、私を庇ったのだ。
「ヴィルフォード……!」
彼は血を流して、今にも倒れそうにふらついている。
けれど、心の声で私に、「とあること」を伝えてきた。
『――これなら、いける。俺達の……計画通り、だ』
『……はい、ヴィルフォード。もうすぐ……全て叶いますね』
私達の会話は、念話なので当然、国王には聞こえていない。
だけど国王は、魔獣の姿のまま小刻みに震えていた。
「……馬鹿な」
信じがたいものを見るように、その目はぎょろりと見開かれている。
「自分の身を挺して、他者を守るだと……? 何故……何故だ……」
身体のダメージよりも、精神が惑わされているように。奴はゆらりと身体を揺らしていた。
「やはりお前はあの女の息子だ、ヴィルフォード。私には、お前達が理解できなくて……恐ろしかった」