幕間・レヴィシア現王妃視点
レヴィシア視点でないとわからないこともあるので書きました。
ただ、悪役視点ですので、この話単体で読むと胸糞悪いのでお気をつけください。
「この悪役、後々盛大に破滅するんだな」くらいのお気持ちで読んでいただけますと幸いです!
なお、立場がいろいろ変わっているので紛らわしいかもしれませんが
第一王子(故)=エインズ
第二王子(現国王)=デルビス。ヴィルフォードの父
正妃(故)=ルシアヴェール。ヴィルフォードの母
側妃(現王妃)=レヴィシア
です。
ずっと、あの女が目障りだった。
かつて「正妃」と呼ばれていた、あの女。ルシアヴェールのことだ。
正妃? 正しい妃とはなんだ。では側妃であった私は、正しくない妃だとでも? ……そのようなことを言う者がいるなら、不敬で鞭打ちにしてくれる。
私は高貴な存在なのだから、歯向かう者は拷問に晒して当然なのだ。
私はこの国で公爵令嬢として、類稀なる美貌を持って生まれた。幼少期から蝶よ花よと育てられ、欲しいものは何でも手に入れてきた。宝石でも、ドレスでも。もしそれが他人のものであるなら献上させ、あるいは奪い、自分のものにしてきた。
「お父様ぁ、私、あの子が着けてるネックレスが欲しいのぉ~。でもあの子ってば意地悪で、私に譲ってくれないのぉ……」
「君。そのネックレス、レヴィシアにあげてくれないかな?」
「こ……これは、私の大切なもので……」
「でも、レヴィシアはこんなに泣いているだろう? そのネックレスは、レヴィシアの笑顔より大切なのかい? レヴィシアをこんなに泣かせてまで、自分のものにしていたいのかい? 卑しいんだね……」
瞳を潤ませてお父様や周りの男に訴えれば、何でも私のものになった。どんなドレスも宝石も、他の醜い女より私の方が似合うのだから、私のもとにあるのが当然なのである。飽きたらすぐに捨ててしまうとはいえ、短期間でもこの私に手に入れてもらえて、ドレスも宝石も幸福なはずだ。
だから当然、このゼラニウムの王妃になるのも私だと思っていた。そのため、私はかつて第一王子であったエインズにアプローチしてやっていた。……だが、奴は私には振り向かなかった。他の女がエインズの婚約者になった。それを聞いたとき、私は怒りのあまり屋敷の中を暴れ回ったものだ。
「王太子様の婚約者になるのが、どうして私じゃないの!?」
お母様は困ったように眉を下げ、私を宥めるように言った。
「レヴィシア、あなたは確かに誰より可愛く美しいわ。でも王妃なら美貌だけでなく、教養が必要だから……。あなたはお勉強が嫌いで、いつも家庭教師に我儘を言って辞めさせてばかりでしょう? まあお母様はそんなあなたも可愛いと思うし、王妃になれなくたっていいじゃない。可愛いあなたは、ずっとおうちにいればいいわ。きっとお父様がなんとかしてくれるもの」
「そんなの嫌よ! お妃様は美しければそれでいいじゃない、教養なんて必要ないわ! 私は勉強なんてしたくない、でも王妃になりたい!」
勉学に励まないから王妃になれないなんて、納得がいかなかった。女とは美しくあるものであり、生まれたときから美によって優劣が決まっているのだ。私は生まれながらにして「選ばれた者」であり、勉学なんて後天的な努力によって下等な者に抜かれるなど、あってはならないのだ。
しかしかつて第一王子であったエインズは、私の美貌に靡くことはなかった。
現国王であるデルビスは、当時は第二王子であり、王位継承順位も二位だった。
デルビスは、兄とは対照的に美しい女を好んだ。そのため、デルビスからは求愛されたものの、私は第二王子になど興味なかったのだ。
「私は王妃になりたいのよ。第二王子のあなたなんかに興味ないわ」
私が欲しいのは、王妃の座なのだから。王にならぬ男など興味がない。第二王子と婚約を結ぶくらいなら、せめて他国の王族に嫁ぎたいと思っていた。
だが――第一王子エインズは、ある日魔獣によって殺されたのだ。
王位継承権は、私がかつて求愛を断った、第二王子のデルビスに移った。
エインズの婚約者は、自分が結婚したかったのはエインズ様だけだと言って、その後は教会で働くようになったと聞いているが、興味がないので知らない。ともかく、エインズが死んでデルビスが王太子となり、「未来の王妃の座」は空いた。
だが、一度袖にした男に再び擦り寄るなど、私の矜持が許さなかった。一度断った相手に、何故こちらから迫らねばならないのか。デルビスは私のことが好きだったのだから、向こうから迫ってくればいい。迫ってくるはずだ。白馬に乗って、「今度こそ君を王妃にするために、迎えに来たよ」と私に求愛すればいいのだ! 私は、彼の迎えを待っていた。
だがいつまで待ってもデルビスは私を迎えに来ず、そうこうしているうちに、ミオソティスの王女と婚約するという報せを耳にした。
別にデルビスを愛していたわけではない。だが他人のもになったのは許せなかった。お前は昔、私に求愛していたではないか。つまり、私のものだったも同然である。一度断ったくらいで他の女に乗り換えるなんて最低だ。私だって、デルビスが王になると知っていたら求愛を受けていたのに、運命に翻弄されたのだ。そうだ、私は被害者だ!
何より、他人の婚約者になったとなると、「奪いたい」という気持ちが湧いてきた。昔から、人のお気に入りのものほど、価値があると思える性質だったのだ。誰かのものほど、欲しくなる。――奪うことは、快感だ。
かつて振った男に迫るのは屈辱的だったが、ルシアヴェールから奪い取りたいという一心で、デルビスを誘惑した。舞踏会や晩餐会など、ありとあらゆる機会で彼に接近し、酒に酔わせ、ベッドに誘った。
「デルビス、あのときは、あなたの求愛を断ってしまってごめんなさい。恥ずかしくて、素直になれなかっただけだったのぉ……」
結局デルビスはルシアヴェールと結婚したが、私は側妃として迎えられることになった。ルシアヴェールが子どもを作らないか、おとなしく女だけ産んでいればマシだったものの、あいつは私より早く男子を産んだのだ。それが気にくわず、徹底的にルシアヴェールを虐げた。使用人達を脅して味方につけ、食事を抜いたりドレスを引き裂いたりを繰り返した。本当は殺してやりたかったのだが、私より立場が下の者ならともかく、さすがに正妃を暗殺しろと言って従う騎士はいなかった。
だが、天罰は下ったのだ!
あの女は、魔獣に襲われて死んだ。
最高の気分だった。やはり、私が正妃となる運命だったのだ! あまりに嬉しくて、あの女の息子であるヴィルフォードに亡骸を見せてやった。そのときの絶望の顔といったら! 極上の愉悦で背筋が震えた。
これで、全ては私のものだ。
そう思っていたのに――
ルシアヴェールが死んだ後のデルビスは、ひどく空虚な顔をしていた。あの日からずっと夜、うなされている。一体何故? やっと私が正妃になれたのだから、喜ぶべきだろうに!
こんなの、おかしい。
あの女がいなくなったのに、何故私は満たされない?
そんなときに、使用人達の会話を聞いてしまった。
「ヴィルフォード様、母を亡くしてすぐ隣国に追いやられるなど、おかわいそうに……」
かわいそう? あの女の息子が? ふざけるな。
幼い子どもだなど、関係がない。あの女の血が入っているというだけで汚らわしいのだ。
だからそんなことを言っていた使用人達は、鞭打ちの刑にしてやった。だが、奴らの発言で気付けたこともあった。
そうだ! 私が満たされないのは、まだあの女の息子が生きているからだ。
あの女の遺したものなど、欠片であってもこの世にあってはならない。ヴィルフォードさえ消えていなくなれば、今度こそ私は幸せになれるのだ。
だが、そこらの平民ならともかく、やはり仮にも王子を殺すことは難しい。
ならば生かしたまま、徹底的に不幸にしてやる。そう考え、私はまずティランジアの王子に迫った。
「ヴィルフォードは、酷い子なの。幼いからといって安心していちゃ駄目、あれは化け物よ。私、あの子が怖いのぉ……だからお願い、あの子を徹底的に虐げて?」
ティランジアの王子を使うことによって、隣国にいながらもヴィルフォードを追い詰めてやった。あいつに婚約者などつくらせないように、とも頼んだ。仮にも身分は王子なのだから、政略結婚となれば、家柄が高く美しい娘と結ばれてしまう。あいつが幸せになるなんて許せないし、あいつの血なんて残してはいけない。
それでももし、ヴィルフォードに愛する者ができたときは、必ず奪ってやる。
憎きルシアヴェールの息子。奴は、存在自体が悪なのだから――