21・現王妃と話してみました
舞踏会が終わったあと、レヴィシアによって、彼女の部屋に通された。
二人だけで話したいとのことで、護衛もいない。王族なのに無防備だとは思うが、力強い男性ならともかく、私のような小娘には何もできないと思っているのだろう。
「王妃陛下。お話とは、なんでしょうか」
王妃は扇で口元を隠したまま、話を切り出す。口が見えなくても、にやりと細まったその瞳は、悪意に満ちていると感じられた。
「ねえ。あなた、あの男を捨てたらどうかしら」
「……はい?」
「あの忌々しい男……ヴィルフォードと別れろ、と言っているの。そうしたら、あなたには我が国の有力貴族を紹介してあげるわ。ティランジアよりゼラニウムの方が大国なのだし、私の言うことを聞くなら、私がこれからあなたの後ろ盾になってあげる。悪い話ではないでしょう?」
「……恐れ入りますが、何故そのようなご提案をなさるのでしょうか? 私とヴィルフォードが結婚すると、王妃陛下に不都合があるのでしょうか」
「あいつが幸福であることが、私の不都合よ。――あいつが婚約者に無様に捨てられる姿を、拝んでやりたいの」
(な……)
こんなにあっさり、何も取り繕うこともなく、自分の性悪さを曝け出すとは驚きだ。私のスキルについては全くバレていないようでよかった。
「あの男、数年ぶりに顔を見たけど、腹立たしいくらいあの女に似ていたわね。ああ、久々に思い出しちゃったわ。気分が悪い」
「……あの女とは、ルシアヴェール様のことですよね。何故そんなにも、ルシアヴェール様をお嫌いなのですか」
「決まっているでしょう。あの女さえいなければ、最初から私が正妃になれるはずだったのよ。側妃だなんていう、屈辱的な立場に甘んじることはなかった」
「王妃陛下の方が、ルシアヴェール様より先に、国王陛下と恋仲でいらしたのですか? ルシアヴェール様が、そこに横恋慕する形だったと?」
王妃はその言葉に、唇を固く引き結んだ。
何か、認めたくない事実がそこにあるかのように。
「……違うわよ、恋仲ではなかった。でも、陛下に求愛されたことはあったのよ! ただ、そのときは断ってしまっただけで……。そうしたら、あの女が先に婚約者になってしまって……」
「断ったって……それは……」
「とにかく! あいつさえ存在しなければ、私が最初から正妃になれたのに。あいつがいたせいで、私は正妃になれなかったのよ!」
しかし、ルシアヴェール様が正当な婚約者となった後に彼女が側妃になったのだから、結局この人が略奪したようなものではないか? それでルシアヴェール様を逆恨みするのは筋違いだと思うし、何より……。
「あなたがその怒りをぶつける相手は、ヴィルフォードではないでしょう。彼に何の罪があるというのですか」
「あんな奴、存在自体が罪よ。生まれてきたことが間違いだったんだわ」
「っ……」
あまりに酷すぎる言葉に、絶句してしまった。
(許せない。許せない許せない、許せない……っ)
身体中の血が沸騰するようだ。いっそこの、人の形をした悪魔を張り飛ばしてやりたくなる。だけど、ぐっと耐えて平静を装った。ここで私がおかしなことをすれば、ヴィルフォードの計画が台無しになってしまう。
(今、私にできることは……。このやりとりを全て、記録しておくこと)
すっと息を吸い込み、意を決して尋ねた。
「――だから、ルシアヴェール様を殺したのですか?」
ここまで性悪さを堂々と曝け出すなら、「そうよ、私があの女を殺してやったの!」と高笑いしても不思議ではない。そうすれば目的達成だ。
しかし、レヴィシアは理解し難い愚か者を見るように、眉間に皺を寄せた。
「はあ? 何言ってるの、あの女は魔獣に殺されたのよ」
(っ、この反応……どっちだ?)
この女なら、暗殺の件も堂々と認めるのではないかと思った。だが、仮にも一国の王妃だ。これを口走ったらまずいというラインはわかっていて、演技しているのかもしれない。
真実を聞き出したい。だが、踏み込みすぎるのは危険だ。ヴィルフォードは明日に、国王と会う約束を取り付けた。本命は明日であり、今迂闊なことを言えば、かえって計画を壊してしまいかねない。
「失礼いたしました、冗談です。聡明な王妃陛下であれば、魔獣くらい使役できるのではないか、なんて思いましてね、ふふ」
「ふん、馬鹿な子。でも……そうね。殺せるものなら、あの女を殺してやりたかったわ」
レヴィシアは、過去を思い出して悔しがるように、ギリッと歯軋りをする。
(まさか、レヴィシアは本当にシロ? それとも、やっぱり演技……?)
「ああ、でも……そうね。だったら、こんなのはどうかしら」
「はい?」
レヴィシアは、「いいことを思いついた」とばかりに笑顔を浮かべる。
「あなたがヴィルフォードを殺す、というのはどう? 信じていた恋人に裏切られてあいつが死ぬなんて、愉快だわ! 今のあいつは王族ではなく単なる公爵だし、正妃をやるほどの危険はないしね」
「ふふ。王妃陛下もご冗談がお好きなのですね」
「冗談じゃないわ。さっきはあいつを捨てろと言ったけど、こっちのプランの方が面白そうね。あなたなら、あいつに警戒されず近付けるでしょう? 事後の隠蔽なら手伝ってあげる。私の言うことを聞くなら、ゼラニウム王妃である私が、あなたの将来を約束してあげるわ。ねえ、私側につきなさいよ」
聞けば聞くほど不愉快だ。だが、隣国の公爵暗殺の手引き。これは……非常に、使える記録である。
(だけど、知りたいのはルシアヴェール様のことなのよ。……ここまで来たなら、何か決定的なことを言ってくれないかな)
そう考え、あえて挑発してみることにした。レヴィシアはかなり感情的なようだし、かっと頭に血が上ればボロを出すかもしれない、という狙いだ。
「まあ、レヴィシア様。ご冗談が過ぎますわ。どうせ本気で殺す気はないのでしょう? だって……あなたはルシアヴェール様のことだって、殺せなかったのでしょう? 正妃の座に憧れながらも、憎い彼女を『正妃だから』と怖気づいて、殺せなかったのですから。結局あなたが正妃の座につけたのは、あなたが知略を巡らせた結果ではなく、単なる偶然だったのですよね」
あくまで、挑発のつもりだった。だがレヴィシアは見事に煽られ、持っていた扇で私の頬を殴った。その目には、強い憤怒が燃えている。
「口を慎みなさい。……いいことを教えてあげるわ」
彼女は扇を私の顎の下に当て、持ち上げるようにしながら口角を上げる。
「確かに私は、あの女を殺せなかった。正妃にそんなことをしたら、自分の立場が危うくなるからね。でもね、あなたのような小娘なら、いつだって殺してあげられるのよ? 私はこれまで、従順な騎士に命じて、邪魔者を何人も暗殺してきたのだから」
(……おお)
彼女としては、脅しのつもりだったのだろう。だけど、私は内心でガッツポーズを取る。期待していた自白ではないが、これもまた使える「記録」だ。
「あまりこの私を舐めないことね。ヴィルフォードのことだってね、今まで、命だけは奪わないでやっただけで。ティランジアにいた間も、さんざん苦しめてやったんだから。死なない程度の毒を入れた菓子や、ルシアヴェールの死に様そっくりに刻んだ動物の死骸を送ってやったりね……。私を怒らせると恐ろしいのよ! 覚えておきなさい」
「はい。そういえば、ルシアヴェール様が亡くなった際は、わざわざヴィルフォードに亡骸を見せたそうですねぇ。『あなたも、第一王子だからって調子に乗っていると、こんな目に遭ってしまうんじゃないかしら』と言ったのだとか」
「ええ、そうよ! ああ、あのときのあいつの顔といったら、見ものだったわ!」
彼女は愉快そうに高笑いする。はい、レヴィシアが過去に行ってきたこと、大体記録完了。
(ただ……レヴィシアは、ルシアヴェール様のことに関しては、本当にシロなのね。……暗殺は国王が単独で行ったということ?)
「あなたは、ヴィルフォードの婚約者。まだ、あいつの心を折ってやるために、利用価値があるわ。だから今殺すのは惜しい。……とはいえ、さっきの発言は生意気すぎたわよ。躾が必要ね」
そこでもう一発、レヴィシアの扇が私の頬に当たる。
「床に頭を擦り付けて謝罪なさい。そうすれば、私は寛容だから許してあげるわ」
「かしこまりました」
私は、言う通りにした。すると今度は、レヴィシアの足で頭を踏まれた。彼女は私を見下ろし、とても王妃とは思えない下卑な笑みを浮かべる。
「あはは、愚かな子! あの男が選んだ女なだけはあるわね。あの女の息子だもの、目も腐っているのね、ふふふ!」
レヴィシアに嘲笑されながら――
私も心の中で、ほくそ笑んでいた。
(――ふふっ。ふふふ……)
今、この瞬間も。私のスキルは全てを記録している。このやりとりを映像にして、いつでも公にしてやれる。
(レヴィシアが犯人でなかったのは意外だけど……まさか他の暗殺の自白と、こんな場面を記録できるなんてね。他国の王族や貴族の前で晒せば、彼女の権威も品位も、地の底に落ちる。私の能力も知らずこんなことをするなんて……愚かね)
ルシアヴェール様暗殺の自白をさせるという目的が達したわけではない。
だけど少しずつ、ヴィルフォードの……私達の目的に近付けていっている。
(今だけ、せいぜい笑っているといいわ。……最後に笑うのは、私達なのだから)
腹の底から笑いが込み上げてくるのを、必死に抑えていた――
読んでくださってありがとうございます!
今後の展開ですが、少しの間、過去の真相でドロドロした話があります。
スッキリ展開は、予定では24話あたりからです。
最終的には悪は破滅しますので、今後もよろしくお願いいたします!