20・舞踏会に参加してみました
お互いの真実を打ち明けた夜が明け――舞踏会のための身支度などをしている間に、瞬く間にまた日は沈んだ。
ヴィルフォードが待ち望んでいた、舞踏会だ。
先日ティランジアで参加した夜会とは、あまりにも規模が違う。
平民の家が何百軒建つかというような大広間に、贅の限りを尽くしたような煌びやかなシャンデリアがいくつも吊るされている。そしてそんな会場を埋めるのは、各地から集まった貴族達が纏う、色とりどりのドレス。背筋を正した貴婦人達が動くたび、ドレスを飾るリボンやレースが鮮やかに揺れ、まるで無数の花が咲き誇っているようだ。
楽団が奏でる音楽に合わせ、私はヴィルフォードとダンスをする。
国王とレヴィシアは同じ会場内にはいるものの、中二階にあたる特別席におり、護衛騎士達に囲まれている。
このあとヴィルフォードは、国王に接近する。彼はもともと国王の正当なる息子であり、勘当されたわけでもない。話しかけること自体は、困難ではないはず。……とはいえ、緊張感はある。
だけど、それを周囲に感じさせてはいけない。何かを企んでいるだなんて、誰にも悟らせてはいけないのだ。だから私達は、ただこの華やかな舞踏会を楽しみに来た、仲睦まじい婚約者として笑顔を交わす。……その笑みの下に、どれだけ淀んだ復讐心があろうとも、笑ってみせるのだ。
やがて、楽団の円舞曲がやんだ。
ダンスで踊り疲れてくるタイミングでの、歓談と食事の時間だ。人々は、会場内にビュッフェ形式で並べられた、芸術品のような料理のもとへと流れてゆく。
そして、国王と王妃に謁見したいという貴族達が列になっていた。
ヴィルフォードの目的は、国王にルシアヴェール様暗殺の自白をさせること。とはいえ、これだけ大勢の人間がいるこの場で自白するとは考えづらい。
(ヴィルフォードも最初から、今日この場で自白するとは考えていなかったのよね。あくまで今日は、次の機会に繋げられれば、それでいい)
そんなことを考えながら、謁見を待つ列に並んでいると、やがて順番が回ってきた。護衛騎士達が、ヴィルフォードに尋ねる。
「陛下への謁見をご希望でしたら、お名前を」
「ヴィルフォード・スカビオサです。彼女は私の婚約者のフィオーレ」
護衛達が、一瞬息を呑んだ気がした。
ゼラニウム人なら「ヴィルフォード」の名は知っていて当然だろう。母を亡くし、隣国へ捨てられた王子。しかし本来は次期国王となってもおかしくない血筋であり……ゼラニウムの騎士達にとって、接し方は難しいだろう。
「……かしこまりました。どうぞお通りください」
結局騎士は淡々とそれだけ言って、私達を案内する。
そして――とうとう私達は、ゼラニウムの国王・デルビスと対面することになった。
威圧感のある男性だ。ヴィルフォードには、少しも似ていない。
「お久しぶりです、父上」
「……ああ」
国王の返事は短かった。少しも、親子という空気ではない。
それでもヴィルフォードは微塵も笑顔を崩すことなく、穏やかに会話を試みる。
「本日は、私の婚約者をご紹介したいのです」
ヴィルフォードがそう言い……それに答えたのは、国王ではなかった。
「あら、まあ。あなた、いつの間にか婚約していたのね。そう……ふうん」
国王の横から、金髪の女性が顔を出した。現王妃レヴィシアだ。美しい顔をしているが、まだ幼かったヴィルフォードに、ルシアヴェール様の亡骸を見せた鬼畜である。
周りに他の人々の目があるから本性は隠しているが、ジロジロと私を見る視線は、棘がある気がした。
「はい。彼女はフィオーレ・ディステル。心優しく聡明な、自慢の婚約者です」
「まあ……愛する者と婚約できたのねぇ、よかったじゃない」
「ええ、とても」
どこか含みのある言い方で笑ったレヴィシアに、ヴィルフォードも微笑みを返す。
「愛する者と結ばれ、永久に共にいること。それこそが、幸福というものでしょう?」
――相手の反応を窺う言葉だ、とわかった。
国王が本当に、当時は側妃だったレヴィシアを正妃にするため、ルシアヴェール様を殺害したのであれば、痛烈な皮肉である。彼らは自分達の欲のために一人の女性から、命と幸福を永遠に奪ったのだから。
レヴィシアは一瞬、不快そうに眉間に皺を寄せた。
一方、国王は眉一つ動かさない。
「……それで、国王陛下」
「なんだ」
「今度、お時間をいただけませんか。フィオーレとの結婚式のことなどもご相談したいですし、久方ぶりに親子で話したいのですが」
「今宵は、多くの来賓が訪れている。時間がない」
「ええ、もちろんわかっています。なので後日、お食事でもご一緒にいかがかと。長い間顔も合わせていませんでしたし、お互い、積もる話もあるでしょう?」
「…………」
国王は、無言でヴィルフォードを眺めていた。表情に、柔らかさは欠片もない。
その様子を見るに、難しいかと思ったが……国王はやがてゆっくりと頷いた。
「そうだな。――ヴィルフォード」
ずっと冷徹に思えた国王が、そこで初めて表情を変えた。
「お前には、すまなかったと思っている。過去には様々な事情があって、お前を手放すことになった。だが、お前は血の繋がった息子だ。今まで離れ離れではあったが、お前のことは気にかけていたのだ。許せ」
……嘘だ、と思った。
今、周りに護衛騎士達がいる。一国の王が、この場で本性を表すなんてするはずがない。どんな性悪だって、周りの人の目があれば上辺を取り繕うくらいする。
それでも私は、表面上はさも「親子の絆に感動しています」という顔で、二人の会話を聞いていた。
「生憎今日は、私は他の者との挨拶がある。だが……明日なら時間を作れる」
「本当ですか、嬉しいです。話したいことがたくさんあったので」
その後はヴィルフォードと国王で、時間や場所の約束など、順調に話が進んだ。
(……こんなに、上手くいくなんて)
「それでは……」
無事に明日の約束をとりつけ、この場を去ろうと思ったところで――
「あらぁ。私はあなたとお話したいわ。フィオーレさん、だったっけ」
(え……私?)
レヴィシアが、明らかに胡散臭い笑顔で私を見る。
こちらも確実に何か企んでいる。だがこれは、望外のチャンスかもしれない。
「はい、フィオーレと申します。王妃陛下にそのように言っていただけるなど、誠に光栄に存じます」
「ふふ……デルビス陛下の子なら、私にとっても子どものようなものだもの。そんなヴィルフォードの大事な大事な婚約者だなんて……是非、お話したくって。フィオーレさん。後で、私の部屋に来てちょうだい」
念のため、私は心の声でヴィルフォードに確認をとる。
『行ってもよろしいでしょうか?』
『ああ。だが何かあったら、すぐに呼んでくれ』
念話でも、ヴィルフォードの声色から、私を心配してくれているのが伝わってきた。
そんなふうに私を慮ってくれる彼だからこそ、私も何かしたいんだ。これまで彼が、私に幸せをくれたように。――そのために、このチャンスを逃したくない。
それに念話ですぐ助けを呼べるというのは安心だ。私はレヴィシアに返事をした。
「かしこまりました。重ね重ね光栄でございます、王妃陛下」
(……もうすぐ。過去の真実がわかるかもしれない――)
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