19・あなたを独りにしないと誓いました
「あなたは国王を殺して、自分も死ぬおつもりでしょう」
発した言葉に、確信があった。
けれどヴィルフォードは仮面のような微笑を貼り付け、私に動揺を悟らせない。
「……はは。そうできたらいいね。でもそんなことをしたら、残された側妃……現王妃レヴィシアが悲劇のヒロインとして同情されるだけ。何より、亡くなった母は『父親殺しの化け物を産んだ女』と、墓石に一生雪げない汚名を刻まれるだろう」
「……ええ。だから私に、王の自白を記録させておくおつもりだったのですよね? 王を王座から引きずり落とすためじゃない。民の記憶に真実を刻み、王と王妃を『悲劇の主人公』なんかにさせないため。亡くなったルシアヴェール様に、汚名を着せないために」
彼は、「真実ばかりを話しているわけではない」と言っていた。
これが、彼の嘘。
彼は最初から、生きる気なんてまるでなかった。
自分の死を覚悟したうえで、復讐を遂げる気だったのだ。
「……はは」
全てを見抜かれた彼は、乾いた笑いを浮かべながら語る。
「そうだ。俺は王をこの手で殺したかった。だがそれを、『悲劇』なんかにしたくなかった。だから君のスキルで、全ての真実を記録し、公にしてほしかった。見返りとして俺が死んだ後、君には俺の財産を全て遺すくらいのことは考えていたが……。まあ、それでも無責任極まりなかったな。君を巻き込むだけ巻き込んで、自分はこの世を去ろうとしていたんだから」
自嘲気味に笑った後、彼はふっと息を落として――
青い瞳が、どこまでも鋭く細まる。
「……だけど。俺は愚かな男だから、そこまで見抜かれてもまだ、王への殺意を消すことができない」
……復讐心も、憎悪も、殺意も。本当は、本人が一番消したがっているのだろう。
私だってずっと、ドグスのことを忘れたいと思いながら、復讐心を消すことができなかったのだから。裏切られ、踏みにじられ、人生を奪われ続けてきた人間の心の傷は、生半可なものではない。
ヴィルフォードは、そっと私を突き放すように、静かに私の上からどいた。
「契約はなかったことにしよう。これ以上君を巻き込めない。俺が王を殺した後……俺は君を、守ってやれないから」
私との契約をなかったことにしたって、彼はきっと、復讐自体はやめない。
私を遠ざけて、一人で復讐を果たすつもりなのだろう。父を殺し、自分も死ぬのだと……。
――そんなことには、させない。
「……いいえ」
離れようとした彼の手を、自分から掴む。
「私はこの契約を、なかったことになんてしません」
「……フィオーレ?」
「ヴィルフォード。私は、あなたを……」
声は、微かに震えた。緊張のせいだろうか。
当然だ。これ以上は、本当に後戻りできなくなる。
それでも、伝えたかった。きっと今伝えなければ、一生後悔する。そう思ったから。
「あなたを、愛してしまったのです」
青い瞳が、微かに見開かれる。……たったそれだけのことが、嬉しかった。
もしそれが、「何馬鹿なことを言っているんだ」という呆れや蔑みであっても、構わない。
彼の心に、ほんの僅かでも波紋をもたらせたのであれば。全くの無反応より、ずっといい。
「だからどうかあなたの目的のために、私を使ってください。もし、本当に王が犯人なのだと……明確に本人が自白し、王の罪が確定したなら。そのときは――あなたの望むようにすればいい」
「……自分の言葉の意味が、わかっているのか?」
「ヴィルフォード。あなたは浅慮な人ではありません。そんなあなたが、ルシアヴェール様が殺されてからの十四年という長い間苦しみ、悩みもがき、考えて考えて……それでもなお、復讐を選んだのなら。私はそんなあなたを否定できません」
彼は家族を殺された。幸福を理不尽に奪われ、虐げられてきたのだ。復讐したいと願って当然だろう。
健全な精神の者には、理解されることはないのかもしれない。きっと多くの人が、「辛い過去を忘れて、前を向いて歩け」と言うのかもしれない。……本当は、それが正しいのだろう。
だけどそんなことは、本人が一番わかっているはずだ。
わかっていても過去を断ち切れないから、苦しいのだ。
「私はあなたに力を貸す。ただ――どうか、どうかあなたに生きていてほしいのです、ヴィルフォード」
目の奥から、涙が浮かんでくる。彼が、自ら命を絶とうとしていた……それを考えるだけで恐ろしくて、心が絶望に覆われる。
だけど、歯を食いしばって耐えた。今は、泣く場面ではないと思ったから。
少しでも、彼の命を繋ぎとめる言葉を考えることに必死だった。
「一般的に見れば、あなたは間違っているのでしょう。でも、私もずっと間違え続けてきました。あなたを責める資格なんてありません」
握っていた手に、ぎゅっと力を入れる。
彼は戸惑っているようで、握り返してくれることはないけれど、私を振り払うこともしない。
「あなたは間違っているけど、それでも私は、そんなあなたと生きたいのです。……ほらね、私も間違っているでしょう?」
涙は込み上げてくるが、それでも笑顔を浮かべた。
私より辛いのはヴィルフォードだし、私が泣いていたら、彼は自分の進みたい道を突き抜けられなくなってしまうかもしれないから。
私は彼に生きてほしい。だけど、私のために復讐をやめろだなどと言う気はない。
彼の心が、少しでも楽になる道を選んでほしい。それがどんな茨の道であろうが、共に駆ける覚悟はできている。
「ヴィルフォード、あなたの望む道を駆け抜けてください。私は力を貸しますし、あなたが裁かれるときは、私も罪を被ります。国王の自白の証拠があれば、少しは罪が軽くなるかもしれません。だからどうか、自ら命を絶つような真似だけはしないでください。運命に抗い、最後まで生にしがみついてください。……それでも……それでもなお、あなたが人々から許されず、処刑されるというなら。――私も共に死にます」
彼は言葉を失っていた。その瞳は未知のものを映すように、私を見つめる。
「ヴィルフォード。私は最期まで、あなたを独りにはしません」