18・彼の本音が見えてきました
(……やっぱり、眠れない……)
明日への緊張のせいか、それともヴィルフォードと同室というせいか。……どちらもだろう。どうしても落ち着かず、睡魔が訪れなかった。
(ヴィルフォードは、もう眠ったのかな……?)
気になってしまい、ちらりと彼を窺うと……。
「……は……っ」
(ん……?)
気のせいだろうか。彼の呼吸が苦しそうなのは……。
「はぁ……っ、く……」
気のせいなんかじゃない。明らかに彼の様子がおかしくて、呼吸が震えている。
「ヴィルフォード!」
私は自分のベッドから跳ね起きると、辛そうなヴィルフォードの肩を揺さぶる。
すると、彼は目を開けた。
「大丈夫ですか? うなされていた様子だったので……」
「……っ」
「きゃっ……」
顔を覗き込むと、突然ぐっと、強く抱きしめられた。
「ヴィルフォード……?」
「……は」
彼の額には、冷たい汗が流れていて。
私を抱く手は、小刻みに震えている。
(よっぽど……ひどい悪夢を見ていたのかもしれない)
「……大丈夫ですか? ヴィルフォード」
耳もとにかかる彼の吐息は乱れていて……少しでも、彼の苦しみを和らげたい。
だから彼を落ち着けるように、自分からぎゅっとヴィルフォードを抱きしめた。
「――」
ヴィルフォードは次第に悪夢から覚めるように、我を取り戻したようだった。
彼は気遣うようにそっと私の身体を離し、気まずそうに視線を逸らす。
「……すまない。取り乱した」
「いえ。……悪夢でも見ていたのですか?」
「ああ。……恥ずかしいことにね、あまり珍しくもないんだ」
「そう……だったんですね」
寝室を共にしたことなんてなかったから、気付かなかった。
眠りについた後でも、彼はこんなに苦しんできたなんて……。
「……昔の夢、ですか?」
「…………」
「すみません、話したくないならいいんです。でも、話すことで少しでも楽になれるのなら、と思って……」
「そう、だな。……共犯者である君には、知る権利があるしな」
彼は自分を落ち着けるように浅く息を吐き出してから、ぽつぽつと話し始める。
「俺がよく夢に見るのは……君の言う通り、昔の出来事だ。俺がまだ幼かったときの……母が死んだときの夢だよ」
「ヴィルフォードは……その場に、一緒にいたわけではなかったのですよね?」
「ああ。もし一緒にいたら、生きてはいなかっただろう。母は……本当に酷い殺され方をしたからね」
ヴィルフォードは、少しずつ言葉を零していった。
行方不明だと言われていた母の帰りを、ずっと無事を祈りながら待っていたこと。
父である国王に縋りたかったのに、怒鳴られ、殴りつけられたこと。
側妃によって母の無残な亡骸を見せられたこと。
ティランジア王宮では、人ではないかのような扱いを受けていたこと……。
(そこまで、辛い日々を送ってきたなんて……)
私なら、自分の記憶をそのままスキルで見せればすむ。だけど彼は、過去を自分の口で伝える必要がある。……語りながら当時のことを思い出してしまうように、その声は微かに掠れていた。
そんな彼に、どう声をかけていいのかわからない。力になりたいという想いは本物なのに、これほど辛い過去を生きてきた人に、どんな言葉だって慰めになんてならない気がする。
「ヴィルフォード、私は……」
それでも。ほんの僅かでも、彼の苦しみを和らげたい。
言葉なんかでは足りないとわかっていても、振り絞るように言葉を贈る。
「私は最後まで、あなたの味方でいます。私は……あなたの共犯者ですから」
彼が成し遂げようとしている復讐は、生半可なものではない。なにせ一国の王が相手なのだ。
それでも私だけは、彼の力になる。最後まで、傍にいたい。
そんな、心からの言葉を告げると。深い青の瞳が私を映す。
「君は……お人好しだな」
「え? ……きゃっ」
次の瞬間、ベッドに押し倒された。
仰向けで、彼を見上げる形になる。
「言っただろう? 俺は真実ばかりを話しているわけではないと」
「でも……今の話は、本当でしょう?」
さっきまでの様子は、演技だなんてとても思えなかった。彼の過去は、紛れもなく本当にあった出来事のはずだ。
「それに私は、あなたになら、裏切られても構わない」
「君は……汚い奴らを大勢見てきたわりに、ずいぶん無垢なことを言うんだね」
長い指で、そっと頬を撫でられる。
触れてくれる手は硝子を扱うように優しいけれど、冷たい。
「……フィオーレ。人を騙す方法を知っているか」
「人を騙す方法……?」
「自分は味方ですという顔で近付いて、共通の敵を作って。『他の誰にも言ったことはないけれど、君にだけ打ち明けるよ』と秘密を共有して、自分は特別なんだと思い込ませて。居場所を与えることで依存させる。……わかるかい?」
光のない目が私を見下ろす。
私は、その瞳を見つめ返すことしかできない。
「つまり、俺が君にやったことさ」
つっと、彼の指が私の輪郭をなぞる。私に、愚かさを教えるように。
「俺は最初から、君を利用しようと思っていた。利用するために、あえて優しい言葉をかけてきた。君が俺に心酔して、どんな言うことでも従ってくれるように……」
形のいいヴィルフォードの唇が、まるで詩を読むかのように私への憐憫を紡ぐ。
「愛情に飢えていた君は、まんまと俺に騙されてしまったというわけだ。……かわいそうにね」
青い宝石のような瞳に哀れみを浮かべる彼に、私は――
「それは……あなたの復讐に、私を巻き込まないために言っているのですか?」
まっすぐにその目を見つめ返し、対話する。
「……なんだって?」
「あなたは最初、私を復讐の道具として利用してやるつもりだった。だけど計画当日を前にして、罪悪感に苛まれているのではないかと。――本当に私を巻き込んでいいのか、と」
青い瞳はじっと、静かに私を見ている。私は言葉を続けた。
「だけど、的外れです。復讐のためだなんて、最初から言っていたじゃないですか、そんなの今更です。あなたは別に、目的を隠して私に近付いてきたわけでもなんでもないでしょう。だからあなたは卑怯者じゃないし、私は、かわいそうなんかじゃないです」
私の頬に触れていた彼の手に、自ら手を重ねる。
気のせいか、冷たかった手が少しずつ、温もりを帯びていくように感じられた。
「あなたが、私のスキルを利用するため私を篭絡しようとしているなんて、わかっていました。わかったうえで、それでも嬉しかっただけです」
私の言葉を聞き終えると、彼は何か考えるように口を閉ざしたあと、ふっと息を落とした。
「――そうだな。俺は、君を巻き込みたくなくなったんだ。最初は、君のことなんてどうでもよかった。だから利用してやる気だった。だが……俺は君を知ってしまった。君が、外道な人間どもに傷つけられてきたけれど、それでもなお優しい心を持っていることを知ってしまった。だからこれ以上は……無理だ」
「そんなの、今更どうして……」
そこまで言って、はっと気付く。
私はずっと、彼は、ゼラニウム王に罪を自白させてその記録を白日の下に晒し、自分が王になろうとしているのかと思った。
だけど多分……違う。
「ヴィルフォード、あなたは……」
恐る恐る、口にする。
違っていてほしい。でもおそらく、これが正解だ。
「あなたは国王を、自分の手で殺すつもりですか?」
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