17・同じ部屋で寝ることになりました
私達はゼラニウムには到着したが、すぐに舞踏会が始まるわけではない。舞踏会は明日の夜だ。
アランさんはお礼のため食事でも、と誘ってくれたが……。私達は明日に大事な計画を控える身。それに、アランさんは命こそ無事だったものの、馬車や商品を失い、大損害を受けた身だ。
お互いいろいろやることもあるし、今日のところは解散となった。アランさんは「また会いましょうね!」と言ってくれたが、どうなるだろう。何せ私達は、明日どうなるか全くわからない。……未来のことは、想像がつかなかった。
とはいえ、ただ緊張だけしているわけにもいかない。
私とヴィルフォードは、ひとまずレストランで夕食をとることにした。
明日の舞踏会のために各地から要人達が集まっていることもあり、街の中はゼラニウム王国騎士団が見回りをしていて、厳重な警戒態勢が見られる。
「……騎士様達の数がすごいですね」
レストランで、窓の外に闊歩する騎士団の姿を見てぽつりと呟くと、給仕の男性が答えてくれた。
「ええ。何せ三年前の舞踏会の際は、辺境伯が馬車で王都へ向かう際、魔獣に襲われて命を落とすという不幸がありましたから。今回はそのような悲劇が起きないよう、国王陛下が警備に力を入れているご様子です」
「そうなのですね。私は、ゼラニウムを訪れるのは初めてなのですが。やはり国王陛下と王妃陛下は、皆様から見て素晴らしい陛下なのですね?」
「……もちろん。ゼラニウムの民は、陛下を心から尊敬しております」
給仕さんは笑顔でそう答えたけれど、一瞬顔が引きつったのを見逃さなかった。
ティランジアも他国のことは言えないが、ゼラニウムも、身分制度が激しく王族による締め付けが厳しいと有名な国である。王家の腐敗によって民が苦しんでいるという噂は、ティランジアにも届いていた。
(……それにしても。三年前、辺境伯が魔獣に襲われた……か)
思えば私達も、ここに来る前に魔獣に襲われた。
……本当に、偶然なのだろうか?
国王が魔獣を使役できるのであれば、ルシアヴェール様以外にも、自分にとって不都合な者の命を次々奪っていてもなんら不思議ではない。
(……でも。そもそも襲われていたのは、ヴィルフォードではなくアランさんよね。彼は国王にとって邪魔になるような貴族とかではないし……。だとしたら、やっぱりあれはただの偶然?)
『フィオーレ』
心の声で呼びかけられ、はっと我に返る。向かい側では、ヴィルフォードが優美な笑みを浮かべていた。
『明日はいろいろあるんだ。今くらいは、肩の力を抜いて食事を楽しむとしよう』
『……はい』
気分は明るくなかったが、ちゃんと食べなければ食材にも、料理人さんにも失礼だ。温かいスープを口に含むと、少しだけ心が解けてゆく気がした。
そしてレストランを出たあとは、貴族御用達の高級宿に宿泊することになったのだが――
「ティランジアの、スカビオサ公爵ご夫妻ですね。お待ちしておりました、お部屋にご案内いたします」
受付の人の言葉に、ヴィルフォードは笑顔で答えた。
「ありがとうございます。しかし、夫妻とは気が早いですね。私達はまだ結婚していませんよ。早く結婚式を挙げたいとは思っているので、そう言ってもらえるのは嬉しいですがね」
「え?」
受付の人が目を見開き、焦りを見せた。
「どうかしましたか?」
「いえ、その……。ご夫婦だと勘違いしておりまして……同じ部屋にしてしまったのですが……まずかったでしょうか……?」
「え?」
話を聞くと、ヴィルフォードは、私の部屋と彼の部屋、二部屋を希望したそうだ。だが宿の手違いで、一部屋しか予約がとれていないのだという。
(つまり、私とヴィルフォードが同室で寝るということ……?)
「ま、誠に申し訳ございません! どのような罰でもお受けいたします」
「いや、過ぎてしまったことは仕方がない。だが、今からもう一部屋用意できますか?」
「それが……その……」
明日は王宮で盛大な舞踏会が行われるのだ。宿の部屋は全て、他国から訪れた貴族などの予約で埋まっているとのことだった。
「も、申し訳ございません! 誠に申し訳ございません……!」
宿の人は自分の失敗に青ざめてしてしまっていて、見ているのがかわいそうになってくるくらいだ。
「ヴィルフォード。私はあなたと同じ部屋で構いません」
「フィオーレ……」
すると確認するように、心の声でも語りかけられる。
『本当にいいのか』
『はい』
宿の人だって悪気があったわけじゃないし、彼を責めても部屋が増えるわけではない。非常事態のようなものだし、仕方がないだろう。私だって前世、仕事で失敗することくらいあったし。
「寛大なお心に感謝申し上げます……! ありがとうございます、フィオーレ様……!」
そうして、私達は部屋に通された。
幸いベッドはダブルベッド一つというわけではなく、ちゃんと二つあった。
それでも、彼と同じ部屋で一夜を過ごすというのはやはり緊張する。
「フィオーレ」
「は、はい。なんでしょう」
名前を呼ばれるだけでも、ドキッとしてしまった。……意識しすぎだ、私。ヴィルフォードはきっと、明日の計画のことで頭がいっぱいで、私のことを気にしてはいないだろうに。
「明日のためにも、早く眠った方がいいだろう。先に浴室を使ってくれ」
「あ……はい」
彼の一言一言にドキドキしてしまう。初めて恋を知った少女か、と自分にツッコミを入れたくなる。
(……前世では成人していたし、一応恋愛経験だってあったのにね。まあ、遊ばれて捨てられただけだったけど……)
部屋に付属していた、水の魔石を用いたシャワーを浴び、備え付けの寝間着を着て寝室に戻る。
「…………」
彼は、静かに窓の外を眺めていた。
……窓の外にひろがっているのは、彼が生まれ育った国の景色。
久々に戻ってきたこの国を眺め――ヴィルフォードは今、どんな気持ちを抱えているのだろう。
憂いを帯びているように見えるその顔を眺めていると――彼の視線が、こちらへ向く。
「あ……今、上がりました。お風呂、先に使わせてくれて、ありがとうございました」
「ああ。先に休んでいてくれ」
「はい……」
ヴィルフォードが浴室の方へ歩いてゆく。だけど彼は一度、こちらを振り返った。
「フィオーレ」
「はい……?」
「契約通り、君に不埒なことはしないよ。安心してほしい」
……契約?
ああ、そういえば。最初にこの関係について話し合ったとき、私は言ったっけ。婚約者のふりをすることで、触れることは構わないけれど、身体の関係はお断りすると。
私はすっかり忘れていたけど……ヴィルフォードは、律儀だな。
もっとも彼の復讐のために、今私を失うわけにはいかないから、迂闊なことはできないだけかもしれないけど。
……というか、彼ならいろんな美人を見てきているはずだし。私じゃお眼鏡に適わないだけかも。
(……偽りの関係なんかじゃなくて。もし私が、本当にヴィルフォードの婚約者だったら……)
そこまで考えてはっと我に返り、愚かな考えを打ち消す。
(何を考えているの。ヴィルフォードは明日のことについて、真剣に考えているはずなのに)
軽い自己嫌悪に陥り、おかしな思考を遮断するようにベッドに潜る。
だけど明日の舞踏会への緊張や、ヴィルフォードのこと……いろいろと考えてしまって。ちっとも眠ることができず、やがて彼が浴室から出てきた。
「……あれ。まだ起きていたのか?」
「!」
ヴィルフォードは男性用のナイトウェア姿で、髪はまだ少し濡れている。
彼は普段から美しいけれど……今の姿は、いっそう磨きをかけて艶めいている。
同じ屋敷で暮らしていたとはいえ、公爵邸は広い。こんな彼を見るのは初めてだった。
変に意識したくないのに、胸の鼓動が落ち着いてくれない。
「先に寝ていてくれてよかったのに」
「ちょ、ちょっと眠れなくて」
「まあ、この状況ではそうか。すまない」
「いえ。同室でいいと言ったのは私ですから」
「そうか? ……それじゃあ、おやすみ、フィオーレ」
「はい。おやすみなさい」
そう言って、彼もベッドに入ったものの――
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