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幕間・元婚約者達の現在(ドグス視点)

 フィオーレのことが好きだった。だから婚約を結んだのだ。

 だってあいつは控えめで、従順で、御しやすそうで、妻にするにはちょうどよかったから。自我が強くて口うるさい女は、怖いし近付きたくない。


「すみません、私、地味で……」


 三年前の婚約の場で、フィオーレは落ち着いた色合いのドレスを纏い、自信なさげにしていた。そういうところが、よかった。自信に満ち溢れた生意気女なんて、可愛げがないからな。


「でもこれからは、ドグス様の婚約者として相応しくなれるよう、頑張ります。お父様に、ドグス様はもっと華やかな方がお好みだと伝えれば、そういうドレスだって着せてもらえると思いますし……」

「はは。無理しなくていいよ」


 あいつには地味で弱くて、自分に自信がないままでいてほしかった。だから俺は、優しい笑顔で言ってやったんだ。


「君に華やかな色が似合わないのは事実だからな。大丈夫、俺は気にしないよ。ちゃんと我慢してあげるからね」


 俺が正しい、俺が寛容なのだと示してやれば、何も言い返してこない。フィオーレのそういうところが好きだったのだ。ここで「はあ!?」なんて口答えしてくるような女、俺は好きじゃない。


 フィオーレはぐっと耐えるようにしながら、それでも何か別の道を探すように提案してきた。


「あの、ドグス様。私、何かお役に立てることはないでしょうか? 私……地味ではありますが、知識には少し自信があるのです。領地のこと何かお困りであれば、お手伝いできるかもしれないのですが……」

「知識? はは、貴族の女性にそんなものは不要さ。君は、ただ黙って俺の傍に控え、俺に従っていればいいんだ。俺より目立つようなことなんて、しなくていいんだよ」


 怒鳴ったりはしない。あくまで優しく言うことにより、意思や主体性を奪う。仕事ができる女なんかになってほしくなかった。冴えなくて、なんのとりえもないかわいそうな女に優しくしてやる俺、という構図が好きだったんだ。


 だから別に不貞だって、フィオーレを嫌いになったわけじゃない。ただ、ローズのことがもっと好きになってしまっただけだ。


 だってローズは従順なうえ、可憐で愛らしかったから。俺はずっと、華やかな女というのは自分の美を鼻にかけた、扱いづらい存在だと思っていた。だが、ローズは顔が可愛いのに控えめで、俺を立ててくれる女だったんだ! 見た目がいいのに、怖くない。あまりにも理想的な存在だった。心を惹かれるのは当然だろ?


 フィオーレも地味さ以外は悪くなかったんだが、結婚は一人としかできないのだから、ローズを選ぶのは仕方がない。可愛いローズと結婚し、俺の人生は薔薇色になるはずだったのだが――


「……はあ」


 一体どこで間違えてしまったのだろう、と。それを考えるたび深いため息が出る。

 あの結婚式の後、俺は廃嫡され、ハイドランシアの屋敷を追い出された。

 とにかく金がないため、自分達の持ち物を売り……真実の愛を誓った、薔薇色の宝石がついた腕輪も売り払うことになった。それでも借金返済などもあり、自由に使える金など手元に残らなかった。


 そこで最初は、ローズが知人達に泣き落としをし、金を分けて貰おうという作戦を試みたのだが。


「ねえ、お願い。私達、本当に困ってるの……。援助してもらいたくって……」


 ローズがふぇぇんと涙を浮かべ、訴える。

 だが結婚式にも来ていた知人達は、白い目で俺達を見るだけだ。


「困ってるって……自業自得だろう」

「フィオーレ嬢への婚約破棄の時点でどうかとは思ってたけど、恋愛は個人のことだし、口出ししなかった。でも、まさかあそこまで酷いことをしてるとは思わなかったよ……」

「そんな……! 私はドグスを好きになっちゃいけなかったっていうの……?」

「婚約者のいる相手に手を出したら、そりゃあいけないだろう。百歩譲って好きになるのは仕方なくても、筋は通せよ」

「だからって、こんなの酷い……! 私はただ、幸せなお嫁さんになりたかっただけなのに……」

「それはフィオーレ嬢だってそうだったんだよ。その幸せを、君が壊したんだろう。もっとも、フィオーレ嬢は新しい幸せを掴んだようだが」

「そんな……なら、私だって幸せになりたい!」


 ローズは大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙を流しつつ、胸を強調するように知人達に迫る。


「ねえ、お願い。私、こんな人生耐えられない! 助けてくれるでしょう? 私をお嫁さんにしてほしいのぉ……」

「って、おいローズ、俺を見捨てて自分だけ助かる気か!?」


 俺との関係に未来がないから別の男との結婚に逃げようだなんて、卑劣な女め!

 だが、知人達の目はひどく冷たかった。俺達への嫌悪感を、隠しもしない。


「不貞して、陰で相手女性の悪口を言っていた女なんて、絶対に嫌だよ……。頼むから寄ってこないでくれ。正直、もう関わりたくないんだ」

「な……!?」


 ローズは、石化するようにピシッと固まってしまった。

 ……そんなわけで、知人達に金を出してもらおうという作戦は、失敗に終わった。


 仕方なく金のために仕事を探そうとしても、どこでも門前払いだった。中には、働き手を募集しているという店もあったが……。提示された金額があまりにも低かったため、馬鹿にしているのかと思い、こちらから断ってやった。伯爵子息だったこの俺が働いてやるというのだから、通常の倍額くらいは出すべきだろう。常識知らずな庶民どもめ。


 結局「働いてやってもいい」と思えるような仕事は見つからず、ローズと共に考えたのは――


「そうだ、冒険者になろう!」


 そもそも、皿洗いだの掃除だののしょぼい仕事は、俺には合わないのだ。華々しく活躍し、大金を稼いで有名になる。そうすればフィオーレや父上も、俺をこんな目に遭わせたことを後悔するだろう。非道なあいつらを見返してやるのだ!


 ハイドランシア領にある山には魔獣がたくさん生息していて、それを倒せば、毛皮や骨などが武器などの素材として高く売れる。レアな素材をガンガン売れば、借金などすぐ返せるはずだ!


 俺達は貴族として、俺は剣技、ローズは魔法の鍛錬を積んできた。そこらの魔獣など、簡単に倒せる。そう思っていたのだが――


「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」


 今までは、適当に剣を振っても周りの者が「お見事です、ドグス様」と褒めそやしてくれた。だが考えてみれば、実戦経験などない。実際に魔獣に向かい合ってみたら、あまりの恐ろしさに腰が抜けてしまった。


「いやあああ! ちょっと、ドグス! 早く魔獣を倒してよっ!」

「む、無理だよ、こんなの怖すぎる! ローズの魔法でなんとかしてくれ~!」


 結局、一匹の魔獣も倒せずに、命からがら逃げるのが精一杯だった。

 傷だらけなのに、回復薬すらろくに買うことができずボロボロだ。とぼとぼとと街に戻ったものの……周囲は俺達を白い目で見てくる。


「あれって、不貞したあげく婚約者に罪をなすりつけて捨てたっていう……」

「それで廃嫡されたんだろ? 無様だよな……」


(ぐ……やめろ。そんな目で俺を見るな……!)


 俺とローズは、少し前まで住んでいた屋敷とは比べものにならないほど貧相な安宿に泊まることにした。こんな動物小屋のようなボロい建物の中に入っていくだけで、屈辱だった。


「ご宿泊ですか。お名前は?」

「ドグス・ハイドランシアだ。あまり持ち合わせがなくてな、宿泊料をまけろ」

「ええと……ドグスさんですね。あなた、勘当されたのでしょう? 今後ハイドランシアを名乗れば、伯爵様からお叱りを受けますよ」

「な……!? 平民風情が、生意気な口をきくな! 不敬だぞ!」

「ですから、あなたももう平民なんですよ。いつまでも特別扱いされることを望まないでください」

「な、なんだと……!?」


 受付の男は、俺の相手をするのが億劫だと言うかのように深いため息を吐く。


「今まで皆、身分のことがあるから、あなたのことに口出しできずにいました。ですが、あなたの横暴さに、ずっと辟易していたのですよ」

「ふざけるな! この俺にそんなことを言って、許されると思っているのか!?」

「ええ、思っています。今まであなたが他者を蔑ろにしてきたぶん、これからはあなたが他者から蔑ろにされるのは、当然のことでしょう。自分の行いが返ってきているだけですよ」


 屈辱に震えながら、ギリギリの金を払って部屋へ入ったが、ハイドランシアの屋敷との違いに愕然とする。隙間風が吹き込むボロ宿には、固くて臭いベッドがあるだけ。当然風呂もなく、魔獣と戦った帰りだというのに、汗を流すことすらできない。


 そこで、ぐううと腹が鳴った。最近全然ろくなものを食べていない。温かい料理が食べたい。


(そういえばフィオーレは、子爵家令嬢でありながら、料理が上手だったな……)


 台所に立つなど、使用人のようで貧乏くさいと思っていたが。あいつの料理は、とても美味かった。食べる人間の体調なども気遣った、温かく優しい料理だった。今になって、そんなことを思い出してしまう……。


 ああ、虚しい。人の優しさや、温もりが恋しい。そうだ、せめて――


「ああ、ローズ。もはや信じられるのはお互いだけだな。さあ、愛し合おう……」


 そう言って、彼女をベッドに押し倒そうとすると……。


「ごふ!?」


 思いっきり、ぶん殴られた。


「近寄らないでよ、気色悪い!」

「はあ!? 俺達は恋人だろ! 肌を重ねるのは当然だろう!」

「もう貴族でもないあんたに触られるなんて、絶対嫌よ!」

「ひい!?」


 あまりの剣幕で怒鳴られ、また殴られそうになって、思わず泣きそうになってしまった。


(こ、怖い……)


 今のローズには、以前までの愛らしい態度の面影もない。おとなしくて可憐な女だと思っていたのに。俺は騙されていたんだ……!


「ああもう、本当に最悪。……はぁ、ヴィルフォード様は、かっこよかったなぁ。まさかフィオーレが、あんないい男を捕まえるなんて……!」

「な……」


 ガーンと、殴られてもいないのに衝撃を受ける。

 結婚式の場で、フィオーレとあの男がキスしていたことを、思い出してしまったのだ。


(……フィオーレに、俺以外に男ができるなんて)


 婚約破棄した後も、ずっとあいつは俺のことが好きで、俺のものなのだという気持ちがどこかにあった。どうせあんな女、俺が捨てたら、他の男と結婚するなんて無理だろうと思っていたし。……地味で冴えないあいつの良さをわかっているのは、俺だけのはずだったから。


(そうだ。フィオーレは、地味だったけど……優しかった)


 おとなしい女だった。だけどそれは、いつも周りのことを気にして、空気を読んでいたからだ。あいつはいつだって、誠実に俺に向き合ってくれようとしていた。……俺がずっと、それを蔑ろにしていただけで。


 あいつの微笑みや、いつも俺を気遣ってくれた優しさが、ひどく懐かしい。

 俺が間違っていた。俺が何より大事にすべきなのは、フィオーレだったのだ。ローズに靡いたりしなければ、あいつとの幸せを手に入れられていたはずだったのに。


 ああ、もう一度やり直したい。頼む、戻ってきてくれ、フィオーレ……。


 しかしどれだけ願っても、時間が戻ることなどなく――魔獣やローズにやられた傷は痛み、空腹は増してゆくばかり。


 薔薇色になるはずだった俺の人生は、どん底の暗闇に包まれてしまったのだった……。

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