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11・婚約者としてデートしてみました

 公爵邸に来てから、二日目の朝。焼きたての白パンとたっぷりのバター、フルーツと温かな紅茶という朝食をとったあと。ヴィルフォードの部屋で彼と二人きりになった。

 

「さて。計画の日まで二週間もない。それまでに、準備をしておかないとね」

「はい、ヴィルフォード。私は何をすればいいですか?」

「そうだな……」


 ヴィルフォードは一瞬考えるように顎に指を当てたあと、言った。


「一緒に街に行ってほしい」

「……はい?」

「おや、聞こえなかったのかな? もっと耳もとで言おうか?」


 彼は笑顔のまま、私の耳もとに口を寄せる。


「いやいやいや、そうじゃなくてですね! 街に行ってほしいって……どういう意図ですか? あ、何か情報収集とか、私の役割があるということでしょうか?」

「違う。婚約者として共に街を歩いてほしい、ということだ」

「婚約者として……」

「そうだ。いわば、婚約者らしく振る舞う特訓のようなものさ」

「なるほど。特訓、ですか」

「舞踏会で、君には俺のパートナーとして参加してもらうんだ。疑念は抱かれない方がいいだろう?」

「それは、確かにそうですね」


 なにせ、私達は先日知り合ったばかりなのだ。細かいところをつつかれたらボロが出てしまうだろうし、下手を打てば計画は失敗、隣国の王の失脚を狙った大罪人として罰せられかねないのである。隙など見せてはいけない。


 というわけで私達は、領都を見て回ることになり――



 ◇ ◇ ◇



 スカビオサ公爵領領都は初めて訪れたが、とても華やかだった。王都に劣らぬ活気があり、見慣れない街並みを眺めているだけで心が躍る。


(……スカビオサ公爵領といえば、元はいろいろあった領地なのに。それを、ヴィルフォードが立て直したのよね)


 二年前、元スカビオサ公爵は、ティランジア国王に反旗を翻そうとし、内乱を企んだ挙句に失敗したのだ。スカビオサ公爵家は一家揃って処刑となり、彼に味方した貴族や領民達にも罰が下された。それにより、公爵の座に空きができたのだ。領土は広大とはいえ、そのような問題のあった公爵の座に就きたがる者は稀で、貴族間でも揉めたと聞いたが……ヴィルフォードに白羽の矢が立ち、彼にスカビオサ公爵の座が渡された。


 当時、夜会では様々なことが囁かれていた。「まだ若いヴィルフォード様に、そんな混乱の渦にあった領地をまとめることなどできない」「領地経営に失敗し領民達から石を投げられるのではないか」と。


 けれどヴィルフォードは、見事にスカビオサ領を立て直してみせた。スカビオサ領にはもともと魔石の鉱山があったものの、当時は採掘し尽くして資源が枯渇寸前だったのだが……。ヴィルフォードは自身の膨大な魔力を鉱山に住む精霊に見初められ、交渉し契約を結ぶことで、豊かな鉱山を復活させたのだという。


 ほか、税率の見直しや回復士の育成などにも力を入れ、彼が公爵位に就いてから二年の歳月をかけて、スカビオサ領は王都にも劣らぬ有力領地としての力を取り戻した。また、ヴィルフォードが個人的に投資を行うことで、私財も増やしていったとの噂だ。


(……ものすごい手腕だわ。本当に、いろいろと規格外の人……)


 道行く人々は、彼の存在に気付くたび、敬意を込めて頭を下げる。領民達の様子から、ヴィルフォードが慕われていることが伝わってきた。


 そして人々は、彼の隣にいる私にも、笑顔を向けてくれる。


(そういえば……こんなに堂々と街を歩けるなんて、久しぶりかも)


 王都では、ドグスとの婚約破棄のことが噂になっていて、私を見ると皆がクスクスと笑った。「かわいそうに~」なんて同情するふりをして寄ってきて、興味本位で根掘り葉掘り聞こうとしてくる人もいた。


 次第に外に出るのが嫌になってしまった。外出の必要があるときも、なるべく目立たないようにして、顔を隠すようにしていた。


(だけど、今は……)


「どうかしたかい? フィオーレ」

「い、いいえ。なんでもありません」


 隣を歩く彼に顔を覗き込まれ、はっと我に返る。


 彼の隣を歩いているせいだろう、今も道行く人々からの視線を受けてはいるが、その目は過去とは全く違う。……ここには、私を馬鹿にする人はいない。


(そうだ。今は、過去のことなんて考えるのはやめよう)


 以前の私は、過去に囚われてばかりだった。だけどドグス達の結婚式をぶち壊して、ヴィルフォードに復讐の協力を頼まれて……少しだけ、前を向けている気がする。


(必要としてもらえたのが、嬉しかったのかもしれない。……たとえそれが私自身じゃなく、私のスキルのことであっても)


 だからこそ背筋を伸ばし、心の声で彼に語りかける。


『少しぼうっとしてしまいました。今は、楽しそうにするべきですよね。気をつけます』

『いいや。君を楽しませるのも、婚約者としての役目さ』


 自然にそう言われ、ドキッと胸が音を立てる。


(婚約者……か)


 契約なのだとわかっていても、ヴィルフォードにそう言われると、胸が落ち着かなくなる。

 彼にエスコートされながら街を歩いて――

 辿り着いた先は、ドレスショップだ。


「これはこれは、公爵様。当店に足を運んでいただけ、光栄でございます」

「彼女にドレスを贈りたいんだ。新たに仕立てるものも頼みたいが、今日のところは、店頭にあるものを買っていこう」

「ありがとうございます、どうぞご自由にご覧になってくださいませ」


 スカーレット、マーメイドブルー、レモンイエロー。色とりどりのドレスが並ぶ煌びやかな店内は、あまりの眩しさで目が回ってしまいそうなほどだ。


「フィオーレ、好きなものを選んでくれ」

「え、そんな……」


 思わず「いただけません」と遠慮しそうになってしまうが、それではいけない。

 今の私達は婚約者、まして彼は公爵だ。遠慮をする方が恥をかかせてしまうことになりかねない。自分から高価なものをねだるべきではないと思うが、彼が自ら贈ってくれるというのだから、受け入れた方がいい。これは仲睦まじく見せるための演技なのだし。


「……ありがとうございます、ヴィルフォード。嬉しいです」


 なるべく柔らかな笑みを浮かべ、店に並んでいるドレスをゆっくり見て歩く。


(どれを選んだらいいのかしら……。『公爵の婚約者』として相応しいものにすべきよね……)


 そうして目がとまったのは、トルソーに飾られた、淡いラベンダー色のドレスだ。


(あ……これ、素敵……)


「それが気に入ったのか?」

「え……あっ……」


(素敵だけど、私には似合わないだろうし……)


「このドレスの試着を、彼女に」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 どう言うべきか迷っている間に、話を進められてしまった。店員さんに案内され、フィッティングルームへと進む。そのまま店員さんがドレスに着せ替えてくれた。この世界の貴族の令嬢としては一般的な扱いなので、お任せする。


 そして着替えが終わり、ヴィルフォードの前に出て……。


「どう……でしょうか」

「――」


 店員さんの目もある以上、表面上は仲睦まじく振る舞うべきだ。

 とはいえ、私は心の声でヴィルフォードに囁きかけた。


『あの、やっぱり似合わないですよね? 別のドレスを選びます。お時間を割いてしまってすみません』


「……綺麗だ」

(……え)


 そっと、彼に手を取られる。


「君に、とてもよく似合う。可愛いよ、フィオーレ」

「……っ」


(こ、これは演技。演技……)


 甘くとろけるような瞳は、まるでロマンス小説に出てくる王子様のようだ。さすがは公爵閣下の演技力。本心ではないと理解していても、心が浮き立つ。


 同時に……ふと、過去のことを思い出してしまう。

 幼い頃に、妹や両親から言われた言葉だ。


 ――「私、この色のお洋服がいいなあ……」

 ――「え~! お姉ちゃんには似合わないよぉ」

 ――「そうね、あんたはこっちの色にしなさい」


 ドグスからの婚約破棄以降悪化したとはいえ、それ以前から、両親から私への扱いはよくなかった。両親は、可愛らしい妹の方を可愛がっていたから。


 過去の私は、自由に好きなものを選ばせてもらえたことなんてなかった。ドグス達の結婚式に着ていった黒のドレスだって、別に好きで着ていたわけではない。結婚式をぶち壊す悪魔のような女の衣装としてはお似合いだったかもしれないが……あれはもともと「お姉ちゃんはこういうのを着てなよ」と妹に押し付けられたものである。夜会では、年頃の令嬢は赤やピンクなどのドレスを纏うものだが、私は「似合わない」と言われ、地味な色ばかり身に着けてきた。


 だからこそ……ヴィルフォードの言葉に、胸を打たれてしまう。


(嘘でもいい。……嘘でなければ、本来、彼からこんな言葉を贈られることはなかったのだから)


 嘘であっても、私は嬉しい。……それで充分だ。


「あ……ありがとうございます、ヴィルフォード……」


 頬が熱を帯びるのを感じながらお礼を言うと、傍で店員さんが微笑む。


「お二人は、本当に愛し合っていらっしゃるのですね」

(あ……!?)


 落ち着け、これはリップサービスだ。上客を前にした店員さんの賛辞を真に受けるべきではない。


 だからといって「そんなお世辞を……」みたいに言うべきでもない。よって、ヴィルフォードはにこりと、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「私達が愛し合っていることを、こうして感じ取ってもらえるなんて嬉しいな。なあ、フィオーレ?」

「ええ。とても、嬉しいです……」


 これは全部、偽りだ。そうわかっていても、胸の鼓動は高まるばかりで。

 ……おかげで、「婚約者を愛する令嬢」の演技としては、花丸を貰えるほどだったと思う。


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