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10・伯爵と話をつけてみました

 加速魔法付与された馬車で移動したとはいえ、スカビオサ公爵邸に到着したのは、深夜のことだった。

 さすがは公爵邸、とても広大だ。掃除が行き届いていることはもちろん、調度品や、廊下に飾られた絵画などの美麗さに目を奪われていると、ヴィルフォードが使用人さんを呼んで、すぐに食事を用意してくれた。


「もう夜遅いし、軽めにしてもらったが。不十分であれば言ってくれ」

「いえ、充分です……!」


 これまで私の家では、使用人の人件費節約という名目で、家事はほぼ私がやっていた。

 それに食事は、両親と妹が食べ終わった後、残り物を食べることになっていた。私が料理しているのにおかしいと思うが、「婚約を破棄され、ディステル家の名誉を傷つけた罰」と言われて、反論を塞がれてきた。


 なので人が作った温かい食事は、とても久しぶりだ。ヴィルフォードは「軽めにしてもらった」と言ったけど、どれも美味しそうなものばかりだった。柔らかな白パンに、上質なチーズやソーセージ。温かなスープと、花のように美しく飾り切りされた果物。見ているだけでも目が楽しい。


「美味しいです……!」

「そうか。君の口に合ってよかった」


 ヴィルフォードも優美な微笑を浮かべながら、フォークを口に運ぶ。

 どれを食べても、舌がとろけるようだ。高価な食材だから、というのもあるかもしれないけれど――


(……誰かと一緒に食べる食事って、美味しいな)


 一緒に食卓に着いて、向かい合って食事をする。それだけのことなのに、じんと胸に沁みる。……そんなことすら、今までの私には「当たり前」ではなかったから。


 やがて食事を終えると、ヴィルフォードが簡単に屋敷の中を案内してくれた。


「ゆっくり休みたいだろう、そこの浴場を使ってくれ。今日の寝室としては、客室を用意させた」

「はい。何から何まですみません」

「謝ることはない。ここが今日から君の家なんだからな」

「わ、私の家……?」

「そうだ。だって俺達は、婚約者だろう?」


 契約としての婚約とはいえ、ヴィルフォードはこれを期間限定のものにするつもりはないのかもしれない。


 たとえ彼の復讐計画が上手くいったところで、私のスキルはヴィルフォードにとって手放しがたいものだろう。それに私は、彼のスキルの存在など、秘密についても知ってしまっている。私は、彼についての情報を多く知りすぎたのだ。


(……何気に、外堀を埋められている?)


 もっとも、私は他に行き場もない。始末されず、あの実家を出られることができるなんて、こちらにとっても好都合だ。


 そんなわけで、広くて綺麗な浴場で疲れを癒し、ふかふかのベッドで休むことになった。事前に自分の屋敷に寄っていた関係で、着替えや日用品なども馬車で運んでもらっていたため困らない。至れり尽くせりな状況で、ベッドに横になると、すぐに眠気が訪れた。


(……ヴィルフォードの助け舟がなければ、結婚式でのことばかり思い出してしまって、こんなふうに眠れなかっただろうな。何らかの罰を受けていたかもしれないし)


 ドグス達の結婚式をぶち壊してやろうと出かけた朝には、破滅する覚悟こそあったものの、こうして穏やかな気持ちで一日を終えられるなんて思っていなかった。


 夢なら、どうか覚めないで。そう願いながら、心地いい眠りに落ちて――

 翌朝、ヴィルフォードは、ハイドランシア伯爵のもとへ行くと言って出かけていった。



 ◇ ◇ ◇



◆ハイドランシア伯爵SIDE



 ハイドランシア伯爵は、昨日の結婚式の件について、ヴィルフォードとあらためて話をすることになった。


 伯爵は、昨日のこと、ドグスとの絶縁の件があり、疲弊している様子だったが。そもそもドグスの婚約破棄の際に、息子の行いについて調べなかった彼にも非はあり、伯爵自身、それをわかっていた。


 伯爵は、普段は自領の山の麓にある別邸に住み、家族とは別居状態だった。ハイドランシア領の山は、薬草が豊富に採れるものの、魔獣や危険な生物も多く生息している。「貴族たるものノブレス・オブリージュを重んじ、身を挺してでも領民を守るもの」という正義感が強い彼は、率先して騎士達を率いて、日々戦っていた。領地経営は夫人と息子達に任せ、屋敷に戻ってくることはほとんどなかった。昨日は結婚式のため、久々に家族と顔を合わせたくらいだ。良くも悪くも「男は戦うもの、女は家を守るもの」という考えの強い人間である。


 一方夫人は、夫が家にいないのをいいことに、頻繁に高価なドレスを誂え、夜会で遊び回り、贅沢な暮らしを送っていた。領地経営は実質次男のマモトスが行っており、夫人とドグスは当主の目がないのをいいことに、自堕落に過ごしていたのだ。


「それでは、失礼いたしました」


 伯爵と簡潔に話を終えると、ヴィルフォードは屋敷を背にした。


「あなた……。ヴィルフォード公爵様は、何て?」


 ヴィルフォードが屋敷を去ったあと、夫人は恐る恐る、伯爵に尋ねた。


「ドグスを廃嫡し勘当するという英断に感謝する、と。また、フィオーレ嬢のスキルについて口外しないでほしいとおっしゃって、金貨を置いていかれた。これは口止め料だろうな」

「まあ! よかったわ、てっきり賠償か何かを請求されるのかと思いきや、お金を置いていってくださるなんて! これでドグスの借金を返してあげましょうよ」

「駄目だ」


 伯爵はきっぱりとそう言い、夫人は「信じられない」とばかりに目を見開く。

 それでも伯爵は、毅然と夫人に告げた。


「結婚式の費用などは、支払いが滞れば関係者に迷惑をかけることになるので、先に立て替えておくこと自体は構わない。だが、後で必ずドグスに支払わせる。延滞した場合、無論、利子はきっちりとる」

「そんな……どうしてそんな意地悪するの!? あなたは酷いわ!」

「意地悪だと? フィオーレ嬢に対し、意地が悪かったのはドグスの方だ。お前だって、フィオーレ嬢の記憶を全て見ただろう。自分が不貞したにもかかわらず、その責任がフィオーレ嬢にあるかのようにふるまい、身勝手に彼女を捨てた。自分の身に置き換えてみろ。例えばお前は、私が愛人をつくってお前を捨てたら、許せるのか?」

「そんなこと! 許せるはずがないでしょう!?」

「ならばドグスも許されるべきではない。これまであいつを甘やかして育ててしまった結果が、フィオーレ嬢のあの記憶なのだ。この家と縁を切った後も、ドグスの人生は続く。人の痛みを知り、更生してもらわねばならん。これ以上被害者を出さぬためにもな」


 伯爵の言葉に、夫人は手で顔を覆う。


「でも……そんな……っ。私だってまだ、混乱していて……。こんなのって、酷いわ……」

「酷い? ……そもそもお前は、被害者ぶれる立場か?」

「え……?」


 夫人を見る伯爵は、ひどく冷たい目をしていた。


「あの過去の中で、お前はフィオーレ嬢に謝罪することもなく、『ドグスの気持ちも考えてほしい』と言っていただろう。私にろくな報告もせず、フィオーレ嬢に慰謝料も支払わなかったのだろう?」


 まるで唐突に悲劇に巻き込まれたような顔をしているが。夫人は婚約破棄の際、ドグスに加担した一人である。


「お前はドグスの不貞も全部知っていながら、フィオーレ嬢を見放したのだろう」

「だ、だって! 謝罪して慰謝料なんて払ったら、こっちが悪いって認めるようなものじゃない! ハイドランシア家の外聞に関わるわ! フィオーレに全部罪を押し付けていたからこそ、うちの家は今まで悪い噂もなく無事でいられたのよ!」

「だがその結果、最悪の事態を招いた」


 夫人は、ぐっと言葉に詰まる。伯爵は、諦観と自責がない交ぜになったような顔をしていた。


「不貞の事実を知ったとき、お前がするべきことは、ドグスに婚約の重要性を言い聞かせることだった。それでもドグスの意思は固いというのなら、可能な限りフィオーレ嬢を傷つけない、穏便な婚約解消をするべきだった。彼女に罪をなすりつけたことは、ハイドランシア家の罪でしかない」

「そんな……今更そんなことを言われたって、どうすれば……っ」

「お前が全て悪いとは言わん。魔獣討伐に全力を注ぎ、家のことは全てお前に任せていた、私も愚かだった。……それでもなお、お前の責任も重い」


 伯爵は、あくまで淡々と語る。


「……何も、ハイドランシア家が終わったわけではない。この家はマモトスが継ぐのだ。今回の件でこの家の評判は地に落ちただろうし、これから他の貴族達に後ろ指を指されることは避けられんだろうが……それでも私達は、今後のハイドランシア家を、なんとか建て直さねばならん。マモトスと、何より領民達のために」


 ここ数日であらゆる状況が変わってしまった伯爵は、疲労は滲んでいるが、それでも目から希望は消えていない。対照的に、夫人はまだ現実から目を逸らそうとしていた。


「お前も反省しろ。使用人達から聞いたが、これまで王都で豪遊したり、夜会でドレスや装飾品を見せびらかしたりしていたそうだな。そんな生活は改善し、伯爵夫人として領民達に尽くすのだ」

「そんな……そんな……っ!」


 これまでずっと家の金を好き放題使い、贅沢に溺れる日々を過ごしてきた夫人である。家の状況が急変したって、人間は急には変われない。


「私は嫌よ、そんな生活! ああ、こんなの何かの間違いだわ! こんなの……こんなの嫌ああああああああああああああああああああっ!」


 自業自得だというのに、夫人は絶望で泡を吹くように、力なくその場に崩れ落ちたのだった――


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― 新着の感想 ―
離縁して実家に戻すべきじゃねぇのかな。家の仕事しないで遊び歩いているだけのゴミだし。
伯爵当主とあとは後継になった子がまともなら持ちえせはするだろうが
おもしろいです。 この伯爵夫人にとっては、まともにさせられるのは最大のざまあかも…… 改心しなければ、いろいろとストレス溜まって爆発するでしょうし、改心したなら、過去の言動に苛まれる。どちらにしろ…
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