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1・不貞かと尋ねてみました

 最近、婚約者の様子がおかしい。


 私の名はフィオーレ。ディステル子爵家の長女で、家族は他に妹と弟がいる。

 ちなみに私は実は前世の記憶がある。前世では子どもを庇ってトラックに轢かれ死んだのだが、転生の際に「転生の番人」と名乗る人から、「お前はいいことをしたからレアスキルをあげよう」と言われ、超レアスキルを貰った。特殊なスキルすぎて、この世界の人々に知られたら大変なことになりそうなので、普段は隠している。前世で早くに命を落としたこともあり、危険だけど目立つ人生より、地味でも平穏な人生を送りたかったからだ。


 ともかく。そんな私には、ハイドランシア伯爵家の嫡男であるドグス様という婚約者がいる。


 社交シーズンでお互い王都のタウンハウスで暮らしている間は、週に一度はどちらかの家を訪ね、一緒にお茶をしていた。夜会があれば、もちろんパートナーとして参加した。領地のカントリーハウスにいる間でも、手紙のやりとりをして近況を知らせていた。それに領地が隣接しているため、時間があれば互いの屋敷を行き来していた。


 だけど最近、彼の様子がおかしい。


 まず、男性の友人達と狩猟や遠乗りに出かけると言って、私と会ってくれる時間が減った。


 あまりに何度も「今週は友人達と予定があるから」と断られるので、たまには私も一緒に行きたいと言ってみると、「君は馬に乗れないし、これは男同士での付き合いだから。家同士の関係も絡んでくるし……社交の一環であり、仕事のようなものなんだ。理解してほしいな」と言われてしまった。


 それだけではない。彼は、趣味ではない装飾品(アクセサリー)を身に着けるようになった。


「ドグス様、その腕輪は……?」

「ああ、これか。友人に勧められてさ」


 彼が着けていたのは、薔薇色の宝石がはめ込まれた腕輪だ。

 ドグス様は落ち着いた色がお好みのはずで、私はこれまで誕生日などには、濃紺や深緑の装飾品を贈っていた。彼がそんなに明るい石の腕輪を身に着けるのは意外で……少し、不自然だ。


(……考えすぎ? いつもと気分を変えたくなることだって、あるかな)


 不安が顔に出てしまっていたのだろうか。ドグス様は私に優しく笑いかけてくれた。


「そうだ。君にも同じものをプレゼントするよ」

「え? いえ、そんな……」

「遠慮しないで。最近、寂しい思いをさせてしまっているだろう。心苦しく思っていたんだ」


 その後すぐ二人で宝飾店に出かけ、彼が着けているものとお揃いの腕輪を購入することになった。ドグス様が私の手を取り、腕輪を着けてくれる。


「薔薇色って、素敵な色だよな。幸福の色だ。最近、その美しさに気付いてさ。……君もこの色を好きになってくれたら、嬉しいな」

「……はい、ありがとうございます。大切にしますね」

「ああ。俺はこの腕輪に、真実の愛を誓うよ」


 多少の違和感はあったものの……二年前から婚約している相手なのだ。

 彼のことを信じたい、と思っていた。



 ◇ ◇ ◇



 それが壊れたのは、数ヶ月後のことだ。

 最近忙しそうな彼だけど、この日はひと月前から、一緒にお茶をしようと約束していて。私がハイドランシア家のタウンハウスを訪れると……。


「ドグス様は先程『少し出かけてくる』と外出されました」


 ハイドランシア家の使用人さんに、そう告げられた。


「まあ……今日は一緒にお茶を飲むお約束していたのですが」

「はい……申し訳ございません」

「すぐ帰ってくるかもしれないし、お戻りになるまで、お待ちしていていいかしら」


 付き合いの浅い相手であれば失礼かもしれないが、私は彼の婚約者で、家族ぐるみで付き合いがあり、このタウンハウスにももう何度も訪れている。


 使用人さんも、私が来る予定だと知っていたはずだ。その約束を破ったのは彼の方だということもあり、追い返すわけにはいかなかったのだろう。私は、ドグス様の部屋へ通された。


 そこで、テーブルに手紙が置いてあることに気付く。


(……え?)


 封筒に、丸みを帯びた字で書かれていた差出人は、「ローズ・ダスティー」

 愛らしい容姿で、花の妖精のようだと社交界で噂されている子爵令嬢の名だ。


(……どうして、ローズ様からのお手紙が?)


 ドクン、ドクンと、胸が嫌な音を立てる。

 たまらず、私はその手紙に手を伸ばし――


「何をしている」


 扉の方から声がして、はっと振り返ると、ドグス様が立っていた。


「ドグス様、お出かけ中だったのでは……」

「君との約束を思い出してな。急いで戻ってきたんだ」


 思い出した、ということは、つい先程まで忘れていたということだろう。

 だけど彼は謝ることもなく、険しい目をしていた。


「それより、何をしているかと聞いているんだが?」

「そ……それは」

「まさかとは思うが、俺宛の手紙を盗み見ようとしていたんじゃないだろうな? それは個人の秘密(プライバシー)の侵害だ」


 彼はつかつかとこちらに寄ってきて、汚らわしいものを見るように私を見る。


「あ、あの。お手紙の……差出人の名前が、目に入ってしまって。どうしてドグス様に、ローズ様からのお手紙が届いているのかと……」

「家同士の付き合いがあるんだ。俺が彼女と手紙のやり取りをしていると、何かおかしいか?」

「その……」


 言おうかどうか迷った。……迷った末に、勇気を出して聞いてみることにした。

 ちゃんと否定してくれれば、それで安心できるからだ。

 

「不貞を、しているのではないのかと思って……」


 やましいことがないのなら、そう言ってほしかった。私だって、彼を疑うなんてしたくないのだから。


 だけど、彼はかっと目を見開いて――


「俺を疑うのか!?」


(――え?)


 突然、今まで出されたことないような大声を出され、頭の中が真っ白になってしまった。


「婚約者を疑って、俺宛の手紙を盗み見ようだなんて最低だ! 君がそんな人だなんて思わなかった……!」


 ドグス様はひどく傷ついた顔をしていて、それが尚更私を動揺させた。


(え……? わ、私が、ドグス様を傷つけてしまったの?)


「そんな誤解をされるなんて心外だ。彼女からは、相談を受けていただけなのに」

「相談……? どのような……?」

「そんなこと、言えるわけないだろう。個人の秘密に関わることだ」


 私が狼狽えているうちに、彼は矢継ぎ早に話す。


「ダスティー家とは、家同士の付き合いもある。それに詳しくは言えないけど、彼女は今、とても困っているんだ。力になってあげたいと思うのは、人として当然だろう? 君は、彼女をかわいそうだと思わないのか? 困っている人を見捨てて平気なのか?」


(相談なら、婚約者のいない相手にするべきでは……? 婚約者が他の女性とやり取りをしていたら、気になってしまうのは仕方がないと思うのだけど……)


「他の家と交流を持つのは、貴族として当然のことであり、領地のためでもあるんだ。君が嫁いできたとき、二人でもっとハイドランシアを良くしていけるよう、俺はいつも頑張っているんだぞ。これは君のためでもあるんだ。君なら、わかってくれていると思っていたのに……」


 戸惑いはあった。言い返す言葉も喉から出かかった。

 だけど、一方的に責める口調で言われ……パニックになってしまって。この場をおさめるために、つい謝ってしまった。


「ご……ごめんなさい」


 すると、ドグス様はまるでスイッチを切り替えたように、ぱっと優しい笑顔になる。


「うん。人を疑うのはよくないって、反省できたね?」

「は……はい。私が悪かったです。反省しています」

「わかってくれてよかった! もういい、気にしていないよ。許してやるさ」

「あ、ありがとう……」

「はは、いいって。でも、今後は気をつけてくれよ?」


 ドグス様はそう言って、幼い子を宥めるようにぽんぽんと頭を撫でてくれた。

 私は、胸の中の靄を、呑み込むことしかできなかった。


読んでくださってありがとうございます!!

本日は何度かに分けて投稿していきます!

ブクマなどしていただけると、とても嬉しいです!

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