第04話 夢を見つけられなかった僕
あの頃のことを、今でもはっきりと覚えている。
行き先もなく、夜に意味を見いだせなかった日々。
頭の中にはいつも声が響いていた――始まりはあっても、終わりのない世界。
あの夢のない夜を、昨日のことのように思い出す。
◇◆◇◆
黒川さんの荷物を自分の部屋まで運び終えた頃、ようやく一息つけた。
彼女は今、台所で夕食の準備をしていて、その間に僕は彼女の荷物を整理していた。
悪くない取引だった。部屋も片付いたし... 、彼女からの文句も、僕からの不満も、これでなくなるはずだ。
実際、残っていた荷物はそう多くなかった。
すべての荷物を空いていた部屋に移し終えてから、僕は台所へ向かった。そこに、彼女がいるはずだった。
彼女の私物を勝手に覗いたりはしなかった。
そういうのはプライベートなことだし、僕が踏み込むべき領域じゃない。
――けれど、SNSのプロフィールだけは見てしまった。
あの事件の後、彼女は何も投稿していなかった。
理不尽な批判を受けた人が、逆に加害者に個人情報を晒されることがある――そんな話を聞いたことがある。
ネット上の攻防を何度か目にしたこともあり、自分も巻き込まれるんじゃないかと、正直怖かった。
でも、今のところは大丈夫みたいだ。
彼女を巡る騒動は、大事には至らなかったようで、正直ほっとしている。
むしろ批判していた人たちの多くが謝罪し、応援する人も増えていった。
彼女の小説は注目され、読者も一気に増えた。
今では、1日2,000以上のアクセスがあり、日間ランキングのトップ10に入ろうとしている。
……けれど、本人はそのことをまるで気にしていないように見えた。いや、気にしていないふりをしているだけかもしれない。
「なんだか、自分だけがこの小説を知っていた頃の方が、特別だった気がするな……」
僕はスマホで彼女の最新話を読みながら、ふとつぶやいた。
彼女の小説は、有名になった。
それでも、僕と小説を書きたいという気持ちは残っているんだろうか。
分からない。
でも、もしもうそう思っていないのなら――きっと、ここにはいないはずだ。
もちろん、単に僕に助けられたからという理由だけでここにいるのかもしれないけど。
ただ、もし彼女が僕に気を遣って、無理して小説を書こうとしているのなら、それは違う。
そんな状態では、自分の本心や、本当の情熱を込めることなんてできない。
……今は、彼女がどう思っているのか分からない。
でも、そのうちちゃんと聞いてみよう。
今は、これでいい。そう思いながら、僕は空っぽに近い部屋を出て、台所へ向かった。
そこに、黒川さんがいた。
「テーブルに座ってて。もうすぐ夕食できるから。それと……荷物、運ぶの手伝ってくれてありがとう」
彼女は皿を洗いながら、僕にそう言った。
「えっ? ああ、いや……たいしたことじゃないよ。それも約束の一つだったしね」
彼女は真剣な表情でこっちを見ず、黙々と手を動かしていた。
「ねえ……ちょっと、聞いてもいい?」
「……なに?」
彼女は振り返らずに答えた。
僕は彼女のそばへ歩み寄り、真剣な眼差しで問いかけた。
「読者が増えた今でも……まだ、僕と一緒に小説を書きたいって思ってる?」
彼女はゆっくりと顔を上げて、僕の目をじっと見た。どうやら、この問いが気になったらしい。
「もう一緒に小説を書きたくないっていうなら……いいよ。私、ここから出て行くから」
そう言い残して、彼女は自分の部屋へ向かおうとした。
――しまった。僕はとっさに手を伸ばして、彼女を引き止めた。
もしかしたら、僕の意図とは違う意味に受け取られたのかもしれない。
まだ間に合う。ちゃんと伝えなければ。
「違うんだ。そういう意味じゃない。ただ……もう一緒に小説を書きたいって気持ちが、君の中で消えてしまったのかなって思ったんだ。もしかすると、欲しかったのは『アクセス数』や『注目』だったのかもしれないって――」
「違うよ。アクセス数が増えたからって、それが私にとってのすべてじゃない。もしかしたら、ちゃんと伝えられてなかったのかもしれないけど……私も『完璧な小説』を作りたいと思ってるの。すべてを揺るがすような、最高の物語を」
その言葉は、まるで僕の思いそのものだった。
彼女はじっと僕を見つめながら、続けた。
「ねえ、和泉君。もし本当にやる気がなかったり、無理をしてるだけだったら……私、今ここにいないでしょ?」
その通りだった。核心を突かれた気がした。
それでも、僕は可能性のひとつとして考えてしまっていた。誤解を与えたことを謝らなければ。
「ごめん。深く考えずに言ってしまった。そんなふうに受け取られるなんて思ってなかったんだ」
「許さないから。――代わりに一つだけ…質問に答えてくれたら許してあげる。簡単なことだから」
なんとなく、彼女が僕に興味を持っているのが分かった。
一体どんな質問なんだろう。
「いいよ。けど、あまり長い話は苦手だから、手短にしてくれ」
「うん。聞きづらいんだけど……和泉君が『完璧な小説』を書きたいと思ってる理由は? そして、どうしてそれを『私と』やろうとしてるの?」
「……君と同じ理由だよ。完璧なものを作りたい――その想いは、僕たちに共通してる。君にとってそれが目標なら、僕にとってもそうだ。ただ……僕の場合、それは『最初から望んでたもの』ってわけじゃないけどね」
彼女の目が、一瞬だけ驚いたように見開かれた。
まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってなかったのかもしれない。
「……そういうことか。それが私たちの『違い』なんだね」
僕は静かにうなずいた。
そのあとは、しばらく静かな時間が流れた。
沈黙は心地よく、お互いに何も言葉を交わさなくても、どこか穏やかな空気がそこにあった。
そして、やがて夕食の時間が来た。
僕は自分の部屋で課題をしていたけれど、なぜか集中できなかった。
さっきの会話が頭の中で何度も繰り返されていた。
「……やっぱり、少し言いすぎたかな。きっと怒ってるよな……あとで謝ろう」
そんなことをつぶやいていた時、キッチンから彼女の声が聞こえた。
「和泉君、ごはんできたよー」
「うん、すぐ行く」
僕は机から立ち上がり、キッチンへ向かった。
テーブルにはすでに料理が並べられていて、彼女も椅子に座ろうとしていた。
しかし、自分の部屋のドアを出ようとした瞬間、ふと足元に気づいた。
――扉の前の床に、赤いインクで描かれた半円がある。
ここまでしか入っちゃダメ」と言われているような線だった。
気になって、彼女の部屋のドアを見てみた。
そこにも同じような半円の印がついていた。
――そういえば、前に言ってたっけ。
「何かあったときのために、一定の距離は保とう」って。
あれが僕たちのルールなら、何も問題はないはずだ。
カレーを一口、また一口と静かに食べ進める。
しばらくのあいだ、僕は黙っていた。
先に口を開いたのは、彼女だった。最初のひと口を飲み込んだあと、気軽な調子で尋ねてくる。
「……どう? 味は」
その目はどこか気だるげで、特別な反応を求めているようには見えなかった。
でも、僕はその問いに真剣に向き合った。
そして、小さくうなずく。
「美味しいよ。……それと、さっきのこと……謝りたくて」
彼女はカレーを口に運びながら、こちらを一度も見ずに答える。
「何を謝るの?」
「……いや、さっき言ったこと……そのことなんだけど……」
……………
彼女の手は止まらない。
まるで、僕の言葉なんて聞こえていないかのように。
そして、目を合わせることなく、淡々と口を開いた。
「謝る必要なんてある? 別に悪いこと言ったわけじゃないでしょ? 忘れなよ、そんなの。……それより、皿洗いはお願いね。ごちそうさま」
そう言って彼女――黒川真希
は椅子を立ち、自分の部屋へと戻っていった。
そのときの彼女の表情は、少しだけ怖かった。
――女の人って、みんなあんなに迫力あるのかな……
はぁ……余計に気まずくなった気がする。
このままじゃダメだ。どうにかして、また自然な空気に戻さなきゃ。
まずは、やるべきことをやろう。
僕は彼女の皿を手に取り、キッチンへと向かった。
部屋に静寂が戻るなか、唯一聞こえるのは水が流れる音と、どこかで箱を開ける音。
そんな音に包まれながら、僕は黙々と皿を洗い続けた。
そのあいだ、頭の中ではずっと、何を言えばいいか、何度も何度もシミュレーションしていた。
……でも、ふと思う。
どうして僕は、ここまで気を使ってるんだろう?
小説を書くために、変に仲良くなろうとしてるだけなのかもしれない。
けど、そこまで無理をする必要って、本当にあるのかな……
それでも、もう決めたことだ。
後戻りはしない。
洗い物を終えた僕は、《黒川》の部屋の前に立った。
中では彼女が荷物の整理をしていた。
空っぽだった引き出しの中に、少しずつ衣類や私物が収まっていく。
そして、ある箱を開けた瞬間――彼女の手が止まった。
ゆっくりと中から何かを取り出そうとしている。
その表情は、どこか寂しげだった。
その「何か」が何なのか知る前に、思わず声をかけていた。
「……手伝おうか?」
彼女は顔を上げて、いつもの表情に戻った。
「ううん。もう十分やってもらったから、大丈夫だよ」
声はしっかりしていた。
でも、僕は引き下がらなかった。
「いいって。全然気にしてないし……それに、さっきのこともあるから。謝罪のつもりでもあるんだ」
彼女はふっと息を漏らし、しばらく黙ったあと、小さくうなずいた。
「……今回だけよ。それでいい?」
「うん。で、どこから手伝えばいい?」
彼女は床から立ち上がり、さっきまで見ていた箱を指さした。
「ちょっとお手洗い行ってくるね。その間に、その箱の中身を全部出しておいて。使えないものも入ってるから」
僕はうなずき、彼女が部屋を出ていくのを見送った。
そのあと、床に座り込み、ふとした好奇心から軽く小説の山の上に置かれていた額縁を裏返した。
――それは、家族写真だった。
白いドレスの黒髪女性、黒いスーツの男性、その間に立って無邪気に笑う小さな女の子。
緊張感のある、上品な雰囲気。まるで名家の一枚とでも言うような写真。
よく見ると、その女の子は……黒川さんだった。
面影がくっきり残っている。たぶん一人っ子だろう。
他にもいくつか物が入っていたけれど、この写真が特に印象的だった。
たしか、彼女の両親は小説を書くことを許していなかった――そんな話を思い出した。
……どうして?
理由までは聞かなかったけれど、ふと、あのとき電話で堂々と話していた彼女の表情を思い出して、少しだけ微笑んだ。
明日から、いよいよ二人で小説の企画を始めよう。アイデアはたくさん必要になるけど……
僕なら、アニメや漫画、小説もたくさん読んできたし、何が「ウケる」のかもなんとなくわかる。
――でも、それはまたあとで考えよう。今は彼女の荷解きを手伝うのが先だ。
しばらくして、彼女が部屋に戻ってきた。
その少し前、僕は箱の中から少し変わったものを見つけていた。
焦げ跡のある、大きなノート。
ちょうどそれを引っ張り出そうとした瞬間だった――
「それ、ちょうだい。開けないでね」
その声は冷たく、わざとそうしているようだった。
まるで、そう言い慣れているかのように。
「……大事なものなのか?」と尋ねながら、そっと手渡す。
彼女はそれを受け取り、少しの沈黙のあと、表情を変えずに答えた。
「……小説よ。だけど、これは絶対に読ませない。何があってものよ」
「わかったよ。読まないから。……ところで小説の話だけど、荷物の整理が終わったら、そろそろ二人の企画も始めない?」
「今からでもいいわ。こっちは後でやるか、明日に回す」
その即答ぶりに、僕も素直にうなずいた。
「そう言うなら、いいけどさ」
そう言って僕は立ち上がり、部屋を出ようとした――そのとき。
「言い忘れてたわ。あの赤い線、私の許可なしに二度と越えないで。……さもないと、あなたの嫌がることをするかのよ?」
「……いや、脅す必要なんてないだろ。ただ『入るな』って言えば、それで十分なんだ。理由があってもなくてもさ」
そんなやり取りのあと、僕たちはまたリビングのテーブルに向かい合って座った。
……でも、その前にひとつ、気になることを思い出した。
自分の部屋の片隅に、まだ片づけていないスペースがあった。
そこには、かつて僕が書こうとして――そして途中で諦めた、小説の企画ノートが詰まっていた。
僕が部屋の中を行ったり来たりして片づけをしていると、彼女がふと僕の部屋を覗きに来た。
静かに、けれども興味深そうに近づいてくる。
彼女の視線が捉えたのは、書類で埋め尽くされた机だった。
ざっと見ても四十枚はある。それ以上かもしれない。床にも何枚か散らばっていた。
僕はそのとき、彼女の存在にまったく気づいていなかった。
だから、彼女の声が聞こえた瞬間、少し驚いた。
机の前に座り、小さなメモに囲まれていた僕に、彼女が問いかける。
「ここ、何の部屋? こんな状態で暮らすの、結構きつくない?」
その口調は、いつも通り落ち着いていた。
「……あれ? 自分の部屋の『赤い線』は越えちゃダメって言ってなかった?」
「今回だけ特別。あなたも、私の部屋に入ったでしょ?」
……確かに。言い返せなかった。だから、素直にうなずく。
「……まあ、いいか。一回だけなら、ね」
彼女は机の上に貼られているメモ――いわゆる『動機付けメッセージ』に目を通した。
「へぇ、こういうの私もやってた。……でも、もうちょっと整理してたけどね」
その一言が少し胸に刺さった。やっぱり、僕の部屋は散らかりすぎていたか。
「男の部屋なんて、そんなもんさ。……って言いたいところだけど、一応、それを正当化する言葉がある」
「正当化する『言葉』? 何それ」
「『完璧は混沌の中にはない。でも時には、秩序の外に答えがある』」
ちょっと得意げに言ってみた。
「……何それ、随分と自信満々ね。……ま、いいけど。私はリビングで待ってるわ」
「了解。すぐ行く」
そうして彼女はリビングへ向かい、僕は部屋の片づけを再開した。
必要なものをまとめ終え、リビングへ行くと、彼女はスマホを見ながら静かに座っていた。
僕の姿を見ると、スマホを横に置き、少しだけ姿勢を正す。まるで、この家の住人ではない『お客さん』みたいに、少しだけ遠慮がちな雰囲気を見せていた。
「準備完了。とりあえず、今はこれだけ持ってきた」
僕の手には、ノート、六枚の紙、そして二本のペンがあった。
それを見た彼女は、興味ありげな顔を見せながら尋ねた。
「それ……何に使うの?」
「うん、これは準備運動みたいなもの。まずは、どんな雰囲気や世界観が好きかを整理するための道具」
「へぇ……そういうこと。なんか、違うものかと思ったわ」
僕はリビングの中央にあるローテーブルに向かって歩く。
「違うって、何と?」
「……契約書とか、そういうの」
なるほど、すぐに察した。要は、正式に『共同執筆契約』でも交わすのかって意味だろう。
僕としては、そこまで堅苦しいことをするつもりはなかったけれど、彼女が望むなら、それも検討すべきだ。
「契約はあとでいい。今は作業に集中しよう」
彼女は冷静にうなずき、腕を組んでこう言った。
「で? 最初は何をすればいいの?」
僕は彼女の前に一枚の紙をすっと滑らせた。
「まずは、自分が得意だと思うジャンルやストーリーを書いてみて。いくつでもいいから。君が書いてる間に、僕も自分の得意分野を書き出す」
「了解。やってみる」
彼女がペンを手に取り、書き始めたその時――僕は、ひとつ大事なことを思い出した。
「あ、言い忘れてた。得意な順に上から書いて。つまり、好きで得意なものから、あまり得意じゃないものへ」
彼女は一瞬だけ顔を上げ、そしてまた視線を下ろして、小さく「わかった」と答えた。
そうして、彼女は数分間、黙ってペンを走らせていた。
やがて手を止め、丁寧に紙をテーブルの上に置いた。
僕も書き終え、同じように紙を整えて並べた。
彼女の紙を手に取りながら、自分のを差し出す。
「似たような好みがあるか、見てみようか」
彼女はそっと僕の紙を受け取り、ほぼ同時に、お互いのリストを読み始めた。
まず、彼女のリストが目に入る。
• 学園×恋愛×現代
• 学園×日常系×異世界
• 学園×恋愛×BL
• 異世界×ファンタジー×コメディ
• ファンタジー×恋愛×SF
まだ一部しか書いていないけれど、十分だった。
僕のリストとかなり似ていた。ただ、三つだけ大きな違いがあった。BL、SF、そして日常系。
どれも、僕があまり得意としていない分野だった。
とはいえ、上位二つはほぼ一致している。
「共通点があるなら、『二番目に得意なジャンル』を軸にしよう」
「『二番目』? なんで一番得意なジャンルじゃないの?」
彼女は紙を見つめたまま尋ねてきた。
「まだお互いの書き方を知らないからね。どっちかの得意分野に偏ると、片方が置いていかれるかもしれない。だから、二番目ぐらいがちょうどいいバランスになると思って」
彼女は少し考えるように視線を落とし、やがて小さくうなずいた。
「……理にかなってる。わかった。じゃあ、『学園・日常系・異世界』で始めるのね」
「でも、それだけだと読者にはちょっと退屈に思われるかもしれない。もし、何か別の要素を加えたいなら、遠慮なく言って」
彼女はこちらをじっと見てから――口を開いた。
「じゃあ……BLはどう?」
「えっ……黒川さん、それはちょっと……いや、確かに『何でもいい』って言ったけど、さすがにそれはノーで」
「じゃあ……ファンタジーは?」
何を考えてるんだ、黒川さん……。
「異世界が舞台なら、ファンタジー要素はすでに含まれてると思うんだけど……わざわざ強調する必要ある?」
彼女は少しだけ考え、すぐに折れた。
「……わかった、わかった。じゃあ……恋愛はどう? 今、結構人気あるジャンルだし」
「それはいいと思う。恋愛がメインじゃなくても、物語を動かすキーになりうるし。とりあえず、今日はここまでにしよう。残りは明日。今考えてる物語のアイデアを紙の残りに書いておいて。僕もそうするから」
僕は大きく伸びをし、軽くあくびをした。
「明日、アイデアをまとめてスタートしよう。今日は早く寝たいんだ。……じゃあ、おやすみ」
僕は立ち上がって部屋を出ようとした。彼女はその場に立ったまま、少し戸惑ったような表情を浮かべていた。
「……あ、そうだ。寝る前に電気、消しておいてね」
そう言って振り返ると、彼女も自分の部屋へ歩き出していた。
「うん、わかった」
彼女の返事を聞きながら、ドアを閉めた。
さて――ドアを閉めた時点で、僕のやるべきことは決まっていた。
今日書いた分を投稿しなければ。
机に向かって座り、引き出しから二枚の紙を取り出す。
次の章に向けて、使えそうな案とボツ案をいくつか書き出してみた。
今回の章はもう完成しているし、次回の冒頭も少し進めてある。
けれど、夜も遅いというのに、僕の手は止まらなかった。
……結局、さっき自分で言った時間には寝なかった。
気づくと時計は午前0時を回っていた。布団に倒れこむと、そのまま眠りに落ちた。