第31話 正体露見
今日はやることが多い。あの話を早く終わらせないといけない。納得できる結末を見つける必要がある。
作者が「もうこの話を続ける価値がない」と感じた時、それは間違いなく大きな問題の一つだ。
そうなると、選択肢は二つしかない。更新を止めるか、すべての伏線を回収して終わらせるか。
今回は後者だ。中途半端に投げ出すタイプじゃない。
今日は一日かけて、ハッピーエンドを探すつもりだ。もちろん、黒川さんや坂本さんと話さないといけないこともある。
それは後でいい。今は普通に授業に出よう。
教室に着くと、二人はまだ来ていなかった。
「ちっ……あの二人、どこ行ったんだ」
独り言が漏れる。
すると黒川さんが何事もなかったように現れた。それでも、こちらを見た瞬間、顔が赤くなる。
あの二人の間に何かあったのか?いや、違うな。たぶん別のことで照れてるだけだ。
……………
昼休みになり、彼女のところへ向かった。あの様子を見てから、ずっと気になっていた。
今はだいぶ落ち着いている。いつもなら一緒にいるはずの坂本さんの姿はない。
「何かあったのか、二人の間に?」弁当を出しながら聞いた。
「あなたには関係ないわ。彼女、今日は一緒に食べないって」
やっぱり何かあったらしい。問題は、それを教えてくれないことだ。
「理由、聞いてもいいか?喧嘩したとか?」
彼女は笑いもせず、軽く首を振る。
「喧嘩ってほどじゃないわ。ただ少し揉めただけ」
これ以上は聞かない。どうせ答えないだろう。
「早く仲直りできるといいな」
「……バカ。まあいいわ、食べる場所探すよ」
うなずく。腹も減ってるし、これ以上時間を無駄にしたくない。
結局、人の少ない屋上に行くことにした。
日差しの下、ぽつんと置かれたベンチに二人で座る。
幸い、今日はそこまで暑くない。
彼女は少し距離を空けて隣に座り、弁当を食べながら口を開いた。
「ねえ、和泉くん。さっき、誰とも付き合う気はないって言ってたよね。少なくとも今は。だから一つ聞きたいんだけど」
こんなタイミングでか……?
「何を聞きたいんだ?」
彼女は息を吸い込み、何かを決めたように言った。
「好きな人、いるの?」
まさかそんな質問が来るとは思わなかった。
でも、来たか。避けたかった話題が。
「いると思う。でも、まだはっきりしない。ヒントを出すなら……坂本さんじゃない」
ストレートすぎたか、彼女の顔が一気に赤くなる。
「バカバカバカ!そんな言い方する!?」
近づいてきて、背中をポカポカ叩いてくる。全然痛くない。
「おい、急にどうした。お前のことだなんて一言も言ってないぞ」
「せめて彼女のことも考えてやれよ。ほら……付き合うとかさ」
「坂本さんと付き合うって……?」
そういえば、最近の彼女はどこかおかしかった。自分たちのことを話す前から、妙に様子が変だった。
もし彼女が俺に好意を持っているとしても、応えることはできない。正直に言って……それは難しい。
「それはいい案じゃないな。好きでもないのに付き合うのは無理だし、正直、現実的じゃない」
それに今、頭を占めているのは……物語のことだ。
「話は変わるけど、次の小説を始めないとな。今回はお前の番だ。もう何か考えてるのか?」
「今回はちゃんと準備しないと。前は打ち合わせ不足で失敗した気がする。ただ書いて、直してを繰り返してただけだったから」
「その話は後でゆっくりしよう。とりあえず、どんな話にするつもりなんだ?」
彼女はしばらく考え込んだ。
「もう決めてある」彼女は迷いなく言った。
「いいけど……どんな話だ? 前に見せてくれたやつか?」
「うん。この前見せたでしょ。子供の頃に書いた話。どう思う?」
確かにアイデアはいい。でも、あれはまだ土台だけだ。自由度は高いが、その先はまだ見えない。
「どうやって続けるつもりなんだ?……いや、その話は後でいい。今は、どう展開させるか考えてみてくれ」
彼女の目が、見たことのない感情で輝いた。そして、いつの間にか見慣れつつある笑顔でうなずいた。
「うん、頑張る」
あんな笑顔は反則だ。間違いなく、心を持っていかれる。
いや、違う……そんなこと考えるべきじゃない。きっとおかしくなってる。あの変な夢のせいで――
「なあ、黒川さん……お前、キスしたことあるか?」
どう考えても、今する質問じゃない。
「ちょっと……何言ってるの? 付き合ったこともないのに、あるわけないでしょ……って、まだあの夢のこと考えてるの?」
図星だった。でも、彼女も同じように顔を赤くしていた。
「まあ……そういうことだ」
「ふーん……じゃあ、あなたもしたことないんでしょ?」
「……ああ、ない。でも、いつかはしてみたいとは思う」
顔を向けると、目が合った。それだけで心臓がうるさくなる。
思わず、彼女の唇に目がいった。柔らかそうで、わずかに湿っていて……それだけで妙に意識してしまう。
彼女はその空気を壊さないように、ゆっくり距離を詰めながら口を開いた。
「ねえ……もしよかったら、私たち――」
その言葉は、昼休みの終わりを告げるチャイムに遮られた。
張り詰めていた空気が、一気にほどける。
「私……ごめん、もう行かなきゃ」
慌てたように立ち上がり、そのまま走り去っていった。
それでも――あんなふうに顔を赤くして逃げる姿を見たせいで、心臓の高鳴りは収まらない。
なんでよりにもよって、あいつなんだよ……たまにはずるいぞ。
それに……こんなこと、滅多にないはずなのに。
間違いなく、その言葉は自分自身に向けたものだった。
もしかしたら、真夜や母さんにあんなことを言わなければ……何も起きなかったのかもしれない。
まあ……全部気のせいかもしれない。遅くならないうちに教室に戻るか。
他に選択肢はない。授業をサボるのは俺の性分じゃない。
教室に向かう途中、不意に誰かに目を覆われた。
「誰だか当ててみて〜♡」 耳元で柔らかい声がした。
もちろん、誰かはわかってるけど……
今、額にキスされた?
「坂本さん……何してるんだ……?」
彼女の顔は赤かった……でも、どこか様子がおかしい。何か言いたそうなのに、言えないような表情だった。
俺の前で立ち止まり、じっと見つめてくる。
「もうすぐ授業だぞ。どこ行ってたんだ?」
その一言で我に返ったのか、彼女ははっとして距離を取った。
「私、何してるんだろう……」自分に言い聞かせるように呟く。「ごめん……ちょっと気分が悪くて。先に行くね」
「坂本さん……待って――」
呼び止める間もなく、彼女は顔を伏せたまま足早に去っていった。
何か……様子がおかしい。
* * *
教室に戻ってからも、さっきのことが頭から離れなかった。
昨日は、明らかに距離が近すぎた……手を繋ごうとしてきたし、それに――
いろいろありすぎた。
どう考えても、彼女が俺に好意を持っている可能性は高い。
でも……あれがその場限りの演技だった可能性も、ゼロじゃない。
正直……どうすればいいのかわからない。
直接、聞くべきか?
「和泉慧翔、授業に集中しなさい」
最後の時間の担任の声だった。
「はい……すみません……」
前の席のやつが、意味ありげな笑みを浮かべていた。
まるで、何もかも見透かしているみたいな笑い方だった。
「また新作の構想でも練ってるんすか、Renji先生?」
その言葉は、久しぶりに聞く衝撃だった。
なんであいつが、俺が『Renji_Kamizato』だって知ってるんだ?
「おい、何の話だ……俺は和泉慧翔だ」そう言って、とぼけてみせる。
あいつは笑ったまま、前を向いた。
「とぼけなくていいっすよ。知ってるっすから。俺、何でも知ってるんで。この世界に降りてきた超絶神なんで」
いかにもふざけた、大げさな口調だった。そのまま一人で笑っている。
本人だって本気で言ってるわけじゃないだろうし、周りも相手にしていない。無視することにした。
でも……どうやって俺のことを知ったのかは気になる。
ただのハッタリかもしれない。でも、確信は持てない。
授業はいつも通り進んでいった。
けど俺にとっては……今日起きたことは、どれ一つとして普通じゃない。
いろいろありすぎる。
そして今……俺の正体を知っているかもしれない奴まで現れた。どう対処すればいいのかもわからない。
アイデアもなく、かつて好きだったのに今は続ける気も失せて、書くことすら億劫になった物語を無理やり続けている作家よりも――状況は最悪かもしれない。
まさか、こんなことになるなんて思わなかった。
それも……よりによって、こんな日に。




