第29話 二人と、ひとつの答え
彼女たちが向かいに座り、彼は俺の左隣に、子供みたいにはしゃぎながら座った。
「なあ、お前……えっと、慧翔だっけ?」と彼が小声で言う。
俺が顔を向けると、彼は何か大事なことを言うみたいに手で合図した。
「どうかした?」
彼はからかうように笑い、さらに声を潜めた。
「どっちと付き合ってるんだ?」
「……え?」
「とぼけんなよ。うちの妹か、それともあっちの子か」
最後の言葉で、彼の視線はキッチンで真昼ちゃんと一緒にいる黒川さんに向いた。
「どっちとも付き合ってないよ」
自然にそう答えた。
彼は残念そうな顔をしたが、すぐに食い下がる。
「じゃあ、どっちが好きなんだ? どっちかいるだろ」
「えっと……今は誰かと付き合いたいとは思ってないんだ。二人ともたぶん同じだと思うし、付き合ってる余裕ないくらい忙しいから」
「なあ、お前ほんと鈍いな。気づいてないみたいだけど……そのうちの一人はな……」
そのとき、真昼ちゃんの視線がこっちに向いた。しかも、はっきりと怖い。
「何二人でこそこそ話してるの?」
背筋が凍って、俺たちはすぐに首を振った。今なら彼の気持ちが少しわかる気がする。
「真昼」
宏に呼ばれて、彼女が振り返る。
さっきはちらっと見るだけだったのに、今は本気で何の用か気になっているみたいだった。
だが――
「頑張れよ、ちっちゃい妹。お前にはそっちの方が必要だ」
彼女は少し眉をひそめ、その意味を考えようとして――理解した瞬間、トマトみたいに真っ赤になりながらも、必死に平静を装った。
結局、しぶしぶうなずいた。
「二人で何の話してたの?」
宏は悪戯っぽく笑う。
「そのうち本人から聞けるって。楽しみにしてろ」
「お兄ちゃん、ちょっと黙ってくれない?!」
彼は黙ったが、真昼ちゃんをイラつかせるような笑みは消えなかった。
結局、残りの料理を運び終え、食べ始めた。
沈黙は心地よく、聞こえるのは食器の音だけだった。
食べ終わると、休む間もなく黒川さんが立ち上がり、真昼ちゃんと一緒に食器を流しへ運んだ。
「すごく美味しかったよ。特に天ぷらが最高だった」
「ありがとうございます」と黒川さん。「でも真昼ちゃんも半分作ってるから、そっちも褒めてあげて」
「ありがとう、坂本さん。美味しかったよ」
「い、いいよ……どうせ気に入ると思ってたし……」
「ん? 大丈夫? 声ちょっと震えてたけど」
「気にしないで、なんでもないから」
彼女はそう言って、それ以上は聞かせてくれなかった。
仕方なく諦める。……でもやっぱり気になる。
そのとき、スマホに通知が来た。黒川さんからのメッセージだった。
[明日、文芸部の誰かに小説の感想、聞いてきてほしい]
なかなか無茶なお願いだ。あそこに知り合いなんて一人もいない。
[自分で聞きに行けばいいじゃん。黒川さん人気だし、断る人いないよ]
すぐには返事が来なかった。忙しいみたいだ。でも、そのうち返してくると思った。
やっぱり。
[あなたが行くの。決まり]
顔を上げると、彼女の目は……明らかに見下すような目つきだった。
背筋に冷たいものが走る。
[わかったよ。行けばいいんだろ]と急いで送った。
メッセージを読むと、彼女の表情はすぐにいつものものに戻った。
それで、空気も元通りになった。
いつの間にか夕暮れが近づき、帰る時間になった。
玄関先で三人、少し立ち話をする。
「あ、そういえば……お兄さんは?」
さっきまで彼女の隣にいたのに、もういないことに今さら気づいた。
「あの人はいつもそう。部屋にこもりっぱなしで、母さんも私も何してるのかさっぱりわからないの」
こもりっぱなし……中で何してるんだろう。
「じゃあ、真昼ちゃん、おやすみ」
彼女がうなずく。
「また明日ね、真希ちゃん、和泉くん」
大きな笑顔で手を振った。
「また明日、坂本さん」
こうして一日が終わった。 結局……思ってたより面白い一日だった。
家に帰る道すがら、最近のことを黒川さんと話さないといけない。
でもその前に――
黒川さんは少し離れて歩き、スマホに集中していて、俺を無視しているみたいだった。
説明してもらわないと。
「坂本さんのこと、相当大事に思ってるんだな。尾行までして」
彼女の目が見開かれる。
「き、気づいてたの……ただ、ちゃんとやってるか見てただけで、それだけ……」
今だ。
「本当にそれだけか?」
「嫉妬してたの。あんたたち、デートみたいだったし……私、友達と出かけたことすらないのに」
突然の告白に、言葉が出なかった。
顔を赤くしながらも、はっきりそう言った。
「今度、二人で出かけないか。俺たちも友達だろ」
軽い感じで言ってみた。
「いいよ」彼女は平静を装って答えた。「それに、小説の参考にもなるし」
らしいと言えばらしい考え方だ。
「そうだな。じゃあ来週あたりどうだ?」
彼女は迷いなくうなずいた。
「うん。楽しみにしてる」




