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第28話 全部、俺の責任だ

「作者」が、自分の物語が以前よりも落ちていることに気づいてくれるよう願いながら、コメントを読み進めた。


[@Vn2k

「どうしたんですか? 前よりかなり出来が悪いですよ。自分の話に飽きて、適当に書いてるんですか?」]


 そういうコメントが多かった。

 多すぎた。


 その中で、ひとつだけどうしても気になるものがあった。


[@M_Y_K

「気にしないでください、先生。また戻るまで応援してます。そして戻ってきたときは……驚かせてくださいね」]


 ……応援コメントだ。


 だけど――


 どうして、その名前なんだ?


 確か、海外では頭文字の間に“Y”を入れるのには意味があると聞いたことがある。


 ひとつは、好意を伝えたいとき。

 もうひとつは、付き合っているとき。


 ……ただの偶然かもしれないけど。


 深く考えることでもないか。


「え……坂本さん、いつから読んでたの?」


「……えへへ、バレちゃった。あのコメント、私が書いたんだ。言わなくてごめんね」


 ……そういうことか。


 つまり彼女は、戻れるって信じてくれてたんだ。


「ありがとう、真昼……あっ、いや、坂本さん」


 その瞬間、彼女の顔が一気に赤くなった。


 隠しきれない照れを、視線を逸らして誤魔化そうとしている。


「ううん……むしろ、名前で呼んでくれて嬉しいよ。初めてだし」


「え……」


 ……ああ。


 ひとつ、わかった気がする。


「書くべきことが、見えた気がする」


 点と点がつながっていく。


「大事なこと、見落としてた……なんでこんな大事なこと、忘れてたんだろう?」


「……ん? なんで急に?」


 答えずにスマホを取り出し、そのまま書き始めた。


 指が止まらない。


 やることが多すぎる。

 直さなきゃいけないところも。


 気づけば――


 坂本さんがそっと、俺の髪を撫でていた。


「よかったね、慧翔けいとくん……これで対等だね。名前で呼び合うの、嫌じゃないよ」


 声が柔らかい。

 すごく、温かい。


「坂本さん……お願いがあるんだけど」


「……うん。なに?」


「絵、描いてほしい。できる?」


 彼女は迷わずうなずいた。


 その表情が一変する。

 真剣な目だった。


 すぐに描き始める。

 迷いはない。


 その間も、俺は書き続けた。


 早く。

 必死に。


 次から次へと、言葉が浮かんでくる。


 全部は直せないかもしれない。


 それでも――

 ここからなら、やり直せる。


 ようやくわかった。


 無駄な日常描写に、ずっと縛られていただけだった。


 話が進まない。

 キャラも成長しない。


 ……ほんと、馬鹿だ。


「くそっ……」


 気づけば、かなり時間が経っていた。


 二人とも集中していた。

 それぞれ、自分の作業に。


 そして少しずつ――


 自分で作った意味のないループから、抜け出せそうだった。


「お前ら……何やってんの?」


 その声が、静けさを破る。


「え? あ……俺、書いてた」 「私も、和泉くんに頼まれて描いてた」


「真昼ちゃん、それ後でにしてよ。私だけ置いてかないで」


 坂本さんがゆっくり振り返る。


 その目は、何かを訴えていた。

 柔らかいのに……目が離せない。


 黒川さんは小さくため息をついた。


 もう逃げられないと、わかっているみたいに。


「いいよ……でも、貸しね」


「うん!」


 坂本さんは元気よくうなずいた。


 黒川さんは背を向ける。


「手伝ってあげたほうがいいよ。そのほうが早く終わるし……その後で、ちゃんと描けるでしょ」


 坂本さんは一瞬だけ迷った。


 それから、丁寧にデータを保存する。


「頑張ってね、和泉くん。ちゃんと終わらせて」


 俺はうなずいた。


 彼女は部屋を出ていった。


 そして、ようやく――


 静けさが戻る。


 書くには、ちょうどいい静けさだ。


「ありがとう、黒川さん」


 今なら……このまま書き続けられる。

 次から次へと、言葉が浮かんでくる。


 今夜公開する分のことだけ考えていた。


 ……でも、黒川さんにはちゃんと話しておくべきか。


 スマホを取り出し、LINEを送る。


 今は見ていないかもしれないが、あいつのことだ。すぐに気づくだろう。


 *


 数時間が経った。


 階下から料理のいい匂いが漂ってきて、部屋に広がる。


 戻ってきたときには、二人とも作業を終えていた。


 今は同じ部屋にいる。

 それぞれ、自分のことに集中していた。


「せっかくデートだったのに、なんでこうなるんだろうね……」


 坂本さんが、落ち込んだ声でつぶやく。


「私はたまたま通りかかっただけなんだけど……気づいたら巻き込まれてた」


 黒川さんは軽くため息をつく。

 画面から目を離さずに続けた。


「でも、来てよかった。このままだったら、あの話、ずっと落ちていくだけだったし」


「悪い……急にこんなことになって。それに黒川さん……もっと早く気づくべきだった」


「気づけたなら、それでいいよ」


 黒川さんは落ち着いた声で言うと、手を差し出した。


「それで、新しいやつ見せて。直したほう」


「ああ……二人とも、読んでほしい」


 ファイルを送った。


 すぐに読み始めた。


 また静けさが戻る。だが今度は――

 集中した沈黙だった。


 重い。

 でも、生きてる。

 書き続けた。止まらずに。


 ───


「ふぅ……」


 坂本さんが満足そうに息をつく。

 ほぼ同時に、黒川さんも小さく笑った。


「できるとは思ってたけど……でも」


 少し顔を上げる。


「短時間で書きすぎじゃない?」


「真希ちゃん、そう思う? 私はちょうどいいと思うけど」


「それは後で話そう」

 スマホを置いて言う。


「今は……とにかく腹減った」


 坂本さんが固まる。

 視線を逸らす。


 そして何かを思い出したように、勢いよく立ち上がった。

「ごめん……ご飯できたって言いに来たのに……集中してて、忘れてた」


「私も言ったつもりだったけど」

 黒川さんが落ち着いた声で言う。

「二人とも集中してたし、後でいいかと思って」


「……じゃあ、悪いのは俺か」


 二人は無言でうなずいた。迷いなく。


「そうか……」


 小さくため息をつく。


「とりあえず、ここまでにしよう。食べに行く」


 *


 三人で階段を降りる。

 二人が前で、俺は後ろ。


 だがリビングに入った瞬間――

 坂本さんが飛び出した。


 表情が一変する。完全に怒っていた。


「お兄ちゃん……バカ! なんで私たちのご飯食べてるの!?」


 迷わず耳を引っ張る。

 男は肉の塊をくわえたまま、まともに反応できない。


「いてててっ! 痛いって!」


 叫んだ拍子に、肉を落とした。


「なんでお兄ちゃんにだけこんなことするの~? いつもそう……」


(……俺だけじゃないって、どう説明すればいいんだ)


 言い終わる前に――


 男は俺たちを見た。

 最初は驚き、次に……ニヤリと笑う。


「ほーう……そういうことか。つまりこれは三人で――」


「いっ!」


 乾いた音が響く。


 坂本さんは真っ赤な顔で、殴っていた。


「変なこと言わないで。そんなに喋りたいなら、自分の部屋戻って」


(真昼はこんな感じじゃないよな……

 でも……まあ、坂本さんが特別扱いしてくれてるのはありがたいけど)


「真昼ちゃん……一緒に食べさせてあげたら?」


 黒川さんが落ち着いた声で言う。


「だって……お兄さんでしょ?」


「真希ちゃん……」


「そうそう。たまには妹の言うこと、聞いたほうがいいよ」


 男は腕を組んで笑う。


「友達の言うことくらい、素直に聞きなって」


 坂本さんは眉をひそめた。


 でも――

 仕方なく、うなずく。


「……わかった」


 他に選択肢はなさそうだった。


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