第27話 大切な人からの助け
「和泉くん、私も来たし……坂本さんの手伝いは私がやるね。いいでしょ?」
一応は確認するような言い方だったが、その声音にはどこか逆らえない圧があった。
それだけで、俺は素直にうなずいてしまう。
「和泉くんは、私の部屋で待ってて。二階の左だから」
「……わかった。そうする」
黒川さんの視線に押されるように、そう答えた。
(はあ……まあいいか。小説の続きを考える時間にはなるし)
二階へ上がると、ドアは二つ。片方は開いていて、もう片方は閉まっていた。
開いている方から物音が聞こえてきたので、そちらへ向かう。
「……え?」
中に、人がいた。二十歳くらいの男だ。目の下に隈があり、どこかだらしない雰囲気をしている。
「お前、誰だ……何の用だ?」
明らかに不機嫌そうだった。無理もない。逆の立場なら、俺だって同じ反応をする。
「坂本さんの……友達です」
「友達? あの冷たい女に?」
「俺だけじゃなくて、もう一人います」
「はあ!?」
(あの悪魔に……友達が……?)
「俺は坂本大志。まあ、よろしくな。それと――あいつを怒らせるなよ」
やけに偉そうな口調だった。
「ところで……坂本さんの弟さん、ですか?」
「わははは! わかるか? 似てるだろ? ……まあ、あいつが怒った時の顔以外はな」
「お兄ちゃん……和泉くんに何言ってるの?」
その声――間違いなかった。坂本さんだ。
「ま、真昼! 俺……もう行くわ。じゃあな、“坂本さんの友達”くん」
それ以上は何も言わず、彼は自分の部屋へ戻っていった。まるで死から逃げるような足取りだった。
「和泉くん……あそこにいてって言ったよね? なんであいつと話してたの?」
「悪い、そんなつもりじゃなかった。それより……黒川さんは?」
「……それは気にしなくていいよ。今、料理してるから。和泉くんがちゃんと部屋に着いたか、見に来ただけ。間に合ってよかった」
「そっか……じゃあ、部屋で待ってる」
「うん……ちょっとだけ待ってて。絶対、後悔させないから」
そう言われて、俺は彼女の部屋に入った。
……それにしても、なんであの兄貴は彼女のことを“悪魔”なんて呼ぶんだろう。
想像していたのとは違った。ピンクの部屋をイメージしていたけど……実際は淡いメロン色で、落ち着いた雰囲気だった。
座布団に腰を下ろす。
そのとき、ふと気づいた。机の上に……写真が置かれている。
手に取る。
そこには、一年の頃の坂本さんと俺が写っていた。出会ったばかりの、あの頃だ。
――入学式の日。
彼女は桜を見上げていた。まるで、空に何かを問いかけるように。
見なかったことにしようとした。
けど次の瞬間、彼女は俺の腕を――少し強引に――掴んできた。
……結局、ただネクタイを直してくれただけだったけど。
忘れられるわけがない。
最初はよそよそしかったのに、何度も顔を合わせるうちに、少しずつ話すようになっていった。
この写真を撮ったのは、出会って一週間くらい経った頃だろう。
つまり……ずっとここに置いてあったってことか。
…………
よし、今日の分も書くか。
ちゃんと進めないとな。
最近、プロットを考えているのは主に俺の方だ。
黒川さんは細かい修正を入れるだけで……あまり積極的に読もうとしていないように見える。
一方で、坂本さんは初めて読んだとき、心から嬉しそうにしていた。
……戻ったら、黒川さんとちゃんと話さないとな。
「なあ、和泉くん」
「――……」
振り返ると、そこに立っていたのは黒川さんだった。
表情はいつも通り落ち着いている。けれど、その目の奥には、普段とは違う何かが宿っていた。
――明らかな、不満。
「どうしたんだ、珍しいな。わざわざ俺に話しに来るなんて」
黒川さんは冷たい視線のまま歩み寄り、俺の一メートル手前で足を止めた。
「和泉くんの実力、落ちてるよ。最近の、正直つまらない」
「え……それは……」
……いや。
そうかもしれない。
俺自身、最近はあまり楽しめていないことに気づいていた。最初はあんなに夢中になっていたのに、話が進むにつれて……頭が固まっていくような感覚がある。
それでも――
なんで、今それを言うんだ?
「このままなら、読む価値ないと思う。私、やめるよ。それか……一人で書く。どっちにする?」
「言いたいことは、それだけ」
その言葉は――痛かった。
確かに、間違ってはいない。
それでも俺なりに、必死に面白くしようとしてきたつもりだった。
……届いていなかったらしい。
どうすればいい。
こんなこと、今までなかったのに。
どうして、今なんだ。
黒川さんはそれ以上何も言わず、背を向けて去っていった。
その背中が意味しているものは、一つだけだった。
――彼女は、疲れている。
同じものを見続けることが、ただ彼女を消耗させているだけなんだ。
このまま書き続ける前に、何か手を打たないといけない。
このままじゃ、ダメだ。
そう考え込んでいると――
坂本さんが現れた。
手にしたお盆には、小皿に載ったクッキーと、冷えたオレンジジュースが並んでいる。
優しく微笑みながら、髪をまとめ、暖かそうな服の上にピンクのエプロンをつけていた。
「さっき、真希ちゃんが出ていくの見たけど……何かあった?」
「ああ……小説のことだ」
坂本さんは、すぐに何かを察したようだった。
その笑顔が、わずかに曇る。
テーブルにクッキーを置きながら、少しだけ寂しそうに言った。
「最近ね、読者さんが少しずつ離れちゃってるの。最初は真希ちゃん、自分のせいだって思ってたみたいだけど……コメントを読んだら――」
彼女はスマホを取り出し、画面をこちらに向けた。
そこには、いくつものコメントが並んでいた。
数も多い。
そして、そのほとんどが――あまり良い内容ではなかった。
中には状況を理解しているような人もいた。
それでも、読み続けてくれている。




