第10話 二人の取り決め
黒川さんは……というより、俺たちは本当に厄介な状況に陥ってしまった。
彼女がそう言ったのも、無理はなかった。同棲していることを説明する、合理的な理由なんて他にない。真耶なら理解してくれるかもしれない……いや、してくれないかもしれない。結局のところ、彼女はまだ子供だ。
それに、彼女は俺が小説を書きたいという本心も知らない。そんな状態で説明しようとしたら、余計にややこしくなる。
ほんの数秒で、そんな結論に達した。
「お兄ちゃん、こんなにかわいい彼女ができたなんて、どうして教えてくれなかったの?」
黒川さんは一瞬で居心地悪そうにした。体が少し硬くなり、無理やり笑顔を作る――その笑みは、優しいというより……少し怖かった。
「言う暇がなかったんだ。それより、真耶、なんでここにいるんだ?」
俺はすぐに話題をそらし、黒川さんが返答に困らないようにした。
真耶はその質問を聞かなかったふりをした。部屋の中へさらに数歩入り、きょろきょろと驚いたように周りを見回す。だが、俺はそう簡単には引かなかった。
「母さんは、真耶がここにいること知ってるのか?」
真耶がゴクリと唾を飲んだ。額に小さな汗の光が浮かび、はっきりとわかる作り笑いで首を振った。
「ううん……お母さん、実は……」
彼女は指をもじもじと絡めたり離したりし始めた。よく知る仕草だ。嘘をついているときの、明白なサインだった。
「じゃあ、母さんは知らないんだな……なるほど」
俺は何も言わずにスマホを取り出し、実家の番号を押した。
真耶は俺が何をしているのか気づくと、素早く俺に飛びつき、スマホを奪おうとした。
「お兄ちゃん、ひどい! お母さんにバレたら、どうなっちゃうか想像もつかないよ!」
「…………」
彼女の哀願を無視しようとしたが、その執拗さにどんどんやりづらくなっていく。
電話は出なかった。何かで忙しいのかもしれない。それでも、俺はもう一度番号を押した。
すでに絶望的な表情の真耶は、大きく潤んだ目で黒川さんを見つめた。それはもう、必死の訴えだった。
「お姉ちゃん、お願い……お兄ちゃんを止めて」
黒川さんは躊躇した。表情に、助けるべきか否か、という葛藤がはっきりと浮かんでいた。真耶の懇願はますます強くなり、ついに黒川さんは小さくため息をつくと、こっちを向いた。
「和泉くん……彼女の話、まず聞いてみてもいいんじゃないかな……?」
俺はもう一度真耶を見た。彼女の目は、今にも涙がこぼれそうだった。
一瞬、自分がこの状況の悪役になったような気がした。実際には、黒川さんの気まずさをこれ以上増やさないようにしてただけなのに。
結局、二人からのプレッシャーに負けた。
俺は、状況に対しての、疲れたため息をついた。
「わかった……もうかけない。でもな、真耶、こんなこと二度とするなよ。母さんがどれだけ心配してるか、わかってるんだろう」
真耶は嬉しそうに小さく飛び跳ねると、考えもなしに俺と黒川さんの手を取って、少し回った。まるで何かを祝っているようだった。
黒川さんも俺も、硬直した。
彼女は明らかに動揺していて、顔が赤くなっていた。俺も同じなのか……いや、もっとひどいかもしれない。胸のあたりに、妙な熱がこもっているのを感じた。
「ありがとう、お兄ちゃん。ありがとう、お姉ちゃん。本当にお似合いのカップルだね」
その言葉には驚かされた。黒川さんは顔を隠し、俺を見ようとしなかった。
結局……彼女が言い出したことだ。
それでも、嫌だとは思わなかった―――。
真耶に、全部嘘だと言ってやろうかという衝動に駆られた。でも、今それを言えば、事態はさらに悪化するだけだ。
俺は真耶の手を離し、ほとんど反射的に黒川さんの手を取った。
「真耶、ちょっとここで待っててくれるか? 黒川さんと、このゴミ袋を捨ててこないと」
真耶が下を見た。1メートルも離れていないところに大きなゴミ袋があり、入り口の近くにはもっと小さい袋がいくつかあるのに気づいた。
彼女は数秒間、好奇心に満ちた目でそれらを眺め……そして笑った。
「手伝おうか? だって、二人とも私をかばってくれてるんだもん」
「ありがとう、真耶ちゃん。本当に助かる。まずは、そのゴミ袋の一つを下まで持っていってくれないかな? 和泉くんと話さなきゃいけないことがあって」
真耶は一瞬躊躇い、二人をちらりと見た。しかし、黒川さんの顔にはっきりと見える作り笑いを認めると、嬉しそうに引き受けた。
「わかった!」
黒川さんには、話し合いが必要だということがよくわかっていた。考えなしに話せば、すぐに矛盾が生じてしまう。真耶がゴミ袋の一つを持って部屋を出ると、空気が変わった。
沈黙が重くのしかかる。
黒川さんはキッチンへ歩き、片手をカウンターに置いてから口を開いた。
「もう、何を聞かれるかわかってる気がする。そして……『付き合ってる』って言う以外、他に思いつかなかったの。そうやって説明しても、真耶ちゃんには理解できないと思う」
その返答は、俺が想像していたより早かった。他に選択肢がなかったと知りつつも、自分のしたことを認めたくない人のように聞こえた。
それでも、それは俺の疑念を確信に変える助けにはなった。
「これから、どうやって知り合って、どうやって付き合い始めたのか、話を作らなきゃいけないってわかってるんだろうな」
それを聞いて、黒川さんの体がわずかに震えた。背筋に寒気が走ったかのようだったが、彼女の目は依然として冷たく、計算づくだった。
それだけで、何かが確定した。
「それについては考えてなかったみたいだな……?」
彼女は舌打ちし、俺から目を逸らした。これ以上明白な返答は必要なかった。
「とにかく……彼女が戻る前に、何て言うか考えないと」
黒川さんは手を顎に当て、真剣に考え込むように眉をひそめた。
「私に任せて。何とかなると思う。それに……言い出したのも私だから」
「…………わかった。任せるよ」
「ありがとう。それ以外のことについては……後で話そう」
俺は黙ってうなずいた。
残り少ない荷物を出すため、彼女の部屋に戻った。一番重い黒い袋は、まだ置いたままの場所にあった。
ちょうどその時、今度は困惑した表情の真耶がドアから再び現れた。
「二人だけの話、もう終わった?」
黒川さんはうなずいたが、彼女が返事をする前に、真耶が続けた。
「ところで……付き合ってるのに、どうして苗字で呼び合ってるの? それって変じゃない?」
胃のあたりが少し締めつけられる思いがした。
その質問……想定外だった。
黒川さんは平静を保った。姿勢はしっかりしていたが、内心では必死で答えを探っているに違いない。
「付き合い始めたばかりだから、まだそこまで踏み込めてないの」
真耶はがっかりしたように二人を見た。まるで、もっと何かを期待しているかのように。あたかも、その一線を越えるようせかしているかのように。
黒川さんと俺は一瞬、顔を見合わせた。
そして、うなずいた。
「もし君がそう望むなら……やってみてもいいと思う」
真耶の反応は即座だった。
「やった!」
黒川さんの、意外にも甘ったるい返答に、彼女は嬉しそうに跳びはねた。最初からこれを待っていたかのように。
「じゃあ……私も同意するわ。慧翔くん」
黒川さんの顔――いや、真希さんの顔が、真っ赤になった。彼女が俺の名前を呼ぶその口調……危険なほどに可愛く見えた。
「ほ、ほら……真希さんも同意してくれたみたいだ……」
彼女は口を開いたが、声は出てこない。その表情は、恥ずかしさと静かな抗議がはっきりと混ざり合っていた。
「うん、これでずっといい。やっと本当のカップルみたい」
真耶の輝くような笑顔は、『私たちの関係』について話した瞬間から、彼女がこれを望んでいたことを明らかにしていた。
間違いなく、これはとても気まずくなる。
早く帰ってくれないかな……心から息ができるように。
「さて、片付けを続ける時間よ。真耶ちゃん、こっちおいで。何をすればいいか教えてあげる」
「は〜い!」




