表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

こちらは黒潮テレビから

作者: イチジク

黒潮テレビからの臨時ニュース


こちらは黒潮テレビからの臨時ニュースです。

深夜零時二十三分、県内全域にて大規模な通信障害が発生し、現在も復旧のめどは立っておりません。

また、同時刻に目撃情報が相次いで寄せられています。

「顔のない人々が、水の上を歩き、こちらを見つめている」

と。


現在のところ、被害の報告はありませんが、不要不急の外出は控え、戸締まりを徹底してください。


……次のニュースです。


僕はテレビの前で固まっていた。

音は確かにニュースのものだが、アナウンサーはいない。カメラの向こうはスタジオで、だが天井から水がぽたぽたと落ち、床はすでに浅い水たまりに覆われていた。

時計の針は零時二十三分を指したまま動かない。


「……ドッキリか? 停波か? それにしても長すぎる」

ぶつぶつと呟きながらも、リモコンを握る手が汗で滑る。

ニュースの声は続く。


「先ほどより、スタジオ内の床に水が浸入しています。

原因は不明ですが、現在スタジオの水位は膝ほどまで上がっています。

放送は継続します。」

ぞわり、と背中を冷たいものが這った。

いや、違う。

冷たいのは……足元だ。


見ると、カーペットにじわじわと濃い水が染み出している。

水音が、はっきりと聞こえる。

ぽちゃん、ぽちゃん、と規則正しい水音が、部屋の外から、こちらに近づいてくる。


ドアの隙間から白い指が伸びるのを見たとき、息が詰まった。

ざらざらとした白い指先が、濡れた床を這い、僕の足首に触れた。

同時にテレビの画面が暗転し、スタジオが完全に水没していく映像が映った。

椅子に座ったキャスターは顔のないまま、胸元まで水に沈み、最後に赤いランプだけがぼう、と灯った。


(逃げろ)

頭の奥で声がする。

だが、身体はもう、膝まで水に埋もれていた。


「……こちらは黒潮テレビからの臨時ニュースです……」


テレビから聞こえる声が、いつのまにか僕の耳元で囁いている。


「……あなたの部屋にも、水が伺います……」


窓の外に視線をやると、そこはもう川の底のように暗く濁り、白い顔のない人々が水中に漂っているのが見えた。

彼らはゆっくりと手を伸ばし、こちらに合図する。

おいで、と。


息ができない。

足元から冷たい水が絡みつき、頭まで引きずり込まれる。

もがいても、視界は濁った水でいっぱいになる。

耳の奥で、あの声が、最後のニュースを読み上げる。


「……ご視聴、ありがとうございました……」


闇の中で、赤いランプがぽつりと灯る。

マイクの前で、僕の口が勝手に動き出した。


「……こちらは黒潮テレビからの臨時ニュースです……」


スタジオは沈黙している。

ただ、スタジオの水面の向こう、ガラス窓の外で、無数の顔のない視聴者がこちらを見つめている。


零時二十三分のまま、時計の針は動かない。


(ぽちゃん……ぽちゃん……ドン……)

黒い水音だけが、今夜もゆっくりと響いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ