このプロポーズには、好きも愛してるも必要ない。
とある昼下がり、僕は友人に呼び出された。会社を休んだらしい友人は青ざめた顔で僕に言った。
「もしかしたら…子供出来た、かも」
「一緒に病院行きましょうか?」
友人は事の重大さに顔を上げずにドリンクバーのジュースが入ったコップの中の氷がくるくると回ってるのをボーっと眺めながら黙ったままいる。僕の声が聞こえなかったんだろうか?
「どうしよう……どうしよう」
「僕と結婚します?」
今度は相手の耳にちゃんと届いていたのか、友人は顔を上げた。
「……なに、言ってるの?」
「僕とけっこ」
「君の子供じゃないんだよ?」
もちろん、そんなことは知っている。
「でも、その父親とは…そもそも結婚できませんよね」
僕は事実だけを淡々と口にした。
「…もしかして、バレてる?」
「はい」
友人が不倫してることは知っていた。
そして、子供が出来てしまっては困るってことももちろん知ってる。
「それって、君にメリットある?」
「貴女が僕の奥さんになる。以外のメリットはないです」
「それだけで結婚しないでしょ普通」
僕からしたら、その他のデメリットを並べ立てたところで、このメリットだけで勝ち上がることは間違いないと思う。
「僕が普通じゃないこと貴女が一番よく知ってませんか?」
『普通』という言葉を盾にするのなら、おおよそ貴女の不倫のほうが、断然普通ではないというのに…。
「私の気持ちも少しは考えてよ」
「貴女の気持ち……好きな人の子供産みたい以外にありますか?」
そもそも離婚しない男と付き合っていて、子供が出来たと言ってしまえば、おそらく連絡がくることはなくなってしまうだろう。
「……………」
「おろさなきゃ。って気持ち持ち合わせてないですよね?」
シングルマザーになったとしても、好きな人の子供を産みたいのだろう。そうした時にかかってくる生活費を相手からもらう事ができなければ、生活は苦しいものになる。それとも、責任を取れ!と相手に言えば少しは自分の方に向いてもらえるとでも思っているのだろうか?
「…………」
「バツが付くのが嫌なら、事実婚でもボクは構わないです。貴女がいらなくなったら捨てればいい。もっと軽い気持ちで考えて下さい」
貴方にとっての僕の利用価値なんて、そのへんに落ちている石と何も変わらないのに……
「軽い気持ちって」
「では、子供を産むと仮定して、自分の家族にその話が出来ますか?いまの会社を続ける事は難しいでしょう。貯金ありますか?頼る場所がなかったら、苦しいのは自分なんですよ?いまの現場を理解していますか?」
友人はため息を付いた。
「もっと…なんかあるでしょ…普通」
「これは失礼しました。落ち着いて下さい。いったん体を温めましょう」
友人の考える時間を作るためにも僕は一度席を立った。ドリンクバーの紅茶の中からカモミールティーを選んで席に戻る。
「どうぞ」
友人の真横に座るとずっと震えていた手を掴んだ。
「温かいものを飲んだらきっと落ち着きますよ。砂糖は多めに持ってきました」
「君って……私のこと好きなの?」
貴女が僕を好きになる未来はない。そんなものはあっても仕方がない。
「貴女の心に本命がいるのに、僕を無理やり好きになる必要がどこにありますか?」
僕は友人の手を離すと元いた向かいの席に戻った。
「僕は貴女の気持ちを優先したいだけです」
「私の気持ち……………」
友人はボーっとしたまま、カモミールティーを口に運んだ。
「私がお母さんになれると思う…?」
「なれなくても、なるんです。不安がある部分は、僕が全てサポートしますよ。僕は、自分の姉夫婦の子供のベビーシッターしてましたし、最適な人材かと」
結果は出ているのに、何をそんなに悩みたいんだろう。
「………………」
「ひとつ提案があります。僕の姉に会いに行きませんか?」
「え?」
僕はスマホのフォルダから、姉の写真を取り出した。
「これが今3歳の悠真くんと姉です」
「へぇ、でも今からって」
「大丈夫です。どうせヒマしてるから」
僕はスマホで姉のところに今からいってもいい?というメールを出した。5分もしないうちにメールは帰ってきた。
「よし、それじゃ行きましょう」
「え、ちょ、ちょっと」
ドリンクバーの会計を済ませると、僕は友人の手をひっぱって自分の車の助手席に乗せた。
「15分くらい走らせますね」
「うん…」
僕は車を走らせると市営住宅の団地へやってきた。ピンポンを押すと姉が出迎えてくれた。
「はいはい。どうぞ」
「どうじょー」
3歳のちびっこも顔を出した。
「お、お邪魔します…」
「いま、ちょうどお菓子作ってた所だから食べてってー」
姉とその息子はクッキーを作っていたらしい。甘い香りがあたりを充満している。姉が自分と息子の麦茶を用意していたので、僕は友人と自分の分のコップを棚から持ってきた。
「どうぞ、こちらに」
僕が友人の席を引くと、困り顔の友人が諦めたような表情で案内された椅子に腰掛けた。
僕が友人の隣に座りたかったのに、おもちゃで遊んでいた悠真くんが友人の隣に座ってしまったので、僕は四人掛けテーブルの向かいに腰掛ける事にした。
「あのね、あのね!これボクが作ったんだよお」
「あ、うん。すごいね」
悠真くんは女好きなのか、果敢に話題をふる。いや、ただ褒められたいだけなのかもしれない。
「これがぁー犬さんでぇーこっちがトリさん」
悠真くんは、動物クッキーの説明を始めた。バターの色をした丸い生地の上に目玉や耳がつけられている。
「可愛くて食べるのもったいないね」
「えぇ?!食べるために作ったんだよ??」
悠真くんは、手前のトリを口に運ぶ。
「おねぇさんには、一番上手くできたネコさんあげるね!」
友人が他人の息子からクッキーを手渡される。
「あ、ありがとう」
ネコ型のクッキーを受け取り、口に運びながら、悠真くんへの言葉を考えていた友人に先に喋り出したのは悠真くんのほうだった。
「これで、おねぇさんと仲良くなれたから未来ちゃんに会わせてくれるよね??」
「未来ちゃん?」
突然の話に困惑する友人。
「おねぇさんのお腹の中の未来ちゃんは、ボクのフィアンセなの」
「え?え?」
まだ産むか産まないかを悩んでいる友人に、悠真くんが畳み掛ける。
「未来ちゃんとボクはお空の上で『また、会おうね』ってお別れしててね」
「ごめんなさいね。うちの息子は、普通の子よりも霊感が少し強めなのよね」
そこへ、僕の姉がいい加減に間に入った。
「あ、そうなんですね。でも、その、あの…まだ何ヶ月もたってないのに女の子って、もう決まってるってことですか?」
「そうなのかもねー?まー絶対にあたるか分からないから気にしないでね」
「は、はぁ……」
友人はこの日、姉と連絡先を交換した。どうやらシングルマザー同士息が合うみたいだ。
この日は半信半疑だったけれど、健診に通っていくにつれて、女子だと分かった瞬間は悠信くんが言っていたことも本当なのかもしれない。とさえ思えた。
僕はと言えば、産婦人科に付き添い、あたかも友人の旦那かのように思われながら、先生の話を聞いたり、好きな人と半同棲状態に嬉しかった事は言うまでもない。
そんな日々も5年くらいたち、女の子が大きくなり保育園に入れるようになった頃くらいに終わりを告げてしまった。
姉とのやりとりは続いているようだが、友人が働きに出られるようになり、どうにか一人でも生活できるようになった事で、僕の必要性は無くなったみたいだ。




