第八話・豪腕で健脚令嬢ですわ
「うまくいきましたわね」
「今のところはな。……それより、どうなってんだあんたのその体力。ニザ村に向かう途中でも思ったがやっぱおかしいぞ。それにだ、俺とずっと併走できるなんて、持久力もそうだが脚力も令嬢のそれじゃないって」
「幼い頃から自然を相手に鍛えてますもの。これくらい、何てことありませんわよ?」
「他にも、盗賊の親玉の一撃で怯みもしなかったよな。反射したとはいえ防具も無く受けたんだから、腕が跳ね退けられてもおかしくなかったはずだ。なのにびくともしなかった。リシアって、まさか腕力のほうも桁外れなのか?」
「うふふ」
「……怖い笑いだな」
ということで惨劇の一夜は終わりました。
私達は夜明けを待たずに盗賊団のアジトから駆け出し、休憩を挟みつつ夜を徹して走り続け、お昼前にトルシアの町へと到着しました。
あの炎の爆音は村まで届いたかもしれませんからね。様子を見に来た誰かと鉢合わせする前に、手早く立ち去ることにしたのです。
「お待ちしておりました、お嬢様。スタンさんも無事で何よりです」
御者のカームに出迎えられた私は、馬車の中で衣服をお忍び用の旅人衣装からいつもの普段着へと着替えました。スタンも馬車のそばで着替えているはずです。
私もスタンも衣服に返り血が多少ついたので処分したほうがいいですね。新しいよそ行きの衣服を見繕わないと。
「わたくしめが責任持ってお二人の衣服を焼却しておきます。ご心配なく」
家人に怪しまれていない味方がいると隠蔽が楽ですね。カームをこちら側に引き込んだのは我ながら正解でした。
そして、帰りの馬車の中。
徹夜で走り通しの私に、この揺れが丁度心地よいリズムになって、睡魔を引き寄せてきます。
「俺が起きてるから、屋敷に着くまで一眠りするといい」
「悪戯しちゃ駄目ですわよ?」
「やらんやらん」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか、眠気が、じんわりと……染み込むように…………
「着いたぞ、リシア」
「ふぇ……?」
スタンに優しく起こされた私は、口の端から垂れていた透明な糸を手の甲で拭い、両手を上に突き出して伸びをしました。
「仮にもお嬢様なんだからハンカチを使えよ。おっさんじゃないんだからさ」
「誰も見てないから構いませんわ」
「見ててもやるだろ」
スタンの足を踏みながら私は馬車から降りました。
で、事態はどう転がったかというと。
あの狩りの数日後、恐る恐る村の方々が駐在している兵士さん達と共に意を決して向かうと、煤けた洞穴の奥で焼け焦げた盗賊の亡骸をいくつも見つけたそうです。
明らかに争った形跡があったことから、仲間割れの末に全滅したのではないかと。その時に油壺にでも火の粉が飛んで、何もかも燃えたのだろう……という結論に終わったようです。
その報告を聞いたお父様は難しい顔をしていたといいます。
兵を派遣して山狩りを検討していた矢先にそんな都合のいい事が起きるものか?
しかもうちの長女が旅行から戻ってきた後に見つかっただと?
これは偶然とみていいのか?
まあ普通こう考えますよね。私でもそうですし、お父様もどうやらそうだったみたいです。
しかし、私が関与していた確たる証拠はありません。
それに何より、距離の問題がありました。上流階級の女性の足で、二日程度で行き来できるような距離ではないというのが、私への疑いが晴れた最大の理由だったようです。
お父様も、まさか私が尋常ならざる身体能力を有しているとは夢にも思っていないのでしょう。あいにく、私は反射しか能のない可愛い十七歳ではないのです。
「一件落着ですわね」
屋敷の庭で私はいつものように紅茶……ではなく、果実を味わっていました。
テーブルに置かれた皿の上に切り分けられてあるオレンジを、手前から一つ摘まんで、ぱくり。
「うふふ、みずみずしくて美味しい」
「そりゃ何よりだ」
椅子に腰かけている私の背後に立つスタンが、興味なさそうにそう言いました。この子はとにかく食べ物に頓着が無いのです。腹が膨れればなんでもいいのでしょう。
「そんな生き方じゃ、人生損ですわよ?」
「損得なんか俺の人生にはないよ。この世に無為に生まれ落ち、いい死に方を求めるだけさ。今はやるべきことがあるから生きているに過ぎない」
「そういうのはいいですから。ほら」
私はオレンジの一欠を摘まむと、ややこしい事を言う彼の顔に近づけました。
「うふふ……はい、あーん」
「一人で食えるよ」
どこか困り顔なスタンは私の指からひょいとオレンジを奪うと、そのまま自分の口に運びました。
「照れ屋さんですのね」
むぐむぐとスタンの口が動きます。
「……………………甘い」
「でしょう? 貴方ももっと楽しみを優先なさいな。楽しみあってこその生ですわよ? 死に方なんてその時が来たら受け入れるだけのことですわね」
私が諭すようにそう言うと、スタンは「まあ、一理ある」と、はにかむように笑い、オレンジの二切れ目に手を伸ばすのでした。