第六話・楽しい楽しい狩りのお時間ですわ
「盗賊ですの?」
「そのようだ」
午後のおやつタイム。
ふんわりケーキをフォークでつついていた私にスタンが言うには、私達が劇的な出会いをしたあのリタルトの森を抜けた先にある、ニザという名の村から伝令が来たとの事です。
「行ったことはありませんけど、良い小麦がたくさん実る村だとは聞いていますわね」
それだけ土地が肥えているのでしょうね。
「近辺の山に盗賊の一団が居を構えたらしい。既に被害も出てるようだ。村はまだ無事だが、旅人や商人が襲われてるとか」
「死人は?」
「運のいい奴は身ぐるみ剥がされただけで済んだり何とか逃げ切れたが、下手に抵抗したのはその場で殺されて、野ざらしのまま野犬の晩飯になったみたい……あぁ悪いな」
甘味を楽しんでいる時に言うようなことじゃないと思ったのでしょうね。
「別に構いませんわよ」
私の食欲はそんなヤワじゃありませんもの。
「なんにせよ、犠牲者が出たとあっては見過ごせませんわね」
放っておくといずれ村までちょっかいをかけてきそうです。
豊かな土地は大事な資産。奪い食らうことしかできない者達に好き勝手荒らされる前に好き勝手するとしましょう。
「よーし」
ケーキを平らげ、気合いを入れて私は立ち上がりました。
「久しぶりに、盗賊狩りといきましょうか」
「えっ」
「スタンはやったことありませんの? 意外と楽しいですわよ? あらかじめ逃走を封じておかないと、全滅させるのは厳しいですけどね」
なので「逃がさないぞ」という言質を取っておくのがキモです。
「そんな笑顔で言われても困るんだが。あと盗賊狩りなんて誰しも未経験だと思うぞ」
正論ですわね。
でも、面白いですわよ? 攻撃を弾かれ、逃げたいのに逃げることもできず、私を獲物として見ていた目がじわじわ恐怖に澱んでいく様が特に。
「知りませんでしたの? 反射令嬢からは逃げられませんのよ……!」とか言ってあげると更に焦るからオススメですわね。やり過ぎると漏らされるのが玉に瑕ですが。
「……あんたがわざわざそんなことしなくても、ご当主様が近いうちに兵を送り込むだろ」
「なら早いうちに動かないといけませんわね」
善は急げです。
「スタン、馬車の用意をなさい」
「ご当主様にバレたらまずいと思うけどな……」
「私の傍若無人ぶりはお父様もご承知よ。まあ、それでも知られずに越したこともないわね。……そうね、トルシアにでも旅行することにしましょうか」
トルシアというのは、森やその先のニザ村とは正反対の方角にある、男爵領でも三番目に大きな町です。そこに何泊か暇潰しに行くことにしておけば、ま、ごまかせるでしょ。
「噂の盗賊どもがいきなり失踪したら確実にあんたが疑われるぞ」
「その時はその時ですわね。多少の謹慎くらいは命じられるかもしれないけど、目先の娯楽は見逃せないわ」
「娯楽にしては残忍すぎやしないか」
「うふふ、暗殺者の末裔が言うセリフとは思えませんわね」
やはりこの子は人殺しに向いていないのでしょう。育ての親である先代スコルピオさんは目が節穴だったと言わざるを得ませんね。
「法や道徳をあざ笑って他人の命や金品を奪うのを良しとするのなら、それはもう人ではなくてよ。そんな人でなしを狩ることへのためらいなど、私は砂粒ほども持ち合わせていませんわね」
むしろ、兵隊任せにするのではなく、自らの手を汚すほうが崇高な気がしますわね。
「でも楽しむのはどうかしてるだろ……」
「どうせなら楽しんだほうがお得でしょう? イヤイヤやるよりも、はるかに前向きではないかしら?」
スタンは難しい顔をして黙ってしまいました。食い下がらなかったあたり、私のポジティブ思考にも一理あると思ったのかもしれません。
…そうして、スタンが用意した馬車に私は乗り込みました。
「私達、トリシアに行ってくるから、お父様に伝えておいて」とだけ簡潔にメイド長に言ってから屋敷を後にして、盗賊退治の旅にいざ出発です。
バレないように、一応馬車をトリシア方面に向かわせてから、途中で私とスタンは降車して森へと徒歩で行きます。
「では、私達が戻るまでトリシアで待機していてね」
私がそう言うと、御者は深々とお辞儀しました。
「かしこまりました、お嬢様。このカーム、例え何年何ヶ月であろうと喜んで待ちましょうぞ」
この御者は、カームという初老の男性で、かつて私が魔物の群れに襲われた時に不幸にも居合わせた人です。
あわや馬もろとも魔物の餌食となるところを、私のおかげで命を拾えたことに心から感謝して、以後はお父様よりも私に深く忠義を示すようになりました。だから今回の件に一枚噛んでもらったのです。
それからは、旅人を装ってニザ村にいる間にスタンに探りを入れてもらい、盗賊の居場所はあっという間に見つかりました。
私の素性がバレるかもと冷や冷やしましたが、案外大丈夫でしたね。村の人達も、まさか男爵家の長女がお忍びで来てるなどと考えつきもしないのでしょう。
少しくらいは疑われるかもと思いましたが、この華の無い容姿ではそれも無理な話ですね。ええわかってましたとも。
「それにしても、男爵家の令嬢とは思えない体力だな、あんた」
「暇さえあれば野山を駆け巡っていましたもの。そこらのひ弱な良家の子女と一緒にされては困りますわね」
さすがリフレクシアお嬢様、と称賛されるかと思いましたが、スタンから私に贈られたのは生温い視線でした。
「……あそこですわね」
一見しても何見してもただの洞穴ですが、軽装の男性が二人います。見張りでしょう。
「間違いないな。明かりは漏れてないが、中から気配は感じられる。人数は…………だいたい十人くらいか」
「そこまでわかるんですの? まだ入ってすらいないのに」
私は彼の飛び抜けた感覚に舌を巻きました。これも暗殺者として鍛えられた成果なのでしょうか。
「生まれつきもあるし、鍛え抜かれたってのもある」
ひょっとして、私はとんでもない拾い物をしたのかもしれません。
その思いは、今回だけでなくこの先も、揺るぎ無い確信として幾度となく見せつけられることになるのです──