第五話・真紅なる妹ですわ
スタンを護衛として急遽雇い入れてから数日が経ちました。
雇うにしても当然両親に話を通さないといけませんので、彼と主従の誓いを交わしたその日の内に切り出しました。思い立ったが吉日です。
普段わがままを言わない私の突然の頼みとあって二人とも面食らっていましたが、あまり私とお父様の話し合いがこじれることもなく、あっさりと彼の雇用が決まりました。
お母様は基本的にお父様の意見に乗っかるスタンスなので、お父様さえ言葉で倒せば思い通りに事が進むのがこのリターナ男爵家なのです。
「リシア姉様、そこの男が先日雇ったという護衛なの?」
屋敷の廊下。
濃く鮮やかな赤──真紅の髪をかきあげながら、妹のランファイナが興味津々という具合で私に聞いてきました。髪色と同じ真紅の瞳を宿した目つきといい、気の強そうな態度といい、自信家ここに極まれりという感じです。実際そうなのですが。
「いくつ?」
スタンの前までツカツカと歩いて近づくと、ランファイナは小首を傾げ微笑みました。ただでさえ可愛い容姿でそんな仕草をされたら、普通の男の子ならイチコロでしょう。
しかし彼は普通ではありません。伝説の暗殺者スコルピオの名を受け継いだ者です。どのくらい有名なのかは皆目不明ですが。
「十四です」
ぶっきらぼうにスタンは言いました。
「ふーん、私と同い年ね」
何が楽しいのかランファイナはずっとニヤニヤしています。
髪も瞳もくすんだ赤の私と違い、お母様と同じ鮮やかな紅を受け継いだ美しい妹。将来、どれほど鮮烈な美女になるのか想像もつきません。
「それで、進展は?」
「「?」」
今度は私やスタンが首を傾げました。何の事を言ってるのかさっぱりです。
「姉様とどこまで進んだか聞いてるの。キスくらいは済んでるんでしょう?」
ああ、進展とはそういう意味ですか。
「へ?」
突拍子もない問いかけに、スタンは困惑したみたいですね。妹はいつもこんな感じで唐突なのです。貴方も早く慣れなさいね。
「あははっ、その様子じゃまだのようね。案外プラトニックなお付き合いなのかな? リシア姉様が年下の男の子を引っ掛けてきたと聞いてびっくりしたのだけど、まだ恋人未満ですらないみたいね」
「ま、まあそうです」
質問の意図を理解すれば動じなくなるかと思いましたが、そこそこ動転してますね。
しかも、信じられないことに、スタンはほのかに頬を赤くしています。驚きのあまり、つい二度見どころか三度見してしまいましたよ。
これは、スタンは私に対して、意外と気があるのでしょうか? 妹の魅力に屈してないのに私なんかに好意を持つのもおかしな話ですが、そこは個人の性癖なのかもしれませんね。人の好みは十人十色といいますし。
「ラファ、スタンをからかうのはその辺にしてあげなさい。彼は朴念仁だからその手の冗談に弱いのですわ」
「それにしては、私の可愛さに微塵も靡かないようだけど……いい男を捕まえたわね、姉様。今度はお邪魔虫に取られないよう、護衛なんかやらせずに屋敷の奥に仕舞い込んだほうがいいわよ」
そこまで言うと満足したのか、ランファイナは「またね♪」と手を振りながら立ち去っていきました。つむじ風のような子です。
「おかしな人ですわね、貴方も」
妹の姿が完全に消えてから、私はスタンに話しかけました。
「何がですか」
「あの子に接近されても動じなかったのに、私と交際してると勘ぐられた時は照れたでしょう? 普通は逆じゃないかしら?」
「それは、ああやってつつかれたら、変に意識して誰でもそうなるだけだ……です」
また頬に紅がさしてきましたわよ? 女の趣味が独特な子ですわね。
「二人きりなのだから、敬語は使わなくてもよろしくてよ?」
「要するに………………気の迷いだ」
イラッ
「うぐっ!?」
ちょっと頭にカチンときたので反射してやりました。
「なんだ、急にこめかみが痛く……」
「あら、寝不足ではなくて? 夜更かししないでちゃんと寝ていま……」
なんてからかおうとしたのですが、そんな気分は消え去り、言葉を途切れさせてしまいました。
「何だ、誰かい……」
黙った私の視線の先にスタンが目を向け、同じようにお喋りの続きを断ちました。
廊下の角からランファイナが顔と髪だけ出して、ニンマリとした目でこっそりこちらを見ていたからです。
自分がいなくなったら私達がイチャイチャすると踏んだのでしょうね。
「どうしたものでしょうね。期待に応えて口づけでもすべきかしら?」
「辞退させてもらうよ」
だそうです。