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第四話・私は『無敵の反射令嬢』ですわ

 王宮で色々と不幸な出来事がおき、身のよりどころが無くなった私が男爵領へと帰ってから一ヶ月が経ちました。

 その間、何もなかったのかというと、そうでもなく。


 ある日、隣町の綺麗で広大な花畑を久しぶりに見たくなった私は、馬車に乗り、目的地までひたすら揺られていました。

 次第にうつらうつらし始め、汚い話ではありますが、口からこぼれた雫をハンカチで拭いたりしつつ、本格的な睡魔に襲われていきました。


 その時です。


 空を色とりどりの蟹が飛び交う夢を見ていた私は、いきなり口の辺りを掴まれました。

 御者の仕業かと思いましたが、そのような無礼な振る舞いを男爵家に仕える者がこの私にやるはずがありません。では誰が?

 眠気が飛んだ私の目に飛び込んできたのは、見ず知らずの不審者でした。

 一方の手で私の口というか顎を掴み、もう一方の手にはナイフが握られていました。


「俺個人では何の恨みもないが、()()()であんたの命を奪えとの、伯爵家からの依頼でね。悪いが死んでもらうよ」


 まさかの暗殺者です。しかも素顔を晒しています。よほどバレない自信があるのか、よほどのお間抜けさんなのか。

 滅多刺しにするとも思えませんし、私の心臓か、あるいは首を狙うのでしょう。

 ナイフの刃は不気味な輝きを放っています。わざわざ伯爵家が用意したのですから普通の武器ではないでしょう。魔力が込められているか、あるいは特殊な製法で作られた武器なのかもしれません。でなければ私に対して使いませんよね。


「俺の名は『スコルピオ』。冥土の土産に覚えてくれ。この世で最も恐るべき暗殺者の名だ」


 そんな凄い暗殺者にしては、やけに声も顔も若いですね。おじさんではなくお兄さんという感じです。私と四、五歳くらいしか違わないのではないでしょうか。

 しかも私のことをよくご存知ないみたいです。知っていたら殺しの依頼なんて受けませんよね。世間知らずな暗殺者ですこと。

 とか考えていると、スコルピオと名乗った男は、私の心臓に怪しくきらめくナイフを突き立てようと試みて致命傷を負いました。


「が、あがっ、はっ」


 戸惑い、仰向けに倒れながら、胸元を貫通して背中まで突き抜けた傷や口から大量の血を流す、この世で最も恐るべき暗殺者スコルピオ。

 血の海になりつつある馬車の中で、私は今にも息絶えそうな彼のそばに近づいて耳元に顔を寄せ、こう言いました。


「私は『無敵の反射令嬢』ですわ」


 私が言い終わった時には、既に暗殺者の顔は死人のそれでした。

 彼は無事に冥土の土産を持っていけたのでしょうか? 手遅れではなかったと、間に合ったと信じたいです。



「そのナイフがこちらになりますわ」



 男爵家の一室にて。

 私は、厳重に保管しておいた伯爵家の悪事の証拠をスタンにお見せしました。今ここにいるのは、私と彼の二人だけです。


「……………………」


 テーブルの反対にいるスタンはさっきから無言でした。私の話を聞いている間も、このナイフを見せても変わらず沈黙しています。


「…………すいません、うちのボケ兄貴が」


 頭を下げながら、やっと一言だけ話してくれました。


「貴方が謝ることではありませわよ? 私の足元にひれ伏して泣いて詫びるべきは伯爵家の方々でしょう? 貴方のお兄さんは……まあ、死んだから恨みっこなしですわね。それに、貴方のお兄さんに後を継がせて、貴方が解放されるチャンスを潰したのは確かですし」


「いや、あんたには何の落ち度もないよ。俺のためになぜ殺されなかったんだ……とは口が裂けても言えないさ」



 この一件ですが、当初は揉み消してもよかったのですけど、また似たような真似をされても面倒ですからお父様に教えました。

 出世欲しか頭にない人かと思っていましたが、流石にお父様も人の子なのか、私が狙われたことに驚き、強く憤っていました。……心配は、まあ、あまりされませんでしたが。


 それと、あのナイフは伯爵家が所有している三本の魔剣の一つで、防御魔法の類いや堅牢な鎧や鱗すら無視できる『貫通の短剣』という一品だそうです。そんな貴重な代物を用いてまで私を亡き者にしようとするなんて、親の愛とは怖いですね。

 ですが、まさか私が『貫通』まで反射するとは思ってなかったのでしょう。伯爵家の家宝ともいえる魔剣が男爵家の令嬢などに遅れは取らない、そんな確信があったのだと思います。確信というより盲信ですね。

 ……しかしなんなんでしょうね、私のこのトンデモギフトは。明らかに他の方々の有するギフトとは一線を画しています。すごいべんり。


 とまあ、そんな優れもののナイフを手に取って眺めながら、お父様は「伯爵家の弱みとまではいかないが、牽制には使える」と、ほくそ笑んでいました。



「しかし、何で兄貴も、あんたみたいな凄まじい人を暗殺する依頼なんて受けたんだか……」


「焦りで冷静な判断ができずに、つい飛びついたのかもしれませんわね。標的である私について、詳しく教えられることもなく」


 私の反射能力について事細かに教えたら手を引かれるのは目に見えてますしね。

 もしかしたら、伯爵家もさんざん他の()()から断られた後で、もうスタンのお兄さんしかいなかったのかもしれません。それなら教えられませんよね。


「……だとしても、事前に調べあげればすぐわかったでしょうに」


 貧すれば鈍する。つまりそういうことなのでしょう。


「いずれにしても、後の祭りか」


「ですわね。互いの事情がどうにせよ、全て終わったことですわ」


「だとしても、あんたに迷惑かけた上に世話にもなった事実は消えないがな」


「それなのですけど」


 私はそろそろ本題を切り出すことにしました。


「貴方が、どうしても心境が煮え切らないとおっしゃるのなら、一つ提案がありますの」


「提案?」


「ええ」


 私は貫通の短剣を手に取ってスタンのそばまで行くと、彼の手の届くところに置き、


「この魔剣を用いて、私の護衛をしてくださらない?」


 と、言いました。


「私を殺すための武器で私を守らせる。私を殺すための刺客の身内に私を守らせる。意趣返しとしては最高とは思わないかしら?」



 スタンは、強く目をつぶり、しばし思案したのち──


「承知しました。リフレクシアお嬢様。俺でよければ、あなたの万難を排する刃として、誠心誠意お仕えいたします」


 テーブルに置かれた貫通の短剣を手に取り、椅子から立ち上がると床に片膝をついて、私へ、誓いの言葉を述べたのでした。

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