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第三話・何だか身に覚えがありますわ

「俺の名は……スタン。姓はない」


「最初からありませんの? それとも捨てたとか?」


「そんな上質な生まれじゃないよ。姓なんてある奴が暗殺者になると思うか?」


「思いませんわ」


「だろう?」


 どこの誰が生んだかもわからない、ただの捨て子さ、と彼は──スタンは皮肉げに笑いました。歳不相応な笑いです。苦労人という言葉が私の頭に浮かびました。


「あんたはいいのが有りそうだけどさ」


 スタンは値踏みするような目を私に向けてきました。こんな話し方をしていればそう見られて当たり前ですね。


「ええ、まあ………………それで、そんな貴方がどうしてこんな森の奥にいらっしゃるの?」


「跡目争いで、ちょっとさ」


 スタンは遠い目をしました。まるで、自分の一生を緩やかに思い返そうとする老人のように。


「親父が……さっき言った通り、実の親じゃないんだが、殺しを営んでいてね。それと並行して、何人もガキを後継として育ててた。名を継がせるために」


「もしかして、貴方のお父様って有名なんですの?」


「わからない。大っぴらに世間で語られるようなものじゃないからな。裏社会では知られてたのかもしれないけどさ……」


「誰が継ぐかで揉めて、そこらはうやむやになったと」


 彼は黙って頷きました。

 長い月日を経て磨かれた経験や技術を後に残したい、引き継ぎたいという気持ちは、暗殺を生業にしている者でも、なんら変わらないのですね。


「俺の上に二人、兄貴がいてね。当然、その二人も俺や親父と血は繋がってない。で、何を親父は血迷ったか、病に倒れた後、俺を後継に選んだ」


「あららら」


 それはまずいですね。

 絶対に骨肉の争いになるパターンです。普通の家庭ですら、上の子達が大人しく引き下がることはまずありません。ましてや血の繋がりのない暗殺一家ときたら……


「上の兄貴が親父に直談判してさ。『このデカイ一件を片付けたら俺を認めてくれ!』とか詰め寄って、えらい剣幕だったよ」


「デカイ一件?」


「伯爵家からの依頼らしいが、よくは知らない。あの兄貴のでまかせかもしれないし。娘の仇を取って欲しいって依頼だと言ってたが……」


「ふーん……伯爵家…………娘の仇……」


「?」


「いえ、何でもありませんわ。おほほほ」


 案外真っ当な理由ですわね。暗殺の依頼に真っ当もあったものではありませんが、復讐したいという気持ちはわからないではないです。できるかどうかはともかく。


「……で、上の兄貴は帰ってこず。下の兄貴は、親父とそうとう揉めてね。結局親父をぶっ殺しちまった」


 最悪の事態ですわね。


「血だらけで錯乱した下の兄貴の顔は、いまだに俺の目に焼き付いてるよ。親父の死に顔も」


「……それで、どうなりましたの」


「下の兄貴は血走った目で俺を睨んで、『テメエがいなけりゃこんなことには!』とか抜かして襲いかかってきたよ。実際その通りだから、返す言葉もなかった。……俺としては、どっちかの兄貴に継いでもらって、気ままに生きたかったんだがね」


「…………それで、貴方がここにいるということは、つまり……」


「ああ、()()()()()。何もかもなくなって、名や家業を継ぐのもバカバカしくなってさ。あてもなくさ迷ってたら、気がつけばこんな森で行き倒れさ。面白いだろ?」


 どう返していいかわからず、私は黙っていました。この私が返せないとは。



「──以上さ。信じるかどうかはあんた次第だ。いい暇潰しになったろ? 俺としても、全部ぶちまけられてスッキリしたよ」


「信じますわ」


 私はきっぱりと告げました。


「どんな風の吹きまわしか知らないが……こんな行き倒れの話を真に受けるのか。あんた、悪い男に引っ掛かりそうだな」


「あいにくと経験済みですわよ」


 今頃あの方はどこで何をしてらっしゃるのでしょうね。高く見積もっても七歳児くらいの思慮深さは少しは向上したでしょうか。


「では行きましょうか」


「は? どこに行くんだ? いやそもそも、なんで俺があんたと一緒に」


「降りかかる火の粉を払っただけなので責任は無いとはいえ、私も、貴方の現状への一因がありますもの」


「意味がよくわからないぞ」


「おいおい教えて差し上げますわ。さ、レッツゴーですわ!」


「だからなんで俺が……って引っ張るなよ。わかったからさ。何なんだこの姉ちゃんは」


 やっと観念しましたか。


「だが、いいのか?」


「何がですの?」


「上の兄貴さ。結局帰ってこなかったが、死んだのかどうかもわからない。そもそも伯爵家から依頼があったかどうかも疑わしいしな。もし生きてたら間違いなく俺を血眼になって探すはずさ。そんな中、あんたが俺といるのを見つけたら、腹いせに何かしでかす可能性はあるんだぜ?」


「ないですわね。決して有り得ませんわ」


 断言する私に、スタンが怪訝な顔をしました。そりゃそんな顔にもなりますよね。私が彼の立場なら絶対します。


「それも含め、全てお話ししますわ。お茶でも飲みながら、ゆっくりと」

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