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第二話・また死んでるかと思ったら生きてましたわ

 二回も同じ魔物を仕留めるという貴重な体験をしてから一時間ほど経ちました。

 一度立ち止まり、魔道具屋や錬金術師の店でしか置いていない、魔石でカチカチ動く懐中時計で時刻を確かめてから当ての無い散歩を再開した、その十分後くらいでしょうか。


「あらやだ」



 目の前にあるのは慣れ親しんだ巨木。

 まだ幼女だった私が、何度も登っては飛び降りて遊んだ(何が楽しかったのか今ではわかりませんが)それの根元辺りに、一人の見知らぬ少年が背をもたれるように倒れていました。



 別に下着を脱がせて()()()()かどうか確かめたわけではないですが、まず少女ではなく少年でしょう。

 歳は私より二つ三つ下っぽいですわね。私が十七ですから、この少年は十五~十四くらいでしょうか。となると妹と同じくらいかしら。


「行き倒れ?  まだお若いのに可哀想に……。でも、これもまた、良くある話ですのよね」


 私は彼に向かって、宙に、手で丸を描いてからその下で十字を切りました。慈悲深き地母神の聖印です。

 お気に入りの場所を死に場所にされるのも困りものだけど、まあ大目に見てあげますわ。


「どうか安らかに、自然にお戻りなさいな…………あら?」


 気のせいかしら。動いたような。


「あらあら?」


 気のせいではありませんわね。動いてますわ。またですの?


「今日はアンデッド日和なのかしら」


 当のアンデッド達からしたら厄日でしょうけど。

 でも、私と出会ってしまうのは誰にとっても厄日かもしれませんわね。……何だか嫌な気分になりましたわ。やめやめ、この話はここまでですわ。


「うぅ……」


 ん?


「あの、もしかして……生きてらっしゃいますの?」


 てっきり今回も死んでるだろうと思い込んでいましたが、よく見ると肌が死人のそれではありませんわね。危うく騙されるところでしたわ。私の目はごまかされませんわよ。


「み……」


「み?」


「水を……欲しい…………」


 そう言われても都合よくありませんわよ。

 あ、でも……


「あの、ここに来る途中に取った果物ならありますけど、それでよければ差し上げましょうか?」


「…………」


 かすかに震えるノロノロとした手つきで、少年は私から果物を受け取り、それを口に運びました。

 シャク、シャク……という歯切れのいい音が、一定のリズムで彼の口から聞こえてきます。

 喉が渇いているだけでなく、お腹も減っていたのかもしれません。少年はそのまま止まることなく黙々と食べ続けました。あまりの食べっぷりのよさにさらにもう一個追加すると、それも胃袋の中に易々と吸い込まれていきます。



「………………誰かは知らないが、ありがとう」


「どういたしまして」


 二個食べてようやく落ち着いたのか、少年はお礼の言葉を述べてきました。

 これが、衣食足りて礼節を知る、ということでしょうか。まあまあ違う気もしますが。


「ところで、貴方見ない顔ですけれど、どちら様でしょうか?」


 失礼とは思いつつジロジロと少年を上から下まで眺めてしまいました。まあ、これも果実二個分のお勘定代わりと、我慢して下さい。


 白に近い薄さの銀髪。

 なんとなく気難しさを感じさせる黒い瞳。

 旅人がよく着ている、丈夫さが売りの衣服は土や埃で汚れ、ところどころが破けています。流れ着いてここまで来たものの動けなくなったのでしょうか。


「それが、その……」


 急に少年が口ごもりました。


「どうかしましたの? ……ああ、安心してもよろしくってよ? 私は鋼の金庫のように口が固いですから」


「……助けてもらってなんだが、俺と関わらないほうがいい」


 苦しげに少年が声をしぼりだします。

 あー、その言い方はうん、危険を孕んでいますね。本人だけでなく本人の知り合いも狙われかねない因縁の持ち主ですか。誰かの恨みでも買ってるのかもしれませんね。

 ……私と関わり合いになる以上の危険など無いでしょうが……あぁ、また嫌な気分が蒸し返されてきましたわ。しつこいですわね、もぅ!


「……あ、あんた、どうしたんだ」


 少年の、驚きの声。


「え?」


 ……そうでしたそうでした。話をしている相手が、突然しかめ顔で頭を振れば動揺しますよね。これは私の手落ちです。


「うふふ。お気になさらないで。そんな日もありますのよ。さあ、話を続けてくださいな。これも何かの縁ですわ」


 何の説明にもなっておりませんが、私から食べ物を恵んでもらった恩があるせいでしょうか、少年から特に追及はされませんでした。


「……まあ、言うだけならいいか……。果物二個分の価値があるかどうかわからないけどさ」


「内容次第では三個目も追加しますわよ?」


「いやいや、もう満足したよ。それより、突拍子もないと笑わないでくれればいい」


「笑いませんわ」


「そうか……………………」


 彼は、神妙な顔つきになって、しばし黙り込みました。


「…………俺は、いわゆる暗殺者ってやつなんだ。いや、暗殺者になる予定だったというのが正しいか」


 魔物の次は暗殺者ですか。


「それは穏やかではありませんわね」


「だろ? だったら聞かなかったことに……」


「いえいえ、()()()()()続きを聞きたいですわ」


 死にかけの少年が実は流浪の暗殺者(予定)だったなんて、うふふ、なんだかワクワクしてきましたわ。聞くだけ聞いてみましょうか。

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