第十一話・もう来んなですわ
「あらあらまあまあ」
どう表現すべきでしょうか。驚きと喜びがない交ぜになった、という具合でしょうか。それほどまでに彼の勝利は衝撃的であり、圧倒的であり、感動的でした。
「嘘よ、こんなの嘘よ。あり得ない」
「お、お嬢様、しっかりなさって下さい! お嬢様!」
ステファニー様が放心状態になり、お付きのメイドや使用人に支えられてかろうじて立っています。
足に力が全く入っていませんね。あれなら枯れ木のほうがまだしっかりしてます。よほど護衛さんの敗北が信じられなかったのでしょう。
なにせわざわざ自分から足を運んでまでぶつけに来たくらいですからね。かなりの自信と勝算があったのでしょう。事実、初っ端の一撃はかなりの切れがありました。
それを事も無げに打ち消したのがスタンの受けです。
どのような原理なのか皆目分かりませんが、それだけで勝負が決まるレベルの攻撃を易々と抑えたのは間違いありません。
魔法や技を使ったようには見えません。もしかしたらギフトを使ったのかもしれませんが、だとしたらそれはそれで凄いことです。天に選ばれし者ということですから(後で聞いたらそんなもん使ってないと言われました。余計ヤバいですわね)
「はー……………………凄い拾い物をしたわね、姉様」
妹のランファイナが感嘆しながら言いました。
「貴女もそう思うの? 奇遇ね、私もですわ」
「あいにく、私は武術とかさっぱりなんだけど、それでもスタンが常軌を逸した強者なのは理解できたわ。怪物よ、彼」
とは言いますが、私に言わせれば貴女も危険極まりない存在ですけどね。なにせ貴女の異名は──
「あ、戻ってきた」
圧勝した割には大して嬉しくもない顔でスタンがこちらに来ました。
「お疲れ様でしたわね」
「それは貴族風ジョークですか?」
周りに人が大勢いるので、スタンの発言もいつもの砕けた喋りではなく丁寧な喋りになっています。
「それはつまり、話にもならない相手だったと言いたいの? まあ、実際誰の目にもわかるくらい、歯牙にもかけてませんでしたわね」
「基礎はしっかりしてるし、才能もあるとは思いますがね、あの槍使い。けれど、如何せん俺に向かってくるには何もかも足りなすぎましたよ」
「あの年で侯爵家のお眼鏡にかなうのだから、かなりの逸材ですわよ? 現に試合が始まった直後のあの一突きは見事でしたわ。それでも貴方から見たら失格なんですの?」
「速いし威力もあったが、それだけですね。だからいくらでもあしらえます」
「ほえー」
ラファがおかしな納得の声を出しました。
きっと「理屈は分からないけど凄いことしてるのは分かる」という心境なのでしょうね。私も同感なので危うく似たような声が漏れかけましたが、男爵家の姉妹が揃ってアホみたいな声を出すのも情けないので堪えました。
「お嬢様、少しはあっちにも花を持たせてやったほうがよかったでしょうか」
多少は善戦させてやれば良かったかなと、スタンが今更ながらに後悔したようです。
困り顔のスタンの視線の先には、
「……完敗、いたしました。申し訳ございません」
地に跪いて敗北したことを詫びる槍使いと、
「なんで貴方が負けてるんですのよぉ!? どうして、どうしてなのぉ!」
スカートが汚れるのもお構い無しで両膝ついて槍使いの肩を掴み揺さぶる侯爵令嬢と、
「お、お嬢様、お気を確かに!」
「お気持ちはわかりますがどうか怒りをお静め下さい!」
「どうどう、どうどう!」
それをなだめるメイドや使用人達の姿がありました。
「わー、まあまあの修羅場ね。楽しそう」
ラファはいつものニンマリ笑顔といやらしそうな目をして向こうの揉め事を見物しています。この子はとにかく事態がわちゃわちゃするのが好きなのです。
「気にしなくていいわ。手加減されての善戦など、あの彼も望まないでしょうから」
グラギスという名のあの槍使い君は、根がマジメそうでしたからね。
わざと勝負を引き伸ばして食い下がらせてあげたらそれに気付き、きっと侮辱と受けとるはずです。
「その通りですね。失言でした」
こうして。
リターナ男爵家とオドランド侯爵家の令嬢護衛一本勝負は、男爵家に勝利の女神が微笑みました。
結果が出た今となっては勝負の前から女神がこちらに微笑んでいた気もしますが。
「もう一回よ、これで終わってどうするのよ!」
護衛のどうしてもという願いに主が渋々折れたという建前も忘れ、リベンジだとわめくステファニー様。
そんな彼女を半ば強引に大人しくさせ、配下総出で馬車に乗せると侯爵令嬢一行は慌ただしく帰っていきました。もう来んなですわ。
「なんか頭からぶっかけられてたな」
「多分鎮静のポーションでしょうね。本来は混乱や恐慌、魅了された状態などを癒すためのものらしいですけど、あの様子なら癇癪にも効果テキメンみたいですわね」
「周りの対応がそれなりに手慣れてたから、恐らく今回みたいなことは一度や二度じゃないんだと思うわ。まさにじゃじゃ馬ね、あのお姉さん」
「侯爵家もちゃんと手綱を引いていただきたいですわね」
「あははは」
──と、これで終われば丸く収まったのですが、スタンはあまりに派手に勝ちすぎました。
王都から『その傑出した腕前を武祭で披露してほしい』という要請の文書を携えた使者が来るほどに。