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第十話・的外れな恨みだ

「なんで俺が……」


 スタンはブーブー文句を言いますが私は聞く耳を持ちません。


「往生際が悪いですわねえ……。まさか怖じ気ついたわけでもないでしょう?」


「なわけあるか。あのなリシア、暗殺者ってのは普通、正面向かい合って律儀に勝負始めたりしないんだぞ?」


「それはそうでしょうね。それが当たり前なら暗殺の定義が壊れますわ。ですけど、お兄さん達と組手とかしませんでしたの?」


「したよ」


「ならなにが不満なんですの」


「それはあくまで身内でやる鍛練の一環だ。あんたが一方的に決めたのは試合だろ? どっちかがボコボコになるまで終わらないとか、性に合わないぜ」


 手に持った短めの木の棒を嫌そうに見ながら、スタンがそうぼやきました。

 スタンの言い分も分からないこともないです。一撃で仕留めるのを旨とする暗殺者の技術や心情と、相手の体力気力を削りきる試合とは相性が悪いですしね。


「まだ殺し屋気質が抜けませんのね。貴方はもう私の護衛ですのよ? 陽の当たる世界の住人としての立ち振る舞いも覚えなさいな」


「ぬっ」


 非の打ち所のない正論にグサリと刺されてスタンが呻きました。

 その割にはただの少年を演じて情報収集はそつなくこなせるのですから不思議な話です。世間体を理解して対話するのと戦闘における心構えの変更とはまた別なのでしょうか。


「そろそろ始めたら? あちらも痺れを切らしそうよ?」


 ラファが言うように、ステファニー様は多少イラついてらっしゃる様でした。護衛の方は落ちついていますが……。


「さ、これも社会勉強ですわ。いってらっしゃいな」


「これは余計だ」


 私がスタンの頭をポンポンすると手ではね除けられました。




 町の治安を守っている衛兵が常に待機している施設。当然だが、そこには訓練や試合などに使うための広いスペースがある。

 試合や決闘のためにあつらえた場所など男爵家にあるはずないので、俺達はここまで移動したのだ。

 ギャラリーは多い方がいいという狙いなのが見え見えだ。あの侯爵家の令嬢は、できる限り多くの人前で敗者の姿を晒し者にしたいのだろう。裏目に出るかもなどとは露も思ってないようだ。

 つまり、負けるなど考えられないほど、己の護衛の腕前に自信があるに違いない。


「突然のぶしつけな願いを聞き届けていただき、感謝する」


 長い木製の棒を手に持った男が俺へと一礼する。

 確かグラギスとかいう名だったはずだ。侯爵家の令嬢がそう言っていた。


「感謝なら俺にではなく、俺の雇い主にしてくれ」


 その雇い主は妹と並んでこちらを見ている。俺がチラッと見ると、それを見逃さずこちらに手を振って反応を返してきた。


「建前だ。一応、俺の私情による試合ということになっているからな。それと、今から叩きのめすことへの詫びでもある」


 青い瞳の槍使いが、腰を落として構える。堂に入ってる構えだ。基本ができているのだろう。


「そうなったところで、うちのお嬢様はびくともしないぞ。むしろ俺の不甲斐なさを笑うだろうな」


「ステファニー様はそう考えてはいない。無敵と呼ばれた令嬢の目が節穴だと知らしめたいのだ」


「的外れな恨みだ」


「だとしても、お嬢様の意向には逆らえない。……さあ、君も構えてくれ。無防備な者に打ち込むのは気が進まない」


「気にするな。どこからでも──」


 言い終わる前に突きがきた。

 狙いは鳩尾か。初撃で仕留めたいらしい。乗り気じゃない()()をできるだけ早く済ませたいのか。俺もだよ。


「……っ!?」


 槍使いグラギスの、声にならない驚愕の呻き。

 この一撃で終わらせる意思を込めた、必殺の突き。それが容易く木の棒の先で受け止めたことへの驚きだった。


「筋は悪くはない」


 焦りのあまり力任せに押し出そうとする、その『勢い』を抑え込む。

 こちらの力を一点に集め、向こうの力をいなせばそう難しい芸当ではない。俺や親父程ではないが、兄さん達もそれなりに出来ていた。この男には……一生を武に費やしても無理そうだな。


「ぬぐぐっ」


 グラギスは先ほどまでのクールさをかなぐり捨てて、こめかみに青筋浮かべて力を込める。

 しかし動かない。

 なぜ動かないのだと、ここにいる誰しもが奇怪に思っていそうだが、俺から言わせれば当然の話だ。ただ押してるだけじゃ無理なんだよ。

 いい加減、力ずくはやめて落ち着いて距離を取ればいいものを……この程度のピンチで我を忘れるとか、精神がまるで鍛えられてないな。闘争で損切りできない者は長生きできないぞ?


 俺は少しがっかりしながら、槍使いが一層力を込めるタイミングを、長い棒から伝わる感覚で見切り、



……ピシッ





パキィィイインッ!!





 遥か先にある針の穴を穿つがごとき一撃──無閃によって打ち抜き、()()させた。


「なっ……!?」


 手元の武器が呆気なく砕け散り、唖然とするグラギス。

 相手の得物を破壊したし、ここからボコボコにせずとも、もう俺の勝ちは決まりだろうが……最後までやっておくか。一撃受けたんだからこちらも一撃入れてやろう。文句もあるまい。


「これしきで動転するなよ」


「がっ」


 すれ違い様に、まだ我に返っていないグラギスのうなじへ『芯』まで通る一撃を打ち込む。精進しろよ。

 それからどうなったかなど、わざわざ振り返らずとも耳でわかる。


 グラギスが両膝をつく音。

 それから、ばたりと前のめりに倒れる音。

 そして、額が地面にぶつかる音。


 周りの煮えくり返るようなどよめき。


 侯爵令嬢がグラギスの名を叫ぶ金切り声。


 俺の勝ちを宣言するラファの堂々とした

声。


 そして、我が主、リシアの無邪気に喜ぶ声。



 こうして、俺は完膚なきまでに、望まぬ試合を嫌々制したのであった。

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