【20】プレゼント
「いや…僕はそういうの、いいです。何もいらないので、元の世界に返してください」
異世界転生だの、異世界転移だの…そんなの怪しすぎるに決まっているだろう。
無鉄砲で命知らずな若者ならいざ知らず、俺はもういい大人で…現実逃避してバカげた選択をするタイプでもない。
「え、ホントに?何も貰わなくていいの?…マジか、ふぅむ、うーん…?」
…?
なんだ?
急に…やけにフレンドリー感が増したような……?
男性はメモ帳と俺の顔を何度か見比べながら、ブツブツ言っている。
「いやあ、驚いてしまったよ、君…、なかなかやるね。こんな所に迷い込んだくせに、ちゃんと自分自身を手放さないでいられるとか…なんでだろう?ふつうはね、もっとこう、場の雰囲気に呑まれたりおかしな感情に引っ張られて…流されちゃうもんなんだけどねえ…、ああそうか、今、ふーん、なるほど……」
これは…感心されているのだろうか。
時折俺を見定めるように目を向け、メモを見ながら顎を引いて唸ったり、頭をかいたり、腕を組んだりしている男性。下手に口を出さない方が良さそうだと思い、黙って事の次第を伺う……。
「俄然元の世界に返したくなってきたよ。君、かなり…希少だ。元の世界に帰るには、そうだなあ…、うん、じゃあね、君にプレゼントをあげようかな」
「プレゼント?」
「真実というやつをね。受け取る覚悟、ある?あるね、今の君なら」
この人は…今の俺ではない俺を知っているというのか…?
「まあ、気を楽にして聞きなよ。今の君なら、ギリギリ…受け入れることができると思うからさ!」
「はあ」
やけにテンションの高い男性を前にして、気の抜けた返事しかできない。
「ここはねぇ、実は君自身なんだ。わりとガタが来ているから、本来明るい道が暗くなっちゃってて先が見えないし…ピンとこないかもだけど。穴が開き始めてるから、微妙にいろんな世界が滲出してきていて…今、君はとても曖昧な存在になっているのさ。このまわりには見当たらないけど、工事中になっているところもあるしね。生きてきた頃の思い出がしゃしゃり出てくれば、あっという間に過去の感情にのまれて旅立ってしまうほどに…無防備な状態でねえ。いろんなものが…寄って来てる。普通だったら、ちょっとした雰囲気に流されてしまうくらい貧弱な存在なはずなんだけど、うん、すごく…珍しいものを見せてもらっている……」
キラキラとした目で、俺をまじまじと見ている。
これはもしかして、褒められている…のか?
正直なんとなく…くすぐったい?むずむずするような…。
「ええと…俺はもう、死んでるって事なんですかね…?」
「人という存在は、肉体に時間が組み込まれているモノなんだよ。ここは君自身ではあるけれど、肉体そのものではないから…時間が含まれていなくてね。だから、死んでいるとか生きているとか、そういう考え方はナンセンスかな。ここでは運命と人生が混じり合っている…と言えば、わかりやすいかな?君は君という存在そのもので、ここは君が君であったすべてなのさ。ほんの些細な事で、君は死ぬだろうし、生きる事になる」
そんな事を聞かされては、むやみに何かを思い浮かべることができなくなってしまうじゃないか…。
「君には、ここに迷い込めるだけの…何かがあるってことだよ。もしかしたら、途方もない存在になる可能性がある。君は実に…興味深い。だからこそ、このまま消滅しないでほしいと…私も欲を得てしまったのだよ、ははは…」
「そんな…僕は、そんな大層な存在なんかじゃないですよ…?」
とんだ過大評価だ。
若干引いてしまっている俺がいる。
俺としては、いつものごくありふれた日常を取り戻せれば、それでいいのだが。
ドキドキしたり、ハラハラしたり、予想外の事が起きて混乱するよりも…平凡な毎日が続いた方がずっといい。
できれば、今のまま、穏やかに何の心配もなく、暮らし続けたい。
人は不変が一番だからな……。
「じゃあ、いつもの日常に帰っていけるね。
私は、君の選択を、
見守ら せ ても ら う よ ……
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