【17】チート
俺は無事、異世界に転移した。
チートは、『魂の宿っている肉体に刻み込まれている時間を操作できる』というものだった。
生きとし生けるものすべてに課せられた『肉体は時間の経過とともにある』という枷を外すことができる、俺の能力。
じいさんから時間を引っぺがせば、赤ん坊にすることが可能だ。
赤ん坊から時間を引っぺがして伸ばして貼りつければ、大人にすることもできる。
俺はまず、味方をどんどん増やしていこうと思った。
物騒な大人を子供にして従えて、今にも死にそうな博識の爺さんを若返らせて恩に着せて手下にすることを決めた。
人のいない森で獣を使って練習をしつつ綿密に計画を練り、万全の準備を整えて町に向かった。
しかし、俺の予想とは全く違う展開が待っていた。
まず第一に、俺はこの世界では明らかに異質な存在だった。
薄暗い森の中、なぜか明るい洞窟の中で一人で籠っていたので気が付かなかったが、俺は…肉体を持っていなかったのだ。
俺は、この世界に来る時、『異世界転移をする』と言われた。
つまり、あの時の姿で、そのまま異世界に行ったことになる。
俺はあの時全く気付いていなかったが、身体を持っていない状態だったようだ。
おそらく、俺は体から魂が抜けた状態で、あの場所に居たのだろう。
あの時俺がもらわなかったプレゼント…あの中には、俺の肉体が入っていたに違いない。
俺は選択を誤り、肉体を持たないままこの世界に来てしまったのだ。
日本のように、お化けが視認されていない世界なら…まだ生きやすかったのかもしれない。
しかし、今俺がいるこの世界は、肉体を持たない種族も数多く生息していて始末が悪かった。
半透明なくせにものを食べることができて、排せつまでする。
向こう側が透けているのに、髪の毛も伸びるしケガもする。
自分の知る常識が通用しない、明らかに異質な世界。
俺はこの世界で、明らかに浮いていた。
半透明のヒトダマ状が基本である一族、布に憑依して生きる一族などに嫌悪され、人間やキメラ、魔族や獣人はもちろん、モンスターたちにまで後ろ指をさされるくらい、異質な存在だった。
とても計画を実行できそうにないので、自分の能力を使って片っ端から味方を増やそうと試みた。
しかしまたもや、想像の一万キロ先を行く展開が待ち受けていた。
物騒な大人をガキにすれば、ものを知らないただのガキになった。
ジジイを若返らせれば、知識の足りなかったころの頭の悪いおっさんになった。
赤ん坊をさらってきて大きくしても、何の知識もない…ただの大メシ喰らいで泣いてばかりいる、本能のままにいろんなものを垂れ流す姉ちゃんになった。
記憶は時間と几帳面に紐づけられていて、自由に載せ替えることはできなかったのだ。
経験していないことはいきなり肉体に宿ったりはしないし、経験した事でも時間を剥がしてしまえば簡単に消滅した。
100歳の爺さんを40歳にすれば、40歳までの記憶しか肉体には残っていなかった。
100歳の時にかわした約束は40歳の時には存在していないため、守られることはなかった。
5歳の子供を20歳にすれば、5歳の記憶と知能を持った20歳になった。
どれほど言い聞かせても大人の図体で駄々をこね、微塵も言う事を聞かなかった。
一度時間を剥がすと、かつて肉体に刻まれていた記憶を再び元に戻すことができないのがやっかいだった。
100歳の爺さんを40歳にしたあと100歳に戻しても、40歳までの記憶しか持っていなかった。
5歳の子供を20歳にしたあと5歳に戻せば、5歳の記憶を持った5歳になった。
俺自身は、自分の姿かたちを若返らせても…記憶は消えなかった。
おそらく、記憶は肉体に刻み込まれるものであり…肉体がない俺は存在そのものに記憶がねじ込まれているため消去されなくなっているのだろう。
不愉快極まりないのは、肉体がないくせにものの考え方が年齢に引っ張られる事だった。不用意にガキになれば頭の悪い考えしかできなくなるし、後先考えずジジイになれば物忘れや頭の固い考えしかできなくなるのだ。むやみやたらと自分の年齢を操作することはできなくなった。
確かにチートではあるが、使いどころの難しさに手を焼いた。
自分の常識が一切通用しない、新しい常識がまかり通る世界に翻弄された。
手当たり次第にジジイ、ババア、乳児を増やしているうちに…集団で俺に向かってくる奴らがあらわれた。
おかしな魔法を使って捕らえられた俺は、断罪されることになった。
だが、何度首を落とされても、何度燃やされても、何度消滅させられても、死ぬことができなかった。
……俺は、ここに来る前に、あの箱の中に肉体と命を置いてきた。
命を持たずに転移してきたせいで…、死ぬことができなくなっていたのだ。
幽閉され、封印され、発掘され、利用され、罪を着せられ、使い捨てられ…俺はだんだん気力を無くしていった。
俺を細かく刻んでは、復活していく様子を楽しむ野蛮人ども。
地獄で、王宮で、コロッセオで、牢屋で、見世物小屋で、街の片隅で…、強力な魔法、伝説の武器、厳つい魔力、爪、牙、パンチ、キック、ショボい小石、俺にいろんなもんをぶち込んでは、凝集して元の姿になるのを笑って見物するクソども。
頭の悪い原住民どもにおもちゃにされて…どれほど時間が経っただろう。
長く続いた地獄よりも過酷な日々だったが、あるとき、おかしな修道女が…俺に付きまとうようになった。
どうせまた騙されると思ったが、気まぐれに女に声を聞いてやった。
新生児になれというのでなってやったら、途端に眠気が襲ってきた。うとうとと眠っているうちに女の胸に抱かれて町を抜け、森に着いた。
俺は修道女と共にしばらく暮らした。
が、ある日突然、また一人になった。
森の中をさまよううちに、干からびた女の骨と…手配書を見つけた。
乳飲み子の俺、子供の俺、少年の俺、青年の俺、中年の俺、老齢の俺の絵が描かれており、莫大な懸賞金がかかっていることを知った。
もう俺は見世物に、慰み者になりたくはなかった。
一時、たった一度だけとはいえ、この世界に生きるものの愛を知ったせいで…俺は欲張りになってしまったのだ。
一人で森の恵みを食みながら…思いついた。
この手配書には、老齢の俺の絵までしか載っていない。
限界まで年を取れば、まだ誰も目にしたことのない容貌になれるのではないか。
この世界には、黒々とした髪を持つ者も白い髪を持つ者も、いないことはないが…かなり希少だ。
だがしかし、ハゲている者はそこらかしこにあふれていている。
手配書にある80歳の俺は、少々毛量が減り始めた白髪頭でやや前傾姿勢の…小ぢんまりした背格好をしている。おそらく年を重ねるほどに髪は抜け落ち、背中が曲がるはずだと踏んだ。
急激に年齢をあげて、ボケてしまっては元も子もない。
川に映る自分の姿を見ながら、少しずつ様子を見ながら年齢をあげて行くことにした。
90歳、まだ髪の毛が生えている。
……大丈夫、まだ俺は自分が自分であることを忘れてはいない。
95歳、まだ髪の毛が生えている。
……大丈夫、まだ俺は自分が自分であることを忘れてはいない。
100歳、ようやく地肌が見え始めた。
……大丈夫、まだ俺は自分であることを忘れてはいない。
102歳、だいぶハゲてきた。
……大丈夫、まだ俺は忘れてはいない。
103歳、ハゲてる…、アタマをなでる。
……大丈夫。
104歳、ハゲてる…、アタマ なでる。
105歳、あたまが…かゆい……。
かわ うつるじぶ すがた、よぼよぼでしわくちゃで…。
……ええと、なん ったかな。
ちょとちょろと流れる川の音。
自分の足元でも、ちょろちょろと…なんだったかな、この感じ?
ああ、のどがかわいたな、よっこらせ・・・。
じゃぶんと落ちて、おもいっきり のんだ・・・。
ああ、はらへっ 。
…そうだ、食事の時間だった。
たべものは…どこ かな?
ああ、はらへった。
…そうだ、食事の時間だった。
たべものは…どこにあったかな?
ああ、はらへった。
…そうだ、食事の時間だった。
さかな・・・くさ・・・。
もぐ、もぐ・・・。
じゃり、じゃり・・・・・・。