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【12】プレゼント

 ふたを開けると…生木の匂いと、泥の匂いと、埃の匂いに、鉄臭い匂いがした。

 土と葉っぱに埋もれた、黒っぽい布が…見える。


 震えはじめた手で、折れ曲がった太い枝をよけると、見覚えのある…グレーのスーツが。

 少し湿っているのは…血が染みこんでいるから、か。


 こんな所に入れられているという事は…おそらく。

 微塵も動かないという事は…多分。


 冷たさに、指先が震えてしまうのは……。


 ああ、ここにあるのは、……俺の。

 今、ここにいる俺は、……ただの。


 なぜだか急に、心が…さめた。


 すべての感情が…失われて、いく……。


「君、もう…ここに迷い込むような事をしては、ダメだよ?」


 男性の声が…身に沁みる。

 ……いや、俺の身は箱の中に入っているから…この場合は、心に染みているのだろう。


「いいかい、人というのは、無茶をする必要はないんだよ。どこまでなら許されるのか、どこまでなら帰れるのか、どこまでなら耐えられるのか…いつも人はギリギリを攻めて、見誤って、後悔をする。帰れなくなってからでは、遅いという事に気が付かなければね」


 無責任に『大丈夫』を連呼していた、自分を思い出す。


 すぐに調子に乗って、いつも悪運に助けられて。

 自分は運がいいのだと信じ込んでいた。


 なんとかなって当たり前、そう信じ込んでいたからこそ、今のこの現実が…きつすぎる。


 俺は、死んだのだ。

 俺は、死んでいたのだ。

 俺は、死んでしまったのだ。


 傷む胸もないのに、しくしくと痛みを感じる。


 俺は今、後悔をしているのだろうか……。


「とりあえずで悪いけど…君には、教訓をプレゼントすることにしようかな。自分の身の回りにある施しなんかに気が付く時が来たんだね。甘んじて受け入れて、次回に活かすといいよ」




「坂下さーん、失礼しまーす!」


「あ、ウンチ出てます、どうしよう先にやります?」

「うーん…まだ少ないから、先にご飯してからにしようか」


 聞こえてくるのは、看護婦の声。


 身動きできない、声が出ない、目が開かない、何もできない。


 時々思い出したように痛みを感じて、ふとした拍子に息苦しくなる。

 けたたましい機械音がすることもあるし、誰かの体温らしいものが触れることもある。


 俺は生きている。

 俺は生かされている。


 自らの選択で、生きることをやめることは…できない。


 ただただ、ひたすらに…生き続けるしかない。


 あの時、あの人は、次回に活かせと言った。

 俺には……、次の人生が、あるのだ。


 次の人生が豊かになるために、俺は今、過酷なこの運命を…甘んじて受けよう。


 一ミリも動かない体の機能がすべて停止するまで…、感謝の心を育てるのだ。

 何一つ考えることができなくなるまで…すべての出来事が糧になると信じて生きるのだ。


 いつか生まれ変わって…自由に動ける体になったら。


 必ず、感謝を。

 必ず、恩返しを。

 必ず、手助けを。

 必ず、誰かのために。

 必ず、自分の力で。


「ご飯はいりますよー」


 胃袋が満たされていくのを感じながら、硬く心に、誓った。

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