今夜のおかずはとんかつよ
22XX年──少子化の時代はとっくに終わり、日本は未曾有の多子若年化時代を迎えていた。平均年齢は18.7歳だ。
*
「出来の悪い子は親に食べられちゃうんだって」
郷田くんがそう言った。
学校帰りに公園に呼び出してそんな話をする郷田くんに、ぼくら3人は一瞬、息を呑んで黙り込んだけど、すぐに笑いはじめた。
滑川くんが言う。
「ばかだな。ここは日本だぜ? そんなどこかの星みたいな話、あるかよ」
宇流沙ちゃんがくすくすと笑う。
「うちのお母さんがそんなことするわけないでしょ」
ぼくもおかしくて、みんなと同じように笑いながら言った。
「うちの両親、見たことあるだろ? すごく優しいんだから。ばかみたいなこと言うなよ〜」
「ああ。伸太のお母さん、とても優しそうだよな」
郷田くんはそう言いながら、表情を険しくする。
「でも……槍杉のところの母さんも、優しそうだったろ?」
「槍杉くんがどうかしたの? もう転校して行ったじゃん」
「転校したなんて、あれ嘘だぜ。槍杉は両親に食べられちまったんだ」
みんながまた笑う。でも郷田くんは真剣な顔だ。
「あいつ、前日まで転校するなんて言ってなかった。それにな、その前日に、あいつが言ってるの、俺、聞いたんだ」
「何て言ってたの?」
「あいつのママがな、言ったんだって」
郷田くんは怖い顔をした。
「『今夜のおかずはとんかつよ』って」
「何だよ、それ」
「それがどうかしたのかよ」
「ネットでも噂になってるぜ。大人は俺たちに決して明かさないけど、『口べらし政策』ってのが始まってるんだって。食糧難の時代に子供は増えすぎてるだろ? それを整理するために、出来の悪い子供を親が殺して食べてもいいことになってるらしい。その時には必ず、最後にとんかつを食べさせる決まりになってるんだって。最期に美味しいものを食べさせてやろうって慈悲なのか、それとも丸々太った豚みたいに美味しく食べられますようにって願いを込めてなのか……それはわかんねーけど」
「ばかばかしい」
「ネットの噂に踊らされんなよ」
「俺……、今朝、母ちゃんに言われたんだ」
郷田くんは怯えた表情で、打ち明けた。
「『今夜のおかずはとんかつよ』って……」
みんな黙ってしまった。郷田くんが続けた。
「だからよ。明日、もし俺が学校に来なかったら、その話は本当だ」
いつもはガキ大将みたいな、ブルドッグの子犬みたいな郷田くんの目が、チワワのように潤んでいた。
次の朝、家を出る時、ママがなんだかやたらと優しかった。
「伸ちゃん……。ウフフ。今日、帰ったら楽しみにしててね」
「どうしたの?」
「今は内緒よ。ヒント、今夜のおかずはスペシャルメニューなの」
嬉しくなった。多子化に比例する食糧危機で毎日わかめやもやしばかり食べていたから。でも何か記念日とかだったっけ?
まぁ、いいやと思いながら学校に行くと、先生が言った。
「突然ですが、郷田くんが転校しました」
滑川くんと宇流沙ちゃんと、目が合った。
そしてみるみるぼくは怖くなった。
もしかして……今朝ママがぼくに言ってたのって……
学校が終わって、ぼくは家に帰らなかった。
道草をあっちこっちにして、遂には隠れるように古い倉庫の壁にもたれて座り込んでしまった。
「家に帰りたいな……」
口ではそう言いながら、怖くて帰れなかった。
いつもは優しいパパとママが、手にナイフとフォークを持って、鬼の正体を現して襲いかかって来る想像が消えなかった。
両親に食べられるぐらいならこのまま苦しまずに消えてしまいたかった。
夜になった。
ぼくはずっと倉庫の陰に隠れて座っていた。
何もすることはなかった。
パパとママとの楽しかった思い出が、頭の中を次々と流れていった。
槍杉くんは何でもやりすぎるやつだった。郷田くんは粗暴で、将来家庭内暴力でもやらかしそうなやつだった。だから食べられたんだ。
ぼくは……頭が悪い。だらしない。
出来の悪い子だ。だから食べられるのかな……。
涙を拭いていると、遠くのほうから声が聞こえて来た。ぼくの名前を呼ぶ声が。
「伸ちゃん!」
「伸太!」
パパとママがぼくを見つけて嬉しそうな声をあげた。ぼくはママの胸に飛び込んだ。
「隣の奥さんがこのへんであなたを見かけたと言うから探しに来たのよ。なんで帰って来なかったの?」
そう聞かれて、ぼくは正直に話した。郷田くんから聞いたことを……。
すると二人は笑い飛ばしてくれた。
「ばかね。うちに子供はあなた一人しかいないのよ。大事な一人息子を食べるわけないでしょ」
「うん……」
「ネットの噂なんか信じるなよ。ばかだなあ」
「うん!」
ぼくら家族三人は家へ向かって歩き出した。
「ところで今夜はスペシャルメニューだって言ってたけど……」
「ええ。おめでたなのよ。赤ちゃんが出来たの」
「本当!? 妹かな、弟かな」
「ふふ。だからね、今夜のおかずはとんかつよ」
「わあい! お肉なんて久しぶりだあ」
「うふふ……」
「アハハ……」
「わあい! わあい!」
「ふふふふ」
「ハハハハ」