ありがとうを君に……
何かが鳴いている声が聞こえてくる。
俺は耳を澄まし、その声が何か確かめようとする。
すると、か細い、まるで生まれたての赤ん坊のような声が近くから聞こえてくるではないか……。
ああ、なるほど……。
俺は一人で納得し、寝ぼけ眼をゴシゴシと手でこする。
白壁に掛けられた時計を見ると、ピッタリの朝7時。
柔らかい白の羽毛布団を名残惜しくもなんとか跳ね除け、俺はなんとか起床する。
「シロおいで」
「ニャーン」
チリンとシロの首から下げている銀色のものが鳴り、とてとてと台所に向かう俺の後を追う。
俺はタンスから猫の餌を取り出し、それをシロにやる。
「よしよし、ご褒美だ。美味いかシロ?」
「ニャーン!」
目を細め、頷くシロ。
この感じ、ご満悦のご様子。
そう、この一連の作業は俺の毎朝の日課。
目覚まし時計の代わりに飼い猫のシロが俺を起こし、そのお礼に俺は餌をやる。
時間はいつもピッタリの7時、にゃんとも不思議なもんである。
野良だったコイツを拾って、はや数年……。
「なあ、果たしてお前とのこの関係、いつまで続くんだろうな?」
俺はシロが美味しそうに餌を食べているその姿を見ながら、思わず呟いてしまうのだった。
……。
暖かい陽光がまるでシルクのカーテンのように、顔をフワリと優しく撫でる。
「……きて」
なにやら優しい女性の声が聞こえてくるが?
「お・き・て!」
先程とは違い、少し怒気をはらんだ声が近くで聞こえる。
俺は寝ぼけ眼をゴシゴシと手でこすり、白壁に掛けられた時計を見ると、ピッタリの朝7時。
夢を見ていたのか。
それも1年前の。
ということは、俺を起こす声は、彼女の白井か。
「お、おはよう」
「ん! よろしい!」
俺をのぞき込む、いたずらっ子のような彼女の笑顔。
その笑顔にドキッとし、おかげでちょっと目が覚めた。
「じゃ、ご飯作って!」
「あ、うん」
急いで布団を跳ね除け、俺は頭をかきながら台所に向かう。
彼女はとてとてと俺の後をついていく。
俺は台所でエッグトーストいそいそと作りながら物思いにふける。
シロがフラリと出て行って、代わりに白井と出会い毎日このルーチン作業。
「ねえ、まだ?」
そんな俺の思いを分からず、イスに座っている両足をバタバタとさせ急かす彼女。
か、かわってねー。
シロを飼っていたいたときと、あんまりかわってねー。
「どうぞ」
俺は出来た料理を彼女が待つ、テーブルにそっと置く。
「わーい! いっただきまーす!」
彼女はまるで猫のように、エッグトーストに豪快にかぶりつく。
「うん! おいしー!」
トーストの上にフライパンで焼いたベーコンエッグ乗せただけなんだけど、お手軽でシンプルに上手い。
塩気の効いたベーコンが目玉焼きとトーストにホントよく合う。
その印に、アーモンド型の彼女の瞳は細いへの字型になっている。
シロがいなくなった時、ポッカリと空いた心。
その空いた隙間は彼女が来てからすぐ埋められた。というか、より騒がしく忙しくなったというか。
「あ、今、私の悪口考えていたでしょ?」
「い、いや……?」
図星だけど、これは口には出せない。
「そ、そういえば今朝なんか渡すものがあるからって」
俺は慌てて、話題を変える。
「あ、ああ! そのこと考えてたのね! ちょっと待ってて」
慌てて寝室にいく彼女。
た、助かった。俺はホッとし、胸を撫でおろす。
「はいコレ!」
戻ってきた彼女は、俺にラッピングされた紙袋をそっと渡す。
「これは?」
「あ、空けてみてよ……」
モジモジとし、少し照れている彼女。
「お、おう……」
つられて俺も少し赤面しながら、急いで紙袋の中身を取り出す。
「あ……」
呻く俺。
それは手のひらサイズのネコ型の白いチョコレート。
「あ、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
そ、そうか、今日はバレンタインデー。それで、コレを……。
なにやらすっげー照れる。
彼女もよく見るとシルクのように白い彼女の肌が若干赤みがかかっているではないか。
「あのね……」
「うん」
彼女はうつむきながら、ポツリポツリと語りだす。
「貴方とは長い付き合いだから……」
はて? 白井とは付き合ってまだ1年しか経っていないが?
ぼーっとしていたためか、手が滑りチョコレートを床に落としてしまう俺。
チリン……。
その時、何処か懐かしさを感じるその音が聞こえた。
「こ、これは?」
俺は慌てて、落としたチョコレートを拾う。
拾ったそのチョコレートを包んでいる透明な袋、ソレを縛っているリボンについているモノ。
「こ、この銀色の鈴は!」
間違いない! 見間違うハズがない。
だってこれは俺がシロに付けていたものだから……。
俺はハッとし、白井を見る。
「そう、貴方があの時、『お前とのこの関係、いつまで続くんだろうな……?』と言ったから……」
「あ……ああ……」
俺は迷わず彼女を……いや、シロを抱きしめた……。