俺ってもしかしてヤバいことしてる…?
どこかから幾多もの雄々しい叫び声が聞こえてきて目を覚ますとまた木々が生い茂る森の中で倒れていた。意識を失う直前に起こったことが思い返され、腹部に穴が空いていないか確認してみるも特に傷はなかった。
とりあえず森を抜けようと前に進むと、あの時と同じように崖下で兵士達が、上空では竜がそれぞれ戦いを繰り広げていた。
そこで女神から言われた言葉を思い出す。
『転生直後の森のとこからやり直せる』
彼女の言葉を信じるなら転生直後に見たあの戦場と同じ状況なのだろう。そう考えていると以前と全く同じ様に一匹の竜が力尽き落下してきた。慌てて手をかざしてマシュマロをクッション代わりに出現させて竜を受け止めた。記憶を頼りにするとこの後、追手がマシュマロに向かって突っ込んできてそれを餅で妨害したらマシュマロが消えて少女が落ちてくる筈だ。
(ならその前に対処する)
そう思い手を横一文字に振り切る。すると消滅までの時間を待たずにマシュマロが消える。俺が世界中で何十年もの年月、逃げ回るうちに気付いたこの能力の仕様だった。するとやはりと言うべきか少女が気を失ったまま落ちてくる。それを求肥で受け止めるとそのまま包み込んで背負うと少女を追ってきた竜達に巨大煎餅をぶつけて崖下まで落とす。そのままの足で元来た道を戻り目を覚ました森まで戻りことにした。
しばらく森の中を歩いていると背中に背負った求肥がジタバタと騒ぎ出し、竜の少女が回復して目を覚ましたことに気付く。
「さすが回復が早いね」
そう言って求肥を解いて少女を外に出すと、竜に姿を変え口を開く。炎を吐き出そうとしていることに気付き慌てて竜の大きな口にすっぽりとハマる大きさのバニラアイスを具現化させてそれを喉に突っ込んだ。
「うわあ!」
突飛な行動に驚いたのか少女は思わず人間の姿に戻ると尻もちをついた。
「ちょ、ちょっと何すんだ!もしかして毒入れたろ!」
「いやいや毒じゃないよ、ただのアイスだから無害の筈だけど」
「…アイス何それ?まあでも今のところ痺れたり出血したりしてないから一応大丈夫かって違う!何お前。あ、まさか人攫い!」
「そう思われても仕方ないか。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん?なんで見ず知らずのあんたの質問に答えなきゃいけないんだ?」
「分かった。一先ず喉乾いてるでしょ、はいこれ」
俺は一先ずスポーツドリンクを出現されて少女に差し出した。最初こそ訝しげに突如現れたスポーツドリンクを見ていたが喉の乾きに耐えられなかったのかごくごくと飲み始めた。
一瞬でスポーツドリンクの入った容器を空にすると今度はその容器を食べ始めようとしたので慌てて止めに入る。
「おっと、これは食っちゃいけないただの容器ね。それで何だけど教えてもらえる?」
「うし、気分が変わった、別に軽くなら教えられるんだけど何を聞きたいのよ」
「俺、通りすがりの旅人でここらへんよく知らないんだけど、戦争してんの?」
「へーそんな常識知らず居るんだ、逆に珍しいかも。そんで戦争してるかだっけね。今アンタが見たのは確かに戦争だよ。マキュタ帝国で作物病が流行ったもんだから今年は作物を満足に収穫出来ずに大不作の年になっちゃった訳。それで隣のガレア国から少しでも食料を貰おうとしてたら今度はガレア側でも同じような作物病が流行ってきて、そしたらマキュタ帝国が裏で手を引いてるってことになって、結局どっちも引かないからこうして戦争にまで発展しちゃったって感じ」
「ふーん、そういう事だったのか。あそうそう、君の名前は?なんで竜に変身出来るの?」
「はー?質問が多いし今答えたじゃん。それにアンタを信用し切れないからそこまでは教えらんないな」
「そっか。ならこれ食べてみて」
再び手をかざすとマルゲリータピザを出現させて少女の元に差し出した。すると腹が減っていたのか生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「毒…じゃないよな」
「それはピザって言っておいしいから食べてみてよ」
そう言うと俺は食べる事を促すために一切れのピザを手に持って口に運んだ。とろけるチーズの優しい風味がトマトの酸味と合わさりそこに加わったバジルソースのちょっとの刺激を感じて思わず
「…美味しい」
と呟く。それに釣られて彼女もピザに手を伸ばすと一切れ頬張った。すると目が開いて衝撃を受けたのがこちらにまで伝わってきた。
「おいしいよね。じゃあ改めて名前と変身出来る理由教えてほしいんだけど」
「そこまで気になるなら言うよ。私はエリヌ、竜に変われるのは…マキュタ帝国では身分の低い女性は実験で色んな生物と交配させらるんだけどそこで私のお母さんは竜人っていう人型の竜の種族と交配させられて私達が生まれたってわけ」
「そんな…、君達ってそんな方法で生まれたのか。でも戦ってたって事はガレア国にも同じように竜人と交配して生まれた子供が居るってことか」
「あーガレア国は今話した竜人そのもの住んでるっていう火山マナア・ルキウスがあるから戦争だってことでそこから引っ張り出して来たんじゃない」
「そうだったのか」
こうしてエリヌと二人で話していると以前、洞窟で起こった出来事で感じた凶暴性や残虐性を忘れそうになる。むしろ俺の具現化させた食べ物に興味を示し、質問にも答えてくれる誠実さは外見と同じ女子高校生のそれにも似ている。まあほとんど女子高校生と話したことはないので想像上の女子高校生像になってしまうのは仕方がなかった。
「もういいでしょ。じゃあ私戻るから」
そう言って立ち上がるエリヌに声をかけた。
「ちょっと待った!まだ食べ物あるから!」
そうして食後のデザートとしてババロアを出現させ何とか彼女を引き止める。
「えこれ何、あの柔らかそうなやつ」
「これはババロアってやつ、甘くておいしいから食べてみて」
「別に良いけど、まだ聞きたいことあんの?」
「と言うより提案に近いんだけど、街までで良いから案内してくれないかなって」
「はあ…何を呑気な事言ってるの。こっちは今戦争してんの!」
「でも負けてボロボロになってたからあのまま戦ってたら殺されてたかもしれないけど」
「あのときはそうだったかもしれないけど今は体力も回復して腹も満たされたしコテンパンに出来る気しかしないね」
「聞く耳はないと。こうなったらしょうがない」
再び求肥を出すと、急いでエリヌを包み込んで背中に背負う。
「何だあ、これえええ!」
状況も分からないまま再び求肥に包まれた彼女は叫びながら求肥で出来た袋の中で暴れるもそれが仇となり返って身体にその生地が絡みついた。
「悪いけどこのまま街に出るまで連れて行くから」
何とか頭だけ出したエリヌに向かってそう告げると不服そうな表情になり悪態をつきだした。
「はあ?意味わかんないし。やっぱ人さらいだったのね、ちょっとでも信用したのが間違いだったわ」
「まあそう思われるよね、でも君の為でもあるから」
「何言ってんの、アンタ。はあ…分かった案内するから、街に着いたら開放してよね」
そうエリヌに懇願されるも、どうしても前回の洞窟での出来事が頭にチラつき返事を一瞬ためらってしまう。
「…まあその時の状況次第かな」
「何でよ!絶対開放しなさいよ!」
「はいはい。んでどっちに進めば良い?」
俺はエリヌを背負ったままの足で街へと歩みを進めた。後方の戦場から聞こえる音は先程より勢いを増していた。
しばらく彼女の指示のままに足を進めていくと、ようやく小さい町が見えてきた。既に日は南へと沈みかけている。この世界では太陽は気ままに動くのかはたまた誰かがそういう風にコントロールしているのか日によって昇る方向も沈む方向もバラバラだった。俺が前世での逃亡生活でこの事実に気付くまで三年掛かった。そもそもこの世界の住人はそのバラつきがある天体状態が普通のため誰も気にしていないのだった。
「ほら、見えた。あれがマキュタ帝国の外れに位置する村、確か整理番号はタの9だったかな」
急に整理番号という単語が聞こえてきたので思わず聞き返してしまう。
「えっと何、整理番号って」
「あれ、他の国だと使ってないの村とか町に整理番号って」
「いやいや使わないと思うけど」
「それってアンタが単純に知らないだけじゃないの」
「…そうかも知れないけど、よく分かんないから説明してもらえる?」
「別に説明するほどでもないけど、言うならそれぞれ帝国内を正方形にそれぞれ横が『マ、キュ、タ」、縦が十進数の数字でエリア分けしててその位置にある村や町はエリア分けの時の整理番号の名前で呼ばれてるってわけ。そこからもっと細かく分けられていくんだけどそこまで詳しくは分かんないや」
マキュタ帝国の考え方があまりにも転生前の世界に似ており不気味さを感じてしまう。まるで俺と同じ様にこの世界に転生したどこかの誰かが整理番号という概念を教えたかのような不気味さを。しかしだ町や村に整理番号を付けるという考え方が元から無い訳でもないだろうとも考える。
「なるほどね、じゃあもう少しだけ付き合って」
「だと思った、まあ日暮れも近いし戦いも落ち着いてくるだろうから今から戻るより一旦この町で休んだでもいっか」
石造りの家が並んだ町に入るが人のいる雰囲気ではない事を察してエリヌに尋ねてみる。
「誰も居ないみたいだけどここに住んでた人達ってどこ行ったんだ?」
「ここって戦場であるタクト平野に一番近い街だし誰もいないのも別に普通だと思うけど、それに戦力になりそうな人は皆、徴兵されて今戦場にいるわよ」
「そうだったのか…」
「あ、ここに入ろーっと」
誰もいない街を見ていると何かを見つけたのかエリヌが一件の家に入っていく。
「誰も居ないからってそれは良くないだろ」
「別にいいじゃん、それに多分この街消えるだろうし」
「どういう事だ?」
「いくらあの平野がデカいからってそれを埋め尽くす程の魔法使い、召喚師、それに私みたいな竜人がいれば被害はとんでもないことになると思うよ、最悪どっちかの国が半分消える程のね」
「それってどうにかならないのか?」
「残念だけど始まった以上どっちかの国のトップが止めるまで続くのが戦争ってやつよ」
「ならマキュタのトップを止めるのが良さそうだな」
「何言ってんの、皇帝様に逆らうなんてとんでもない。あの人に悪態ついたらその時点で大好きな人体実験行きなんだから、それも人が人ならざる形になるまでのね」
「なんかエリヌの話を聞いてて思うったんだか皇帝様ってのは結構人を使って実験するんだな。一体どんな人なんだ?」
「そうね、確かに実験を繰り返しているわね。でもそれ以上にこのマキュタに新しい研究技術をもたらしている人だから一概に悪いとは言えないのよ。それにしても夕食にしない?食料庫漁ったらハーリングあったし昼のお礼も兼ねてご馳走するよ」
すると奥の方から少し独特な匂いの漂う魚の切り身を持ってくる。そこでエリヌがこの家を選んだ理由はこの食材が置いてあったからだと気付いた。
「人ん家の物勝手に漁ってるのは良くないと思うんだけど。それにしてもハーリングって何」
「さっきも言ったけどこの街どうせ無くなるんだから良いでしょ、頭固いなぁ…。それにハーリング知らないのってどこに住んでたのってレベルなんですけど」
「昼間見せたけど食料なら自分で生み出せるからあんまり一般的な食事を知らないんだよね」
「なるほどね。ハーリングっていうのは魚を捌いて切り身の状態にしたら塩で漬け込んた料理って言えばいいのかな。ほら食べてみてよ」
彼女に勧められるがままハーリングを口にする。
「…美味しいけど…臭い」
口に入れた瞬間から喉を通るまで広がる独特の匂いに思わずコーラを出して思い切り風味を上書きするように口に流し込む。エリヌはその間、俺の様子がおかしいのか笑い転げていた。
「はー久しぶりにこんなに笑ったよ」
「こうなるって分かって食べさせたでしょ」
「ハーリング食べた事ある人なんて誰でもそんなもんよ」
「ってまた笑い始めてるじゃん」
「なんか人の食べてる姿初めて見たけど面白くってさ」
しばらく笑い続けていると急に冷静になり手に持ったハーリングの残りを一気に平らげた。
「まじか、よく食べられるね」
「まあ私は小さい時から食べ続けて慣れ親しんだ味だから全然平気」
「そういう料理ってあるよね」
「よし腹ごしらえも済んだし、じゃあそろそろ戻るわ」
「いやちょっと待って!」
「もう何回目よ、このやり取り」
「いや今回こそ最後っていうか、これが最大の目的なんだけど…」
「何今度は?戦争を止めるから平野の奴らしばくとか?」
「それはもうやった」
「…はい?何言ってんの」
「あ、いや何でもない。でもそれに近いことはするかも」
「はぁ、そうですか。で何するの」
「マキュタ帝国の皇帝様の所に案内してほしい。戦争を辞めさせるよう直談判しに行く」
俺が言ったことが意外だったのかエリヌは目を丸くした。
「呆れた。世間知らずだとは思ってたけどここまでとはね」
「何とかやる。だから案内してほしい」
「嫌だ、そんなの私ももしかしたら反逆行為に加担したって思われるかもしれないしね…って言ってもまたあの分かんない袋みたいなので誘拐されるんでしょ。何かそれも癪だし案内"は"するわ。でも皇帝様が居を構えてるキュの5地区の手前の6地区までね、それ以上は無理」
「分かった、そこまでお願いできるなら」
皇帝の領地まで単身攻め込んで戦闘になることは予期しているが俺のこの能力で何とか制圧できるのではないかと踏んでいた。するとエリヌは外に出て竜へと姿を変える。
「ほら、行くんでしょ乗りなって」
「ありがとう、それじゃ行こう」
「勝手に仕切ってんじゃねえ」
小言を言っていたエリヌだったが俺を背中に乗せて目的地まで運んでいってくれるようだった。
「ふーん。やっぱ面白いね」
どこかからそんな声が聞こえた気がして後ろを振り返る。しかしそこには誰もいなかった。自分の気のせいだということにしてエリヌの背中に乗る。すると彼女は翼をはためかせて上空へと飛び立つ。夜空は月の光も届かない程に深い闇に包まれてどこまで広がっていた。