きみと作る思い出
昔母親から買ってもらったパンダのぬいぐるみを僕は愛用している。
枕元に置いて毎日のように話しかけていた。今日はこんなことがあった、明日はあんなことがあるといいな、なんて話しかける。返事は返ってこないけれど、微笑んでくれているように感じて僕はとても安心していた。
何か辛いことがあるとぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。とても温かいハグをしているみたいで安心できた。
小学生、中学生、高校生、大学生、社会人になってもそれは変わらなかった。これは日課のようで、前日疲れて話しかけないまま眠ってしまった日は翌朝気分が乗らない。こういうことをしているのは自分の中ではおかしいとは思わなかった。誰しも大切なものはあるだろう。僕にとってそれがパンダのぬいぐるみだっただけ。
ボロボロになってしまっても、白い部分が汚れてしまっても、僕はぬいぐるみのことが大好きだった。いつか一緒になる人にこのパンダに名前を付けてもらうというのが夢だった。それが気味悪がられるなんて、そのときには夢にも思わなかったが。
僕の価値観は、これまで付き合ってきた女の子には受け入れられなかった。ボロボロのぬいぐるみを見て、汚いから捨てなよと言ってくるのが毎度のことだった。僕はそれがとても悲しかったけれど、女の子のことも好きだったため、辞めてと言い出せなかった。
それが別れる原因の一つにもなっていた。
「ぬいぐるみと私どっちが大事なの!」
何回も言われた言葉だ。僕はどっちも大事だよと言い返すが、信じられないと毎回言われる。
だんだんぬいぐるみのことを話したくなくなってきていた。女の子を部屋に呼ぶことも嫌になっていた。ぬいぐるみを隠せば良いとも思ったが、自分のことを隠しているようでそれは嫌だった。
どうしても好きな人には自分の大切なことを知ってもらいたいと思っていた。
僕はいつしか、上手にコミュニケーションを取ることができなくなっていた。特に女の子と話すことが苦手で、仕事をしていても必要最低限の会話しかしない。家のぬいぐるみだけでなく、ぬいぐるみを見るとついつい話したくなるのを必死で抑えた。
女の子たちがつけているかわいいストラップが気になっても、目に入らないフリをしていた。
とても生きにくいなと感じた。
「ね、何見てるの?」
そんなとき、女性の声が聞こえた。
「べつに……」
僕はそのとき女の子たちが付けているストラップを見ていたから、あわてて視線をそらしてそっけない態度をとる。
話しかけてきた女性は同期の一人だった。何人かいる同期の女性に対しても、僕はそっけない態度を取っていた。最初は話しかけられていたが、僕がそんな態度のためほとんどの女性は僕に必要なこと以外話しかけなくなっていた。僕はそれで良いと思った。きっと、それが正解なんだと。
ただ、一人の女性は違った。元気で誰にでも明るい彼女は、僕に対して事あるごとに話しかけてきていた。
「今あのストラップ見てたでしょ? 好きなの?」
「見てないし。好きでもない」
今日の彼女はなんだか積極的に話しかけてくる。僕はそれでも下を向いてぶつぶつと呟くように答える。彼女はそんな僕の態度に考えるしぐさをしたと思ったら、
「これあげるね!」
と一つの袋を渡した。僕は突然のことに思わず視線を上げる。そこにはとても素敵な笑顔の女性がいた。うなずかれ、袋を開ける。
「あ、これ……」
小さなうさぎのぬいぐるみが付いたストラップが入っていた。今流行っているぬいぐるみシリーズだ。僕もパンダのストラップを持っていたが、誰かに見られるのが嫌だったため家の机に置いてある。
「なんかさ、ずっと見てたからぬいぐるみ好きなのかなって。私も好きだから」
「あ、えと、その……」
「えーっと……あんま好きじゃなかった? 考えてみれば男の子にこんなのあげてもやだよね」
僕が何と言っていいか悩んでいると、彼女は急に慌てだした。ごめんと差し出してくる手に僕は思わず、
「そんなことない。すごく嬉しい」
と答えてしまった。僕はとても恥ずかしくなった。今すぐに逃げ出したくなってしまったが、とても嬉しそうな表情を彼女がしたため、僕はその場から動けなくなってしまった。
彼女になら、僕のことを言えるかもしれないと思った。
僕はそっと口を開く。
冬童話用にと書き始めましたが、なんか違うなと思い書き直して短編として投稿することにしました。